研究者と医者

 ガオガオ病の再流行とはどういう事だろう? その名前を聞くのは初めてじゃない。

 確かに報告書の通り、初めてなかべエリアに来た頃に流行っていた。

 ガオガオ病をまき散らしていたのが一緒にいたサーバルじゃないかと疑われ、それがきっかけでシロサイが仲間になった。人の言葉がしゃべれなくなってニャアニャア言っていたサーバルは正直可愛かった。が、あとでガオガオ病の詳細を聞けば、そんな暢気な自分を張り倒したくなるぐらい怖い病でもあった。

 だがしかし、その時は、オイナリサマの言いつけで自分たちの後をついてきていたギンギツネがワクチンを作り、原因となったセルリアンから虹色の粘液を採取して成分を解析して治療薬も作られた。その後は発症者のフレンズ達の治療と看病に予防を、シロサイに託されたクロサイを中心に、なかべちほーのフレンズと管理センターが協力して終息させていったと聞く。終息したと言ってもまた同じセルリアンが発生しないとも言えないので治療薬は常に用意しているとも。

 再流行したといっても対処法はしっかりとある。さほど脅威ではないのでは? もしかし、人手が足りないというのは薬を配ったりするスタッフとして来てほしいという意味だろうか? それならそれで構わないが、支配人がわざわざ、この園長室まで来て振るほどの仕事だろうか?


「ここからは補足もかねて私が説明するわね、園長さん、ガイドさん」

「ギンギツネさん」


 ギンギツネがこちらを見て説明しようとするが、なぜか自分の顔を見て笑いそうになっている。何故だ。


「ンッ、ン…ごめんなさい、園長さん。目は口よりものをいうって本当なのね。 『え、わりかし簡単そうな仕事なんだけど、うち、そんな人手足りないの?』ってあからさまに顔が言ってたから」


 微妙に違うんだけど、まあ大体あってるからいいか。…そう、見えます、ミライさん?


「ええ、見えますね! あと付け足すなら『支配人なんか企んでません?』って思ってませんか?」


 バレた!バラされた!


「ほうほう、これは後でじっくり説明してもらわねばなりませんねぇ。それは後でのお楽しみとして、ギンギツネ君、ガオガオ病について説明お願いします」

「コホン…今回、あくしまで確認されたガオガオ病は、どうも、なかべエリアの物とはいくらか違う点が多くて、今までのガオガオ病の変異種、いわゆる『新型』に当たるものではないかと推測されているの」

「違う点とは何ですか? 違う点が多ければそれはもはや違う病気なんじゃないですか?」

「ええ、もちろん、その可能性も視野に入れて現在、調査中。あくまで似通った部分が多くあるから仮称『新型ガオガオ病』が流行してると言っていると言うのが正しい言い方ね。そうして風邪と言えない特殊な病気が流行っているのも本当。私が上陸した時点で病気のフレンズの人数は20名に差し掛かろうとしていた。フレンズの行き来が制限され土地自体も広いあくしまでこの数は決して少ないとは言えないわ」

「あってないような制限ですけどね。君たち、獣に人の強制力は意味を持ちませんから。危ない場所だけど行く行かない、安全だけど住む住まない、の君たちの本能には勝てません。人が囲った程度ではさほど障害はないでしょう?」

「支配人、話の腰を折らないでください」

「はーい」

「それで、その病気の特徴なんだけど、ガオガオ病に似ている点からいうと、原因はセルリアンね。まだ特定はできていないけど、証言を得られたフレンズによると一つ目の半透明のカエル、一つ目の半透明の浮世絵の千鳥、一つ目の半透明のワンタン、一つ目の半透明の水餃子、一つ目の半透明の和菓子みたいなセルリアンらしいわ。」

「共通点が一つ目の半透明しかサッパリわからないですね、これらの特徴を持つセルリアン…? 想像がつかない」

「症状はセルリアンに襲われた後、風邪のような熱やくしゃみ、咳が出始め、次に言葉がしゃべれなくなり、文字も読めなくなる。挙句、理性を失くし暴れだしてしまう。ここまでがガオガオ病そっくりな点」

「違う点は?」

「『新型』はこれらガオガオ病の症状に付け加え、病中、自らの持っているサンドスターが体外へウロコ状に排出されてしまい元動物に戻りやすくなる上に、証言があやふやではっきりとはわかっていないけど一定期間の記憶を失くしているみたいなの。聞いただけでも大変な事態になっているのは予想できるんじゃないかしら」

「旧来のガオガオ病のワクチンや治療薬は効果がないんですか!?」

「これが『新型のガオガオ病』を疑う理由の一つでもあるのだけれど、感染前なら治療薬がワクチン替わりなる事はわかったの。けれど、感染後にはあまり効果がないわ。本当に直後ぐらいでないと治療薬は治療薬にはならない」

「それは……一刻も早くあくしまに行かないと!」


 バッっとミライさんが椅子から立ち上がる。彼女はこんな時本当に腰が軽い。自分も見習わなければ。それに続いて椅子から立ち上がろうとした。が、支配人に手で制された。こんな時になんだ。今は一刻を争うべき時では?


「待ってください。今回のガオガオ病は『新型』の可能性があると言いましたね? 従来の物から変異した可能性があると」

「ええ」

「では、従来のガオガオ病はフレンズにしか感染しませんでした。が、人にも感染する病気に変異してる可能性はないとは限りませんね?」

「その通りです、支配人」

「焦る気持ちはわかります。病気の対応は初動で決まりますからね。ですが、焦ってはいけません。私が何故、管理センターの職員達ではなく、あなたたち二人だけに話したのかよく考えてください。前回は接触感染でも、今回は空気感染に変わっているかもしれない。ギンギツネ君はこれでもパークに入る前に、全身に風呂桶一杯分の各種消毒薬浴びせかけられ、消石灰をまんべんなくはたかれメディカルチェックもされてます」

「ちゃんと健康体のハンコももらったわよ。それから消毒薬の匂い消しに使われてるバニラエッセンス、あれ入れない方がいいわね。匂いが混ざり合って、かえってすごい匂いになるから」


 ギンギツネが辟易した顔をする。確かに嗅いで見ればかすかにバニラエッセンスとアルコールと何かビニールを燃やしたような臭いから焦げ臭さだけ抜いたような臭いがするような気がした。人の嗅覚でもわかるくらいなのだ。けものの嗅覚では相当だろう。特に人工の薬品のにおいは特に。


「医療班に伝えておきます。動物園において感染症対策は重要課題。あなた達が調査に赴いて自体解決後、セントラルパークに大流行、なんてことは絶対に避けたい。あなたたちは絶対に感染源になってはならない。急がば回れですよ。行く前に、ワクチン替わりの治療薬を研究所で貰って、飲んでから行ってください。もちろん、手伝って欲しいフレンズがいたらその子の分もね。人もいいですが…あなたたちの伝手で、この事態で役立つ人材います? 居たら良い機会なので紹介してください」


 確かにいないが、居たら居たでその人物のことを思えば、この支配人にだけは紹介はしたくない。ミライさんの方を見ればどうやら自分と同じ意見のようだ。難しい顔をしている。彼女との付き合いも長い。表情でそれなりの思考は読めるようになった。


「アシは私の方で手配します。必要そうな物資も適当に入れときましょう。そうですね。明日の午前8時半頃にジャパリ空港園内線で。ほとんど使われたことがないから馴染みが薄いでしょうが、お客様の乗り降りするような場所とは正反対の場所にあります。あーミライ君は場所知ってましたね」

「じゃあ、園長さんは明日の朝、私が園内線まで案内しますね。どこで待ち合わせます?」

「折角だし、パイロットはⅢ型にします? それともミライ君がします? ミライ君が機長でもⅢ型は通信機代わりに載せますが」

「たまには飛行機も自分で動かさないと腕が鈍りそうなので、私が」

「では、そのように。 ああ、それと…」


 まだ何かあるのだろうか?


「薬をもらう前でも後でもいいので、各自、自分の業務の引継ぎをしてください。そのその後は帰宅し貰っても構いませんので明日からの準備を備えて早く寝てください。健康を損なうことが一番の厄介ごとですからね」




【ジャパリパーク・サファリ】ジャパリパーク動物研究所 本部


 謎の新型ガオガオ病、その謎に迫るため我々は南米…おっと、研究所までやってきた。もちろんガオガオ病の説明をしてもらうためではなく、薬をもらうためである。現地に行って未知の新型ガオガオ病の調査をするためにワクチンをもらうのだから謎に迫るとも言えなくもないのだが。

 扉の横にあるレンズ付きのICカードロックに職員証をかざし、レンズを見つめる。

 続いてミライさんも。

 ふと、ここのドアは重すぎて人では動かせず外からでは機械の力を通さないと開けられないようになっている、それでも、これぐらいの鍵ではフレンズにとって無意味で彼女たちの善意でこの鍵は成り立っているとミライさんが話していたが、それを聞いたサーバルが「じゃあ、機械が動かなくなって研究者さん達が閉じ込められちゃったら私たちが助けに行くね!」とそんな話をしたことを思い出した。

 なんと言う事もない話だが、自分はここを利用するたびに、ずっとその会話を思い出すのだろう。


「園長さん、なんで二ヤついてるんですか?」


 笑っていたつもりはなかったのだが、笑ってしまっていたようだ。…ちょっとサーバルの愉快なところを思い出し笑いしただけですよ。

 そんなやり取りしていると重厚な機械音とともに扉が動く音がした。認証が取れたようだ。


「園長さんとミライちゃん…ですね。お待ちしておりました…あ、支配人から連絡があったので…。薬剤部に案内します」


 扉が開くと癖毛のロングの髪を尻尾のようなアクセサリー(ヘアバンドの一種だろう、多分)で適当にまとめた白衣のツリ目の美女が出迎えてくれた。美女ではあるのだが白衣の下から覗くお世辞にもセンスがいいとはとても言えないプリントがなされてるシャツについつい目が行く。まるでこの人の残念な感じを象徴しているようである。カコ博士だ。

 初めて顔を合わせた時に、言い方が大変悪くなるが、この派手でキツメな見た目でそれと反比例する性格では相当苦労しただろうなという感想を抱かせる人であった。それもあって彼女がミライさんと仲良くけものの話をしていたり、サンドスターの活用方法を職場仲間と楽し気にフードコートで議論している姿を見かけると勝手ながら安堵していた。

 それにしても研究所の副所長が何故案内仕事を? 今までだって研究所を利用をしたことがあるが、いつも案内は事務員の人だった。それだけ新型ガオガオ病は危険視をされていると言う事なのだろうか。


「カコさんが何故ココに?」


 ミライさんも同じ疑問を持ったのだろう。目を丸くしながら尋ねる。


「え、えと、その、ここの所、噴火活動とサンドスターの関係と、ちょっとずつ違うサンドスターの検出方法の一番効率のいい方法を探してみたり、とか、新型ガオガオ病の患者さんの検体を使って培養できるか実験したあと、その息抜きにけものプラズマの研究を進めてたら、その、所長が…『だらだら仕事しない! 息抜きは息抜きでちゃんとしなさい。息抜きに研究する気持ちもわかるけど、研究と関係ない息抜きの仕方も覚えて、生活にメリハリつけることも大事。』…って」


 つまりはこれは所長命令による気分転換のようだ。


「あと、それと、その、申し訳ないのだけれど、その、ミライちゃんと…その園長さんに手伝ってもらいたいことがあって…」



【ジャパリパーク・サファリ】中央管理センター 医療棟


「はーい、職員ID確認取れましたー。じゃあー、バーコードとその中身、確認取ってくのでお時間いただきますねー。その間、こちらに受け渡しのサインお願いしまーす」

「は、はい」


 カコ博士がサインを書く。その背後で自分達は治療薬の詰まったプラスチックケースを台車から台車へと移し替えていく。カコ博士のお手伝いはなんてことはない「新型ガオガオ病に備えて医療棟に治療薬を運ぶのを手伝って欲しい」との事だった。普段から研究所に引きこもっている彼女は移動にバイクを使用しておらず、もっぱらお客さんの移動用カートを使うか、お客さんが多ければ大体徒歩なのだそうだ。そのため、今回のような大荷物の運搬を所長に命じられた彼女は頭を抱えてしまったそうだ。


「他にも職員はいるのですから、その職員の方の電動バイクカブを借りればよかったのに」

「その、忙しそうで、あの、声がかけにくくって…それに…私、バイクに乗れないの…」

「そういう時は遠慮しなくていいんですよ。ところでカコさん、自動車の免許、持ってましたよね? なら電動バイクカブも簡単ですよ、むしろ車の方が難しいくらいです。今度、一緒に練習します? ジャパリパークは土地が広いから練習にうってつけですし」

「う、…お願い…しても…いい?」

「もちろんです!」


 なんだか微笑ましいをやり取りしてる。まるで自転車の練習の話をしている少女達のようだ。…はて、自分は自転車に乗れるんだろうか? 電動バイクカブは乗れるのだが。昔、練習した気もするのだが、いまいち判然としない。遠い記憶の彼方どころか時空の最果てへ行ったり来たりする記憶は、いまだ腰を落ち着ける気がないようだ。


「はーい、請求品、請求数、消費期限、確認取れましたー。研究班から医療班への受け渡し、無事終ー了ー。きっちり保管しておきますねー。それにしてもカコ博士がこちらに来るなんて珍しいですねー」


 ああ、所長による初めてのおつかいだそうですよ。


「なるほどー。でも助かりますよー。備えあれば憂いなし。まーまだ備えは万全とは言えませんけどー。こっちでも新型ガオガオ病は話題になってましたからねー。今でも医療棟はその話題で持ちきりでーす」


 もう、こちらまで情報が行ってるんですか!?


「あたりまえでしょー! 病気を治すのはココですよー? 病気の情報を医者に渡さない、なーんて、どんな事情があれど職務怠慢っていうんですよー? 場合によっては殺戮者ってお呼びすることになりますよー? ただでさえ、動物やフレンズちゃんは病気に弱いのにー」


 動物やフレンズは病気に弱い? 動物はさておいてフレンズもなんですか?


「おやーもしかしてフレンズちゃんはセルリアン由来の病気にしかかからないと思っておいででー? そーんなことはないですよー。 彼女ら、フッツーに風邪もひきますし、フッツーに食べ過ぎたり傷んだもの食べておなか壊したり、フッツーに毒物に当たったりかぶれたりもしますよー。人間より頑丈ではあるんですけどねー、寝不足、冷え、食事の偏りがあるとフッツーに病気にかかって、コローってこと結構ありますよー」


 コローッ⁉


「ええ、コローっと。 実はここから人医としてはお恥ずかしい話なのですがー彼女たちは、ビッミョーに人間と違うんですよー。人間と全く同じ扱いができないんですねー。お話ができないわけじゃないからーどこがどう悪いんだかはーなんとなくでわかるしーレントゲンやMRIだってちゃんと使えるんですけどねー」


 では何が障害になってるんですか?


「んー例えるならー、ネズミとネズミのフレンズちゃんと人間大のネズミと人間、この4種類の生き物は一分間の心拍数って一緒ですかねー? 病気にならないように不摂生な生活をやめろと言ったところでー夜行性や生態的にショートスリーパーな子に早寝早起き十分な睡眠をとれって言って実践してもらったところでどれほど効果があるんでしょうねー? 要はデータがないんですよねー、獣医の方や両方持っている方、研究班で主にフレンズちゃんを扱ってる方、医療行為を個人で行ってるフレンズちゃん達にも聞くんですけど、けものとしての特性の方でどうしても例外が出てしまって、いまだ適切な処置って出来ていないのが現状なんですよー」


 ああ、言われてみると…つまりは治験のデータがないと言う事だ。 …今のところどうやって治療行為を行っているのだろう?


「そりゃー人医、獣医、研究者、お医者フレンズちゃん一丸となって頭寄せ合って、人のデータとその元動物のデータの中間よりややヒトよりかなーって所をとってーそこから医療計画を立ててー、絶対、計画やデータからそれるところはあるからーその都度検査してデータ取って慎重に進めるっていう地道な努力ですよー。でもねー元動物のデータだって十分とは言えない量なんですよねー、そうでもなきゃー『種の保存』なんて目的でここに来ませんもんねー」


 本当ご苦労様です。なんか、話聞くだけでも首が垂れます。


「まあー現地で活躍する獣医さんほどではないと思いますよー。うちじゃー患者さん相手に麻酔銃持ちだした挙句に、保定に失敗して顔が左右非対称になって、アゴがチタンフレームになるなんてそうそうありませんしー、けどねー人のフレンズちゃんでもいれば多少はデータの中間点とるのも楽になるんですけどねー何でか人はフレンズ化しませんしねーないものねだりってのはわかってるんですけどもねー」


 もう、畏敬の念を抱く思いです。本当いつもありがとうございます。


「なーに言ってるんですかー。あなたも明日から現地で活躍するー未知の病気と戦う調査員さんでしょー、他人事みたいに言える立場じゃーないでしょー?」




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