園長と支配人
【ジャパリパーク・サファリ】中央管理センター 職務棟 園長室
「『連絡受けとりました。現在、Ⅽ-3地点にいます。これからそちらに向かいます』
あ、OKですか。では失礼します」
彼女はもう15分ほどしたら来てくれそうだ。通信機のマイクを元に戻してほっと息をつく。
それにしても『なぜ園長さんが園長室に?』もっともな疑問であると思う。
かつて、記憶喪失である自分が何者かにジャパリパークにお客様として呼ばれ、その過程で”女王事件”に巻き込まれ、アニマルガールズ…もとい、フレンズ達とジャパリパーク中を旅してまわり、解決にあたった。その時のことがきっかけで自分はジャパリパーク関係者から英雄として扱われ、何故だかジャパリパークの『園長』と言う肩書を得てしまっている。『園長』と言うあだ名で呼ばれてる内はよかったのだが、ある日、ジャパリパーク創設者を名乗る人物から自分を「園長」なる役職に委嘱すると言う書状を渡されてしまってから大変なことになってしまった。どさくさ紛れにもほどがあるとは自分でも思う。記憶が戻るまではと承諾してしまったのは間違っていたのではないかと今でも思っている。
いや、いや、それは言い訳だろう。では何故ここにいるか。自分は記憶喪失や“あの異変”を言い訳にここを去ることもできた。確かにジャパリパークにいることで多少の記憶は戻った。自分の過去を知る素振りをみせるフレンズもいる。が、職員ならともかく、何の専門知識もないどころか常識さえも消えている自分が園長という責任者をするには弱い。書状の委嘱と言う所に創設者(仮)は逃げ道を残してくれてはいたと思う。それでもその申し出を断ることもなく、何故ここにいるか。それは
ガチャ
「『園長』君、入りますよ。ミライ君から連絡はありましたか?」
思考が中断されてしまった。支配人が戻ってきたようだ。とりあえず連絡はあったのでうなずく。
「そうですか。なら、もうすぐ来るでしょうね。じゃあ、それまでの時間つぶしに少しテストをしますか」
テスト?
「動物園の決まり事とはほぼ合議制で決まり、ジャパリパークの園長ぐらいでは風よけぐらいにしかならんでしょう。園長と言っても総責任者と言うわけでもありませんからね。でも肩書だけと言いますが風よけだって大事ではあるし、あなたに期待している4割はその役割ですね。 大方のジャパリパークの園外の事は私と創設者がしてますし、内部の事は、それこそズーキーパーとうちの研究部、そしてフレンズと協力して事に当たれば、ほぼ問題はないでしょう。 とーはーいーえ! あなたも園長なのですから動物園の経営理念4つぐらいは言えてほしいなーと思いましてね。えーえー別に、こちらが諸外国相手に、ジャパリパークが新たなバルカン半島のような世界の火薬庫にしないよう駆けずり回ってるのに、あいつは可愛いフレンズと乳繰り合ってるのかと思うとハラワタ煮えくりかえって火薬庫爆破させたろか、ダイジョーブダイジョーブ リア充 爆破シテモ 死ナナイ、なーんてことカケラも考えてませんよ、ええ、ちーっとも」
支配人は芝居がかった動きで責めてくるが、素直にハイとは言えない意見である。自分はフレンズ達と仲良く過ごしてはいるが乳繰り合ってなど断じてないし、時折、命の危機も感じてもいるが、それでもフレンズに危害を加えるような真似はしたことはない。あくまで等身大の彼女たち相手にそれ相応に誠実に対応しているつもりだ。仕事としてリアルは充実はしているが、果たして自分はリア充と言っていいのだろうか?
「で?」
「?」
「ちゃーんと言えますか? 動物園の経営理念4つ。 」
たしか…「娯楽」「教育」「種の保存」「調査・研究」の四つ。
ジャパリパークではこの4つのうちの「種の保存」「調査・研究」に力を入れている。だからと言って「娯楽」がなければ経営が立ちいかなくなり、「教育」がなければ未来がない。どれも軽視できるものではないと聞いた。
「まあ、大体あってますが、未来がないってどういうことを言うんでしょーねー、お答えください?」
う、えぇ、えーと、不幸になる?
「はい、それじゃあ丸は上げられませんね。答えは絶滅種が増える。最終的には人もその仲間入りが妥当でしょうね、考えさせなきゃ人間はぺんぺん草以下ですよ。ただでさえほかの獣に比べれば弱い部類に入るのに。人が考えることをやめれば、数少ない人間の持ちうる武器を全て捨てるのも同然。自分の足元切り崩して落下死だ。木に登って落ちるよりアホな死に方する運命しか選べなくなりますよ。考える
コンコン
「パークガイド兼調査員のミライです。失礼します」
「おや、『ミライ』がもうすぐそこまでやってきた。まだ教育の何も終わっていないのになあ。未来が来るのはいつも突然だ」
「なんで呼ばれたから来たのに、来たことを非難されてるんでしょうか、私」
「こちらの話、ですよ」
どこかおどけて言う支配人には悪いが、正直ホッとした。どうにも、この支配人の言う事は、難しいような、何が言いたいのか、目的どころか話がしたいだけなのか、意味があるのかさえわからないことばかりだ。その癖、支配人が自分に問いかけをした時、答えを考えてる自分をうかがってる時の目は肉食獣が獲物を探して観察しているものとそっくりだ。ねらい目の獲物だと判断されたなら自分はどうされるのであろうか。
「支配人さん、また園長さんをいじめてたんですか? 駄目ですよ。」
「いじめてなんていませんよ。からかっていただけです。年寄りの放言に振り回されて期待に応えようと頑張った挙句に途方に暮れる若者はなんだか愛嬌を感じませんか?」
悪趣味だ! からかってただけなんて!? 真面目に考えてたのがバカみたいだ!
「はあ、悪趣味ですね。園長さんがすごい恨めしそうな目で見てますよ?」
「我ながら良い趣味をしているので長生きできそうだと自負しております。これぐらいの楽しみがなければジャパリパークの支配人なんてめんどくさい役職、端からお断りでしたよ。他にも沢山条件は付けましたが」
「…興味本位で聞きますが他には?」
「一番の理由は私の死後に私のペットを引き取る、ですね。30代の頃に好奇心で衝動買いしたケヅメリクガメですが、私の育て方がいいのか、いまだ元気元気。よく家内の犬と庭を駆け回って競争してますよ。意外といい勝負するんですよ?」
それは犬の足が遅すぎるのでは…?
「それはぜひともみたいですね! 映像か何かないんですか?」
「ありますよー、スマホに確か…ああ、あった、あった、これだ」
「まあ、どちらの子もなんて可愛いんでしょう! それにこの子、すごい脚早いですね! 」
「でしょう? ついでにうちの孫見ます?」
ああ、ペットを持つ人特有の『うちの子可愛いでしょう!隙あらば見せつけよう現象』がここにも発生してしまった。こうなったら長いぞ。そもそも、じぶんがここに呼び出された理由がまだわかっていないというのに! こんなことならミライさんが来る前に聞き出しておけばよかった。後悔しても遅いとは思うのだが、しかし!
あと犬並みに早いケヅメリクガメって何⁉ 何か怪しい薬でも与えてるんじゃ…。
コンコン
「支配人さん。ガイドさんと園長はもう来ました?」
「おお、ギンギツネ君。丁度、今揃ったところですよ。じゃあオフザケもここまでにして説明に入りましょうか。はい、ギンギツネ君もミライ君も座って座って」
どうやらここからが本題のようだ。
「いえ、実は、あくしまエリアとりうきうエリアの封鎖を解こうかって話になったんですよ。
今まで閉鎖してた主だった理由が、火山活動が活発になるとどうしてもセルリアンが増える事と、原因の火山のあるきょうしゅうエリアとその近くの島が地殻変動なのかサンドスターのせいなのか不明ですが大きく拡大する事だったのですが、ここ数か月、島の変形、拡大が収まったのではないかと言う結果が出ましてね、あくまでではないかの希望的観測なのですが。あ、資料渡しますね」
パサパサと数枚の紙をホッチキスで止めた資料をギンギツネの分を除き、人数分渡される。
ギンギツネはそれに不満そうでもない。おそらく、すでにデータに目を通していたのだろう。知っていて当然と言う顔をしている。
話に遅れないようにと紙を数枚めくり目を通す。希望的観測とは言うが近日中に希望通りになるであろう数値が表れているのが自分のような素人目でもわかった。
「そこでこの度、封鎖を解きまして、ラッキービーストやフレンズさん達の好意で行われるボランティアに頼りきりになっていた、現地に置き去りにされた元動物たちの世話を我々、人間の飼育員の手に戻そうという計画が上がりましてね」
「待ってください。じゃあ、元々あくしまやりうきうをナワバリにしていたけれど、封鎖されたため他のエリアに避難をしていたフレンズさんも大手を振って帰宅ができるということですか?」
「おおむねその通りですね。結界を張るオイナリさまの負担が大きいために必要最低限の場所しか完全に封鎖されていないので、元々フレンズの皆さんにとってはあくしま・りうきうの封鎖はあってないようなもんでしたけど、あの辺の封鎖が解かれれば、しばらくは元動物の飼育場とフレンズさんと飼育員の居住区という形で緩衝地区にし、段階的にお客様に公開できる場所にしようかと言う話にもなっています」
「きょうしゅう、ごこく、あんいんの方は…?」
「私もそれを聞いたところ研究班曰く、そちらはまだ到底無理だそうですよ。火山活動も頻繁にあるので、セルリアンは数こそ少ないですが“例の異種”が活発に活動をしてますし、島もすくすく元気に成長中です。観測衛星越しにだとすごく平穏そうに見えるんですけどね」
「そうですか…」
ミライさんが肩を落とす。その気持ちは自分にもわかる。
自分達がかつて旅をした場所。それも、その旅の出発点でもあり様々なフレンズ達との縁の始まりの場所でもあった。そんな思い入れのある場所が、近づくことさえできない場所になるというのはさみしい。
今の自分が始まった場所はまちがいなくあそこだ。“例の異変”の時にあそこを住処としていた殆どのフレンズはセントラルパークやほくとーえりあ、ほっかいエリアなど思い思いの場所に避難した。あそこにはもう異変後に新たに生まれたフレンズと元動物しかいない。故郷ともいえるあの場所は本当に遠くなってしまったと実感させられる。
「それで、その計画がそもそも実行できるものなのか? ヒトは上陸できるのか? 人が上陸できたところで、セルリアンの群れに襲われて第二のセルリアンの女王が生まれても困るぞ、と」
「支配人さん!」
ハッとする。つい感傷に浸ってしまった。話に集中しなければ。
「失礼、言葉が過ぎました。まあ、そう言ったことを調査しようと、まずフレンズに依頼しまして、それがギンギツネ君がここにいる理由のひとつですね」
真剣な目をしてこちらを見て頷くギンギツネ。
最近、顔を合わす事がないのは多忙極まるオイナリサマのサポートに専念しているからだと思っていたが違ったらしい。いや、もしかしたら今回の依頼はその助けにもなるようなものだったのかもしれないなと思いなおす。
よくよく、そんな彼女の姿を観察してみれば少し痩せただろうか。事前知識で多忙のイメージがついてるせいで大人びたのをそう勘違いしてるだけかもしれない。
「さらにもう一人に依頼して、調査してもらってる最中に問題が発生しましてね。とりあえずでギンギツネ君だけが報告のためにこちらに戻り、その調査員のもう一人であるバビルサ君が残って問題に対処。その報告をたまたま、いの一番に聞くことになった私は過去の報告書を漁り、その問題の経験者の一人である、クロサイ君に依頼をし派遣した。これでも手は足りないと思い、君たちに話した。そう、この問題は君たちも経験しているだろう」
支配人は自分の持っていた資料を目の前の机に置く。その資料はミライさんや自分の持っている資料よりも少し厚めで湿気った後に乾燥したのか、ややヨれている。完全に自分達の持っている火山活動の資料と違う。だけど、どこか、どこかで見覚えがある。失った記憶の中の物ではない。確か、誰かが持っていた。確か…そうだミライさんだ! 日記を書いてる横で「あ、日記と報告書、間違えて…? えっ…書き直し…と…言う事に…?」と呟いていたのをよく覚えている。
その資料の表紙にはこうあった。
【なかべちほーでのお客様へのご案内内容とご報告】
【ガオガオ病の原因となるセルリアンの特徴と行動の傾向】
【水質調整施設『ウィンデーネ』による原因物質解析結果と治療薬生成法】
「ガオガオ病の再流行だ」
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