動物園のひとたち

パークガイドと飼育員

  総合動物園<ジャパリパーク>

 海底噴火で誕生した島を大胆にもまるごと敷地とし、世界中の動物を集めることを目的に造られた巨大施設であり、動物遊園地「ジャパリパーク」と、研究・飼育を行う動物管理区域「ジャパリパーク・サファリ」そして島外に造られた『フレンズ』との交流施設を兼ねた動物園「試験解放区域:JAPARI PARK」の3つの施設で構成されている。

 現在は、海底噴火の活発化による一部地域の土地の肥大化や『例の異変』による生活環境、治安悪化のためにできた「封鎖区域」の4つに分かれているともいえる現状である。


【ジャパリパーク・サファリ】中央アーケード


 フードコートを兼ねたショッピングモールの中央にメインステージがある。舞台の奥のスクリーンには、犬にも似た、縞模様と背中に生える黒いタテガミが特徴的なけものが潤んだ瞳と黒い鼻面を観客席側に向けている姿が映し出されている。

 そこには二人の女がいた。

 一人は裾の青い迷彩柄が特徴的な探検服を着込んだメガネの女性。かぶっているサファリハットには赤色と青色の鮮やかな羽根飾りが1対付いている。腰についている四角い青い迷彩柄のウェストポーチから伸びたコードの先のマイクを手にしている。

 もう一人は見る人が見れば舞台奥に映っている獣のコスプレをしている少女とも見えるかもしれない。が、白と黒に色分けされたような毛髪も染めたようには見えず、その頭の上にある獣の耳も、お尻の尻尾も決して造り物には見えない。まさにスクリーンに映っている動物がまるで『人』になったような姿だ。

 二人はどうやらスクリーンに映っている動物「アードウルフ」の特徴、生態、生息地などを観客に紹介しているようだ。


「…では皆さん、質問もないようですから、これにて今日の【なぜ?なに?キーパー’sアニマルトークwithフレンズ 14時の部】を終了させていただきます! ゲストのアードウルフさんにお礼の言葉、もしくは拍手をお願いします! アードウルフさん、お付き合いいただきありがとうございました!」

「い…いえっ、こっ、こちらこそ、お招き頂きありがとうございました」

「このジャパリパーク・サファリのサバンナコーナーには、ここにいるであるアードウルフさんもいらっしゃいますので、ぜひ見て帰ってくださいねー!」


 イベントは幸い盛況に終わったようで観客の拍手がその場に響き、観客たちは三々五々と散っていく。おそらくはこの後、思い思いの場所へ獣を見に行ったり、ショッピングモールやフードコートで食事や買い物を済ませたり、遊園地を楽しんだり、島内のコテージに帰るのだろう。


「…いえいえ、本当にありがとうございました。急なお話だったのに受け入れてくれて助かりましたよ」

「た、確かに…急…でしたけれど、事情があるのでしたら…しょうがないですよ」

「それはそうなんですが…実は、私もまだどんな事情があったのかわかってないんですよ…人の予定に横入りするなら、それぐらいの事情は伝えてくれてもいいと思いません?」

「ガイドさんは今日何か予定でも?」

「いつも通り、ジャパリパークの案内とけものさんたちのガイドというパークガイドのお仕事でしたが、この時間だけは観客側でクロサイさんとその担当飼育員さんによる【なぜ?なに?キーパー’sアニマルトークwithフレンズ】を観る予定だったんですよ」

「ガイドさんにとっても突然の事だったんですね」

「ええ、クロサイさん達に何があったのかも心配でして…」


 そんな人の群れに混ざるように彼女たちも舞台から降りて会話をしている。先ほどはイベントのためか緊張の為だったのか、台本上のセリフを読んでいるようないささか固い不自然な会話であったが、今は緊張が解けたのか少し砕けた会話をしている。


「そ、それでは…私はこれで…」

「また、機会があればお願いしますね!」

「私も…みんなとまた仲良くなれそうな機会があるのはうれしいです」

「そう言ってくれると私もうれしいです」

「じゃ、じゃあ、お暇させていただきます」

「お疲れさまでした。帰り道、セルリアンには気を付けてくださいね」

「ここいらに出るのは、小さくて私でも簡単に倒せるのばかりだし、みんなの縄張りを通っていくので大丈夫ですよ」

「それでも油断は禁物ですよー!」

「ふふ、はい、気を付けます」


 アードウルフのコスプレをしたような少女は別れを告げるとステージを後にし、遠くからでも望めるサバンナアカシアがぽつりぽつりと立つ草原のあるサファリゾーンへと駆けていった。その速さは舌を巻くほどで、気が付けばもう少女はサバンナの草原の住人と化していた。


「あっミライさんいた! おーい、ミライさーん!」


 その姿を見届けていると探検服の女性は自分が呼ばれていることに気づいた。

 自分を呼んでいるのは、園内飼育員移動用バイクに乗ってこちらに向かって来ているジャパリパークのロゴ入りジャンパーを着ている女性だろう。彼女のことはよく知っている。オマキザル科の主に小さいサルを担当している飼育員だ。かつて担当していたライオンタマリンがフレンズ化した際に、涙目で「あたしのレオンが性転換した!」と駆け込んできたのを「そもそもヒト化してることに比べたら些細なことでは?」と返したのも昨日のことのように思い出せる。現在は確かコモンマーモセットを扱っていたはずだ。飼育舎も確かここに近かったはずだが何の用であろうか。


「ミライさーん! おおーい、ミライさーん! 今、いいですか?」

「ええ、大丈夫ですけど何かありましたか?」

「あ、やっぱりラッキーに会ってないんですね。さっきから『ギョウムレンラク、ギョウムレンラク』って、ここら一帯のラッキーがミライさんを名指しで騒いでるのに…」

「さっきまでイベントの司会をしてたので私の近くにいる子は黙っててくれたんでしょうね」

「とりあえず、ハイこれ、ラッキー」


 乗っていたバイクの後ろに引き連れているトレーラーにちょこんと乗っているぬいぐるみをミライに渡した。ぬいぐるみは不思議な姿をしていて、卵に狐の耳と縞模様のフサフサの尻尾とウサギのような足をつけて胴周りに黒いベルトを着け青く塗ったような既存の動物では言い表せない姿している。

 ぬいぐるみは線を縦に引いたような両目を緑に光らせて「ギョウムレンラク、ギョウムレンラク、パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 職務棟 園長室 マデ 来テ下サイ。 繰リ返エシマス。 パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 園長室 マデ 来テ下サイ」と音声を流している。すでに何回も繰り返しているのか、パタパタ動く足が苛立ちを表しているように見てしまうのは、果たして後ろめたさだけであろうか。


「支配人も通信機使って呼び出せばいいのにね」

「え、あの人が来てるんですか!? 私、あの人苦手なんですよね」

「ミライさんがそんなこと言う珍しいですね、でも残念なお知らせです。支配人は結構ミライさんのこと気に入ってるっぽい」

「何と言いますか、けものさんたちのことが好きで守りたいと言う共通項はあっても手段が正反対みたいなんかんじでしょうか。あー、いっそ嫌いであってくれたなら…」

「主張は同じでも主義が違うみたいな? ま、無理でしょ。だってあの人有能な人と変な人大好きだし、両方併せ持つミライさんは適役だもの。嫌われる方が難しくない?」

「…私、変ですか」

「変です」

「…有能ですか」

「無能な人はラッキービーストを開発できません」

「開発したのは私だけじゃなんですが…」

「他にも色々園長さんともども手広く活躍してるし、いいじゃないですか有能な変人。世の中、無能な凡人の方が多いんだから。それにジャパリパークにはミライさんのご同類たくさんいますよ」

「褒められてるはずなのに全く嬉しくないのは何故なんでしょうね」

「それより、ほら、行かなくていいんですか?」

「ギョウムレンラク、ギョウムレンラク、パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 職務棟 園長室 マデ 来テ下サイ。 繰リ返エシマス。 パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 園長室 マデ 来テ下サイ」

「ああ、そうですね。とりあえず連絡入れないと…」


 ミライはポーチから黒いコードのついたマイクを取り出すとそれに向かって話し出す。


「お疲れ様です。こちらパークガイド兼調査員のミライです。園長室にお願いします。…え? 園長さんがなぜそちらに? 『園長が園長室にいるのは意外なことか』 …それもそうですね、すいません。あ、じゃあ支配人さんに伝言お願いできますか。

『連絡受けとりました。現在、Ⅽ-3地点にいます。これからそちらに向かいます』

 あ、OKですか。では失礼します」


 マイクをウェストポーチにしまうとミライはスッと背を伸ばし飼育員女性に背を向ける。


「じゃあそう言う事なので、私はこれで…」

「あ、ちょっと待って」


 そのまま走り去ろうとするミライを引き留めると飼育員女性は今までまたがっていたバイクから降り、トレーラーを外すとミライにバイクに乗るようアゴで促した。


「私の『電動バイク《カブ》』使っていいよ、もう飼育舎も近いし」

「え、帰りはどうするんです?」

「いいの、いいの。あたし、これからコモンの出産に向けて育舎に泊まり込みだから、用が終わったら育舎の駐車場に置いといてくれればいいから」

「トピさん出産ですか!楽しみですねー!コモンさんの赤ちゃんだからすっごい小っちゃいんでしょうねえ」

「人間の小指の先ぐらいですよ。出産自体はもう3回目になりますし、コモンは割と飼育方法が確立してる方だから問題ないんですけどねー、やっぱ出産、子育てとなるとねー」

「あー。…じゃあコレ遠慮なく借りてきますね。あとで返します。では吉報お待ちしております」

「うん、ミライさんにジャパリパークの新メンバー紹介できること、あたしも楽しみにしてます」


 ミライは颯爽とバイクに跨ると先ほどのアードウルフの少女と負けず劣らずのスピードで中央管理センターの方へと走り去っていった。


「ギョウムレンラク、ギョウムレンラク、パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 職務棟 園長室 マデ 来テ下サイ。 繰リ返エシマス。 パークガイド ミライ ハ 直チ ニ 中央管理センター 園長室 マデ 来テ下サイ」

「あれ、あんた置き去りにされちゃったの?」

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