7 失われた音
けたたましい目覚まし時計の音で、冬樹は目を覚ました。
眠気に抗いながら身体を起こす。
冷たさに身を震わせたとき、ふとあることに気づいた。
試しに、自分の左の頬を叩いてみる。
ぴしゃりという音が右耳から聞こえてきた。
ぴしゃりぴしゃりとさらに頬を叩く。けれども何度やっても同じだ。左耳からは何も聞こえなかった。
眠気は瞬時に吹き飛んだ。左耳に手を当ててみても、何もついていない。耳孔に小指を突っ込んでみても、何も変わりはなかった。
後頭部が冷えるのを感じる。
冬樹は部屋から駆け出た。
急いで階段を下り、一階へ向かう。
ダイニングキッチンでは、早苗が朝食を作っているところだった。冷え切った朝に味噌汁の匂いが漂っている。良子は自分の席に着き、新聞を読んでいた。
冬樹は早苗に何か言おうとしたが、すぐには言葉にならなかった。
「どうしたん、冬君。」
新聞から顔を上げ、良子はそう問う。
「耳が――耳が――聞こえんくなった!」
このときになって、ようやく早苗は興味を持ったようだ。
「どれ、見せてみんさいな――」
冬樹へと近づき、右耳を覗き込もうとする。
「あ――あの、聞こえんくなったのは左耳のほうで――」
早苗は冬樹の左耳を持ち、耳孔を覗き込んだ。それから、あーっと声を掛け、聞こえんかと問う。冬樹は、聞こえないと答えるほかなかった。
「少なくとも――見かけに異常はないけどなあ。」
まるでやる気のない声で、早苗はそう言った。無論、素人が外見だけで判断できる問題でもないのだが――。
それから早苗は、特に心配した様子もなく朝食の準備に戻った。良子はといえば、既に興味を失ったように視線を新聞に戻している。
「とりあえず、今日は学校は休みんさい。朝ごはん食べ終えたら、市内の耳鼻科に行こ。まあ、その耳鼻科だって、開くまでにはまだ時間があるわけだけん。」
「救急車とか、呼ばんでもええのかな?」
「耳が聞こえんくなったところで、死ぬわけでないが。」
それは確かにそうなのかもしれない。しかし、遣る瀬無い思いが湧き上がってきた。まるで気が抜けたように冬樹は席へと坐り込む。
――何なんだよ、一体。
突然、耳が聞こえなくなったことはショックだった。けれどもそれ以上に、早苗や良子の対応が気にかかる。足の爪が剥がれたときもそうだったが――一体、この気のない対応は何なのだ。
耳が聞こえなくなったところで、確かに死にはしない。
けれども――。
今の早苗や良子は、たとえ冬樹が死んでも平然としていそうだ。自分の身体に異変が起きているという以上に、そんな家族の対応が恐ろしかった。
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