第25話 魔法使い

「動けるようには、なったか……」


 未だに身体は重く、動くだけで痛みを伴うが、動かせないわけではない。

 ファインとのくだらないやり取りで時間を浪費したが、その間に魔法で回復できたのは僥倖だった。

 治癒の魔法を停止させ、立ち上がる。手、足と順番に身体の動作を確認していく。やや鈍いが、まだ戦える。

 が、手を開いたところで重要なことに気が付いた。


「刀がない」

「あれだけの勢いで飛ばされれば、武器なんて持っている余裕はないでしょうね?」

「剣士が戦場で武器を落とすとか……」


 あまりの情けなさに眩暈がする程だが、事実は事実として認める他ない。

 なにより、現状刀があろうがなかろうが、やることに変わりはないのだから。


「もう大丈夫なのかしら?」

「完全とはいえないが、無駄に時間を使える状況でもないしな。なにより、どうあれ俺は派手に動き回るつもりはない」

「それは……もしかして、なにか手があるの?」

「少し黙れ」


 ファインの質問を封殺すると、瓦礫の影に隠れたまま悪魔の様子を伺う。

 未だ降り注ぐ矢の雨に、悪魔も苦戦しているようだ。だが、やはりというか、先程のヴィーダとファインと同じように、傷は与えられているが直ぐに回復し、致命傷には届いていない。


「均衡が崩れるのも時間の問題だな」

「ヴィーダくん。フィーユが助けにきたことに驚かないのね」

「元々、悪魔召喚だった場合、俺一人ではどうにもならないのは分かりきっていた。実力者の協力は必要不可欠だったからな。燈凛が依頼主に連絡はしているようだったし、手を回していたなら、間に合う可能性はあった」

「へえ。貴方は、その依頼主様が十三騎士に協力を得られる立場であるということに、なにも思わないのかしら?」


 心底楽し気に触れられたくない部分に触れられ、ヴィーダは瞳を細める。

 元より、依頼主の名も明かさないような不明瞭な依頼。

 燈凛を信用していないわけではないが、依頼主の名を告げれば不都合があるというのは確かなのだろう。訊いてしまえば、ヴィーダが依頼を受けないような、そんな名前。

 だが、マノワール師匠を通した依頼であり、燈凛への信頼もある。なにより、これまでの依頼内容は全て、誰かを護るためのものだった。

 故にこそ、ヴィーダはあらゆることを察していても、答えを追及することはなく、灰色のままに依頼を受ける。

 ヴィーダは鼻を鳴らし、どうでもいいと斬り捨てる。


「別段、どうでもいい。名前を知ったところで俺のやることが変わるわけでもない。十三騎士の力を借りられるなら願ったり叶ったり。それでいい」

「そう、答えを得ないと?」

「時には灰色でも構わない」

「ふふ。やっぱり、ヴィーダくんは面白いわね」

「ほっとけ」


 吐き捨てるように返す。


「けど、これからどうするつもり? フィーユの矢も、足止め程度にしかなってないようだけれど。殺せないのなら、どれだけ戦力が集まっても無意味よ」

「意味ならある。俺抜きで足止めできるのであればな」

「さっきの質問の繰り返しになるけれど、奥の手でもあるの?」

「別段奥の手というわけじゃない。俺にとっては刀と変わらん。一つの武器だ」


 十三騎士のフィーユ・リーブルがまだ足止めできていることを見て取り、ファインに確認を取る。


「おい。まだ、動けるか?」

「そうね。長時間は無理だけど、多少なら」

「よし。だったら、もう一回あの悪魔を足止めしろ。できる限り長く。だが、死ぬ前に撤退しろ。さっきみたいなヘマをしたら、今度は俺がお前を殺す」

「お優しいことで」

「殺すと言っている奴に優しいとか、頭おかしいだろ」


 ヴィーダの悪態にもどこ吹く風で、微笑むばかり。

 ちょっとした気遣いのつもりだったが、そういった気持ちを読まれているようで、どうにもむず痒い。

 顔を背け、気分が悪いと身体全体で表現し、恥ずかしさを押し隠す。


「それで、私はまた悪魔を足止めするとして、ヴィーダくんはどうするの?」

「決まってるだろ――――」


 初めて目にする彼女の驚く顔に、ヴィーダの頬はしてやったりと笑みを描く。


 ――


 ヴィーダから作戦を訊いたファインは、瓦礫の上に立ち、降り注ぐ矢に攻めあぐねている悪魔を見据えながら、笑みを深める。


「ふふ、本当に面白いわ」


 呟き、両手に魔法の長剣を生成すると、悪魔へと疾走する。

 近付くファインに気が付いた悪魔は巨腕を振るうが、ファインは軽く飛び上がり、地面に叩きつけられた拳に着地する。

 先程の鈍った動きが嘘のように洗練された動きが戻っているが、傷が治ったわけではない。多少なりとも回復をしているが、先刻とそれほど変わりはしない。

 それでも戦えているのは、一重に身体の痛みなど忘れてしまう程高揚しているからだ。

 振り払われる拳から飛び上がると、長剣を幾重にも生成して投擲する。その顔には、変わらず笑みが浮かび上がっている。


「まさか、あれほどの腕を持ちながら、剣士ですら片手間だなんて、彼は私をどこまで楽しませれば気がすむのかしら!!」


 これまでに覚えたことのない心臓の高鳴りを聞きながら、死をも恐れぬ黒蝶は赤き悪魔へと戦いを挑む。

 倒せないと分かっていながら何故挑むのか。

 それは、止むことなく降り注ぐ矢と剣をその身に受けながらも、致命傷たりえない巨体を誇る悪魔が、全てを無視しでも反応してしまうもののためだ。

 エメラルドに輝く瞳は鋭さを増し、まるで存在を許せないとばかりに表情が歪む。

 これまでの戦いでも見せなかった一層剣呑な気配に、ファインは笑いを抑えられない。


「ひひはっ、あ――――――ははははははははははっ!? ばーれてしまいましたわねぇ。ええ、ああここからが分水嶺。ヴィーダくんを殺せれば貴方の勝ち。けれど、殺せなかった場合は貴方の死よ? 形を成した災害と呼ばれる悪魔さん?」

『――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!』


 世界に轟く程の雄叫びを上げた悪魔は、ファインの背後で光り輝く魔法陣を空中に描いたヴィーダを殺さんと、突き進む。


 ――


 まさか、上位の魔法まで扱えるなんて、何者でしょうか、彼は。

 ヴィーダを脅威と見做した悪魔を足止めするべく、止めどなく矢を放ちながら、フィーユは内心で驚愕していた。

 ヴィーダの身体から漏れ出る魔力の量は計り知れず、悪魔に向けて描く魔法陣の大きさはこれから発動する魔法の強大さの表れだ。

 だが、本来であれば、ヴィーダ程の剣の腕を持つ者が、上級の魔法を扱えるなどありえないことだった。

 剣の道であれ、魔法の道であれ、極めるにはあまりにも長い年月が掛かる。魔法剣士などとは名ばかりで、実際にはただの半端ものだ。剣も半ば、魔法も半ば。全てできることは理想であるが、そのようなものは空想でしかない。絵空事と変わりなし。

 現に、世界を見渡しても、そのようなことを実践できるのは、長寿であるエルフぐらいのものだ。それ以外の種族でも、剣士が戦いの中に魔法を取り入れることもあるが、それは魔導具を利用したものに他ならず、上位の魔法は使えない。

 だというのに、ヴィーダが発動させようとしている魔法は、明らかに上級であり、並のものではないと誰もが感じ取れる程だ。

 人の生など、長くて百年。彼の若さからすれば、十数年程度の時間しかないなか、剣も魔法も高い次元に至るというのは、あまりに異常だ。


「一体、どれだけの才能を授かり、どのような人生を歩めばそのような力を得られるのか……」


 エルフとしては若く、新たな知識を求めて人の国に住まう彼女は、彼の稀有なる力に興味が惹かれていく。


 ――


 くそっ。もう気が付いたか。だが、まあこれだけ大きな魔法陣を展開していれば仕方がないか。

 剣と矢の雨に襲われながらも、咆哮を上げながら止まることなく悪魔は突き進んでくる。

 それに臆することなく、ヴィーダは魔法の発動を推し進める。

 魔力は十分。魔法陣も良好。故に奏でるは、魔法を解き放つための最後の詩。



 御使いを。御使いを。

 世界を救う御使いを。

 終焉を告げる悪魔が世界を現れた時、憂う女神は地上に光の御遣いを遣わした。

 悪魔に怯える人の子らに希望を与え、闇を振り払うは光の剣。

 終焉告げる悪魔を倒さんとする姿は、なんと勇ましきことか。

 振るう剣は闇を切り払い、世界を遍く照らし出す。

 女神の憂いをなくすため。

 人々の恐怖を拭うため。

 光の御遣いは、終焉告げる悪魔と死闘を繰り広げ、世界を救う。



 水のように澄んだ声を響かせ、詩を紡ぐ。

 だが、彼の魔法を邪魔せんと迫るは、咆哮上げし本物の悪魔だ。


『――――――――――――――――――――ッ!!』


 悪魔は十三騎士二人の攻撃を全て無視し、身体中に幾重の矢と剣が突き刺さろうとも足を止めなかった。

 故に振り上げた拳は、ヴィーダを殺すためだけの必殺だ。

 音を超え迫る死に、一切目もくれず魔法の発動を進める。

 それも当然。魔法の発動には高い集中力が必要とし、上位の魔法になる程、扱いの繊細さが増していく。

 それこそ、悪魔を屠ろうする程の魔法であれば、ほぼ全ての意識は魔法へと持っていかれてしまう。

 故にこその無防備。故にこそ、悪魔にとっての必殺。

 叩きつけられた拳は地盤を砕き、大地そのものを揺るがすほどの破壊力を生み出した。

 国堕としの悪魔は、その力を遺憾なく発揮し、一人の少年へと振るった。国をも堕とす悪魔の拳を受けては、人の身体など塵すら残るまい。

 悪魔は、まるで生死の戦いに勝利したかのように、天を仰ぎ咆哮した。


『――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!』


 そして、それは、召喚されて以来見せることのなかった最初にして最後の赤き悪魔の油断。


『――悪魔殺しの剣を今ここに』


 これまで、戦いの最中も咆哮を上げ続けた悪魔は遂に絶句した。

 太陽を背に、天を飛ぶヴィーダは、最後の詠唱を謡いきる。


『<フェルべールト>ッ!!』


 悪魔に認識できたかどうか。

 天より地に向け放たれるは、光の奔流。天から地に注がれる鉄槌は、赤き悪魔へと振り下ろされた。


『――ッ!! ――――ッッッ!? ――――――――ッッ!!!?』


 光の柱の中、尚も抵抗し、暴れ回るが、その身体は徐々に削れていく。

 再生は追い付かず、苦しみもがくも動くことすらままならない。

 それでもなお、天へと腕を伸ばしたのは、憎きヴィーダを殺すためか、それとも救いを求めてか。

 どうあれ、悪魔の望みは叶わず、伸ばされた腕は空しくも指先から消え去っていく。

 悪魔へと魔法が当たったのを見届けたヴィーダは、地上へと引かれるままに落ちていく。体力も魔力も空っぽになるまで使いきり、指一本とて動かせない。

 迫る瓦礫の山に、これは死んだ、と抗う余地もなく身を任せる他なかった。だが、想像した死の衝撃は訪れることなく、思いがけないほど優しいものに包まれる。しかし、降り注ぐは優しさの欠片もない、愉悦混じる黒き蝶の声。


「出会って間もないというのに、貴方には驚かされてばかりね、ヴィーダくん? 生きているようでなによりよ」

「うるせー降ろせ」

「暴れない暴れない」


 毛嫌いする相手に抱きかかえられるなどという恥辱もさることながら、彼女の想像しえなかった女性らしい柔らかさを意識してしまった嫌悪に、悪態を付く。

 しばらく、じゃれ合うように言い合っていると、フィーユが瓦礫の山を越えて近付いてきた。


「ファイン。彼を降ろして下さい。嫌がっているではありませんか」

「なにを言っているのかしら? ちょっと照れているだけで、実際には私に抱きかかえられて嬉しいのよ」

「と、言っておりますが?」

「斬り刻むぞ、ク・ソ・ア・マ・が」


 ヴィーダはやっと動かせるようになった両腕で、ファインを振り払うと、そのまま地面へと落ちる。

 そこまで高さはないとはいえ、落ちた衝撃の痛みが身体に走るが、抱えられているよりも気は楽だ。


「ふふ。そんな照れなくもいいのに」

「相変わらず、貴女の精神はおかしいですね。一度死んでみてはいかかでしょうか?」

「貴女こそ、綺麗な顔で毒を吐くのは変わりないようで安心したわ。エルフというのは皆、内側に毒を抱えた種族なのかしらね?」

「…………やはり、貴女は殺しておくべきでしたね。ファイン・レッツェル」

「あら? 別に今からやっても構わないわよ? フィーユ・リーブル」


 一触即発。

 方や殺気を剥き出しにし、方や楽し気にその殺気を受け流す。

 あれだけの戦いの後に、張り合えるだけの元気があるとは、驚きを通り越して呆れるばかりだ。

 傍で騒がしくされることに若干イラつきながらも、瓦礫の山に寝そべったまま、澄み渡った青空を見上げる。

 世界の終わりを告げる悪魔なんてものが存在していたのか疑わしいほどの青空に、脱力するように息を吐き出す。

 達成感や、脱力感など合わさり動けずにいたが、遂には武器を構えだした二人に、ヴィーダの我慢の限界が訪れた。


「うるせー! 少しは達成感に浸らせろ!」


 悪魔を倒したのも束の間、怒れるヴィーダも合わさって十三騎士クラスの実力者三人が三つ巴で戦うという前代未聞の珍事が起きた。

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