第11話 撤退後
「嫌だ。離せ。行きたくない」
「そう言わずに。行きましょう」
ファインとの闘いを終え、屋敷を抜け出したヴィーダは、燈凛に背中を押される形で、騎士団の詰め所へと来ていた。
燈凛が話を通していたのか、はたまたシュトレ達の口添えか。名も知れないヴィーダ達を詰め所へ通してくれたのはいい。だからといって、ここに来ることを納得しているかというとそうではなく。
背を押されつつも、ヴィーダは必至の抵抗を見せる。
「どうして俺がこんな場所にこなくちゃならないんだっ。国の、しかも騎士団なんぞに関わりたくない」
「まあまあ。彼女達とのお話は必要でしょう?」
「そんなもの、燈凛だけで済む話だろう」
「今後の方針も決めないといけませんので、ヴィーダ君がいないと不都合があります。ですから、ね?」
「…………」
口をへの字に曲げ、不貞腐れながらも渋々従う。
雇主である燈凛の言うことであるし、話し合う必要性も理解はできる。これからの方針を決めるならば、ヴィーダがいなければならないことも。
だからといって、全て了承できるかといえば否である。どうしたって感情面はささくれだったままだ。
そんな、むくれた子供が可愛くてしょうがないのか、燈凛の表情はヴィーダと相対的に楽し気だ。
燈凛に押されるまま行き着いたのは、応接室の扉。
彼女は、ヴィーダの背に手を付いたまま、中へと促す。
「中でシュトレ様達がお待ちしていますので、どうぞ入って下さい」
「なんで俺から……」
文句を口にしたところで、聞き流されるのは明らかであったが、口に出さずにはいられない。
ヴィーダは、深いため息を付きながらも、諦めて扉を開けた。
室内では、黒茶革の長椅子に座る女性が三人。
現在、メンシュハイトで勇者と呼ばれる少女と、彼女に付き従う騎士二人だ。
関わり合いたくないと思っていた相手と、こうして相対してしまうとは。ヴィーダは自身の運のなさを呪った。
しかし、ここまで来て往生際悪く逃げ出すのも格好が悪い。
仕方なしに室内へと入ると、近くに座っていた明るい桃色髪の少女、フロンがキラキラと瞳を輝かせて飛びついてきた。
一瞬、避けようかと考えたが、後ろには燈凛がいる上、下手に躱すと怪我をしかねない程の勢いだ。
ヴィーダは仕方なしに受け止めると、フロンはやたらぎゅうぎゅうと抱き着いてきて、興奮した表情で見上げてくる。
「ほら、やっぱり生きていたじゃないですかー! 私の言った通りです! 絶対に負けないと思っていました!」
「…………なにこいつ」
ほぼ初対面の相手に抱きしめられ、褒められた場合、困惑以外のどういった感情を示せばいいのか。怒ればいいのか。呆れればいいのか。判断に困る。
遅れて部屋に入ってきた燈凛は、ヴィーダの状況を確認して、目を丸くするも、直ぐに頬を緩める。
「ふふ」
どこか楽し気な様子は、弟を見守る姉のそれだ。
ヴィーダとしては、いつまでもくっつかれているつもりはないので、早々に引きはがしたい。
「おい、離れろ」
「凄いです凄いです凄いです! まさか、十三騎士を倒しちゃうなんて! しかも無傷! もう、世界中の誰が相手だろうと負けませんね!」
「話を聞け」
ヴィーダの言葉など意に介しておらず、フロンは興奮した面持ちでまくしたてる。
我を忘れた姿に辟易するが、いらぬ勘違いは正しておく。
「ファインは倒せていない。殺せなかったのは業腹だが、あれ以上やりあっても時間の無駄だったからな」
突発的に生まれた目的とはいえ、フロン達を助けた以上、長居は無用だった。
とはいえ、殺せなかったのは事実。今尚、愉悦に満ちた笑みを浮かべていると思うと腹立たしいが、ファインが生きているとわかれば、多少なりとも落ち着くだろう。
そんな考えだったが、フロンには一切通じなかった。
「十三騎士相手にその余裕! やっぱりヴィーダさんは凄いんですね!」
「聞けよ」
ヴィーダが口にすること全てを肯定するフロンに、ため息が漏れる。
その盲目的な姿は、ヴィーダにとってあまり気分の良いものではない。だからといって、彼が命を救ったのは事実であるし、彼女が特別視するのも理解はできる。
とはいえ、だ。
「もう少し女性らしい慎み深さを持ったらどうだ? 若い女性が見知らぬ男に抱き着くなぞ、軽い女だと嘲笑されても仕方がないぞ?」
「慎み深さしかありませんが。それに、ヴィーダさんのことは燈凛さんに教えて頂きましたので、見知らぬ男性ではありません」
「子供の言い訳かよ」
諦めたとばかりに匙を投げる。
名前の挙がった燈凛に視線を投げれば、彼女はこちらを楽しそうに見つめるばかり。
フロン達にどのような説明をしたかはわからないが、最低限、ヴィーダも含めた自己紹介は済ませているようだ。
それならばヴィーダから話すようなことはないと、甘い香りのする重石を剥がすことを諦め、壁際に避難しようとすると、今度はシュトレが呆けたように呟いた。
「どうして…………生きているの?」
「おい。ここには失礼な奴しかいないのか?」
本気でヴィーダが生きていることが不思議でならない。そんな絶望にも似た表情で言われては、頬も引きつるというものだ。
フロンとシュトレ。両極端な反応ではあるが、揃って命を救ってもらった者に対する態度ではない。これでメンシュハイトを代表する者達だというのだから、国の程度が知れるというものか。
最後に割って入ったきたのは、当然ながらミュンツェだ。
更なる愚行の畳み掛けか。他の二人同様、燃え盛る炎に油を投げつけるようであれば、苛立ちのままに退出する気だったが、残念ながら彼女は全うであった。
「ごめんね。ヴィーダ君。二人ともまださっきのことが尾を引いてて。ほら、危うく命を失い掛けた程だし。ちょっと失礼な態度だけど、許してくれると嬉しいかな」
「…………そうか」
こう下手に出られては、ヴィーダとて黙るしかない。
彼女の言う通り、彼女達は死にかけたのだ。ヴィーダ達が来るのが遅ければ、死した騎士達同様に。それを考えれば、少しばかり混乱しているだけ、と取れなくもない。
逃げ出す機会を失ったか。
別の意味で押し黙ると、彼女は改めてと、表情を引き締める。
「さっき燈凛さんには言ったんだけど、ヴィーダ君。助けてくれてありがとう。こうして、命があるのは貴方達のおかげ」
「む。偶然だ」
「例え偶然だったとしても、ね? 助けてくれたのはヴィーダ君と燈凛さんだから。お礼を言うのは当然だよね?」
「そう、だな」
「うん、だから、ありがとう」
真正面からお礼を口にされ、思わず黙り込む。
どうにも面はゆいというか、慣れないというか。照れではないのだが、どのように対応していいのかが分からない。
むー。と、唇を結び、どうしたものかと考えていると、助け船を出してくれたのもミュンツェだった。
「ああ、そういえば、自己紹介もまだだったね。これこそ失礼でしかないか。私は――」
「――ミュンツェ・アーデルだろう?」
名前を知られているとは思いもしなかったのか、きょとんっと目を丸くする。
そんなミュンツェには構わず、続けてシュトレ、フロンの名前を口にする。
「シュトレ・ヴァルトゥング。フロン・ゲッシュ。この国に居て、知らないわけがないだろう」
「あはは。君みたいな人にも知ってもらえているのは、光栄だね」
「私のことも知ってくれていたんですね!? 嬉しい!」
謙虚なファインと違い、押し倒さんばかりに喜色満面のフロンは、ぴょんぴょんと華奢な体で目一杯喜びを表現する。
相対するヴィーダは胡乱げな表情であったが、彼女が気付く様子はない。
小動物を引き連れたまま、ヴィーダはやっと壁際に背を預け、一息付く。
彼の行動に疑問を挟んだのは、ヴィーダに引っ付いているフロンだ。
彼女は喜びから一転、愛らしくも絶妙な角度で首を傾げる。
「? どうして椅子に座らないんですか? 主役ですのに」
「主役じゃない。俺はただ雇われてるだけだからな。話なんぞ、燈凛がすればいいだけだ」
少女達の群れへと解き放ち、放置した諸悪の根源に目配せする。
燈凛は苦笑すると、軽く頷いて見せ、シュトレやミュンツェから見て正面の椅子へと腰を下ろす。
二人のやり取りを見たフロンは、なにを思ったか椅子には戻らず、彼にべったりのままだ。
「じゃあ、私もここで聞いてます!」
「お前こそ話の主役だろうが」
「大丈夫ですよ。こういった話し合いはミュンツェ先輩がしてくれますし、こっちのほうが安心します」
そういって、今度はヴィーダの腕を抱きしめ、花咲く笑顔を浮かべる。
まだファインに対する恐怖が抜けておらず不安というのもあるだろうが、いやに懐かれたらしい。
命を救ったという理由で好意を寄せられるのは好きではないのだが、言ったところで言うことを聞かないのは身に染みている。結局のところ、諦めが肝心なのだ。
全身で好意を示す小動物に成り果てた同胞を見守る少女二人が思うのは、彼女らが守るべき人達だった。
「今のフロンちゃんを国民達が見たら血の涙で国が沈むかも」
「彼女、国民……特に男性にはやたら人気だもの。彼、嫉妬で刺されるんじゃないかしら」
不穏な会話が耳に届く。
そう思うなら腕に引っ付いた娘っ子をどうにかしろと思うが、彼女達は殊更関わる気はないようだ。
別にいいが。と、諦めていると、燈凛が軽く手を合わせて皆の視線を集める。
全員が自身へと意識を向けたと判断した彼女は、淑やかに微笑む。
「それでは、情報の擦り合わせと、今後の相談をさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
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