第12話 話し合い
騎士団の詰め所。応接室。
穏やかな笑顔の燈凛だが、ミュンツェは彼女の行動によって場が引き締まるのを感じた。
今後の相談と情報の擦り合わせ。
元々ゼーレ卿の捕縛のみだと考えていたミュンツェ達にとっては、状況を把握しているだろう燈凛達との話し合いは渡りに船であった。
なにより、これからどうすればいいのか、判断すらできない。
無論、最良なのは当初の目的通り、ゼーレ卿の捕縛なのだろうが、それを成すには十三騎士であるファインを退けなければならない。彼女の目的は不明だが、ゼーレ卿を護っているのは明らか。
しかし、ミュンツェ達にファインを倒すだけの力――いや、ファインと戦える力すらない。
ならばこそ、これからどうするのか、決めなくてはならなかった。
目の前に座る燈凛は、両手を膝に添える。
「では、一つ目の確認なのですが、シュトレ様達の目的はどういったものでしょうか?」
「それは…………ゼーレ卿の捕縛だよ」
国王から与えられた任務。
一定情報は広まっているとはいえ、細部についてはミュンツェ達が知るのみ。それを外部に漏らしていいわけはない。
けれど、この状況で黙秘をする意味はなく、なにより燈凛の立場であれば話しても漏洩にはなりえないと判断した。ヴィーダに関しては、微妙だが。
「彼がこの土地の者を誘拐しているという疑惑が浮上したの。目撃情報などといった証拠も揃っていて、言い逃れできない程に。私達は、捜査という名目ではあったけれど、実際は捕縛命令を受けていて、その……あまり言いたくはないけど、国民達への喧伝が目的、かな」
喧伝の部分で、シュトレが顔をしかめる。
「こちらの把握している情報とほぼ差異はありませんね。なら、これからどうするかは決めていますか? 正直に話をしますと、ミュンツェ様達だけで事を成すのは難しいと思います」
「そう……なんだよね」
ミュンツェ達からすれば、あれだけ国民に触れ回った手前、なにも成果を得られずに帰りたくはない。(例え、触れ回ったのがミュンツェ達でないにしても)
だからといってファインをどうにかできるかと言われれば不可能であり、命も惜しい。
付き添いの騎士達も殺された現状が想定外であるのだから、一度王都へ戻るのが正解なのだろう。
「正直、どれすればいいのかわからないけれど、一度、王都に戻ろうかなって」
「…………そうね。私達だけで、ファインは倒せないもの」
シュトレも同意する。
ちらりと視線を動かしフロンを見れば、未だにヴィーダに甘えっぱなし。寄り添う姿に言いようのない思いはあれど、彼女も特に反対ということもないだろう。
どうあれ、ミュンツェ達の対応できる域を超えてしまっているのだから。
燈凛もその返答は分かっていたのだろう。一つ頷いて見せると「では、ここからが相談です」と、口火を切る。
「ミュンツェ様達に、街の人達の避難をお願いしたいのですが、承って頂けませんでしょうか?」
「街の人達の……避難?」
どういうことか理解できず、ミュンツェは思わず聞き返してしまう。
漏れ出てしまった返答にも「はい」と律儀に返し、燈凛は話を続ける。
「ファインの件もそうですが、ゼーレ卿の行おうとしているものが、街にまで被害が及ぶ可能性があります。できればそうなる前に止めたいのですが、どうなるかは分からないので、次善策は取っておきたいのです」
「危険というのは、ゼーレ卿の人攫いがより激しくなる、という意味ではなく?」
「いいえ、違います。それは彼が目的を達する上での過程でしかありませんので。なにより、下手を打てば被害はこの街に留まらず――――メンシュハイトは滅びるかもしれません」
「…………………………………………………………え」
絶句。
一体、彼女がなにを口にしているのか、理解ができなかった。
街どころか、国が滅ぶ?
たかだか一介の貴族の手によって?
どうすればそのような未来になりえるのか、皆目見当がつかない。
「ちょ、ちょっと待ってよっ。どういうことっ? 誘拐事件だったはずなのに、メンシュハイトが滅ぶって、一体ゼーレ卿はなにをしようとしているの?」
ミュンツェは動揺を隠せない。だが、燈凛は焦ることなく、淡々と言の葉を紡ぐ。
「あくまで最悪の可能性です。もしかしたら、私達の考え過ぎなのかもしれません。ですが、相手側に十三騎士であるファインがいる以上、一定以上の事態が起きていることは確かです」
燈凛の言葉に、シュトレが声を震わせて問う。
「意味が、分からないわ。そもそも、貴方達は私達を救うために派遣されたのではないの?」
「いいえ。それも違うのです。貴方達と情報網が近く、最終的な目的が似通っていたため、シュトレ様達の危険に偶然立ち会わせたに過ぎません。本来の目的は別にあります」
とはいえ、と彼女は慈母のように微笑む。
「シュトレ様達が生きていてくれたのは、大変喜ばしく思います」
「そうすると、本来の目的って、なに?」
「それは…………」
ここにきて、初めて燈凛が言い淀む。
とはいえ、それについては理解できる。一つの街どころか、国すら滅びかねない事態だ。そのような大事を軽々しく話していいはずもない。それこそ、力もなにもないお飾りでしかないミュンツェ達には。
本来であれば、耳を塞ぎ、彼女の言う通り行動するのが最善なのだろう。そうしたほうが上手くいくはずだ。事情を知って、騒ぎ、混乱し、使い物にならなくなるよりはずっといい。
ミュンツェだけならそうした。まだ若いとはいえ、領主でもある彼女は、聞かないことの有用さを理解している。
フロンとて、まだまだ新米騎士だが、だからこそ自身の弱さを理解し、信頼に足る人物に行動を委ねることもできる。
ただ、現勇者であるシュトレ・ヴァルトゥングだけは、異なるだろう。
飾りであることを望まない彼女は、傀儡になることも望むまい。
けれど、シュトレは俯き無言を貫いていた。
「………………っ」
唇を噛み締め、膝に手を付き握りしめた拳は微かに震えている。
きっと、怖いのだろう。とても。
かつての勇者を目指すシュトレに、もっとも足りないのは勇気だ。ファインとの闘いでもそうであったが、彼女は踏み出せない。
恐ろしくて当然。声を出せなくなって当たり前。
けれど、それは普通の人々ならであって、勇者ではありえない。だから、きっと彼女は勇者ではない。
だったら、燈凛達の本来の目的を知る必要はないだろう。
そう判断したミュンツェだったが、意外な人が異を唱えた。
壁際で成り行きを見守っていたヴィーダが、燈凛に声を掛ける。
「燈凛」
ヴィーダに呼ばれた燈凛は、彼へと顔を向けると、困ったように眉根を寄せた。
「あまり広めていい話ではないのですが……」
「いい。話せ。それで動けなくなるなら、どうせ避難もさせられない。最悪、自分で身を護るぐらいはしてもらう可能性もある。黙ってたところで得はない」
「…………もしかして、可能性高いですか?」
「勘だが、な。ファインが出てきた時点で十中八九と言ったところか」
「なら、仕方ありませんね」
諦めたように息を吐く燈凛は、左耳に付けた氷に似た六角柱の耳飾りに軽く触れると、観念したように口を開く。
「私とヴィーダ君の本来の目的は、ゼーレ卿を止めること。もちろん、誘拐事件ということではなく、彼が行っている――」
燈凛の言葉を遮るように、突然応接室の扉が勢いよく開かれる。
汗だくで、息も絶え絶え慌てて入室してきたのは、この詰め所の騎士であった。
彼は、今にも泣きそうになりながら、シュトレ達に縋るよう叫んだ。
「たすっ、助けて下さい! ま、魔物がっ。魔物が街を襲って!?」
「遅かったか。燈凛、後は任せた」
真っ先に反応したのはヴィーダだった。
彼は、しがみつくフロンを引き剥がすと、入室してきた騎士と入れ替わるように駆け出し、応接室を飛び出す。
残されたミュンツェ達は更なる事態の変化に付いていけず、身動き一つ取れない。
ややあって、動き出すことができたのは、たおやかな所作で立ち上がった燈凛に先導されたおかげだ。
「最後まで説明する暇もありませんでした、か。仕方がありません。こうなったら、直接見て頂いたほうが早いでしょう。では、行きましょうか?」
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