第7話 遭遇
少々、気の抜けた空気を漂わせながらも、屋敷内へと足を踏み入れたミュンツェ達。
貴族の屋敷なだけはあり、内装はやたら豪華であった。
どこまでも広がっていく赤いカーペットに、天井から吊り下げられた凝った装飾のシャンデリア。中央の階段は踊り場へと続き、そこから左右へと伸びる階段は二階へと繋がる。
見える範囲でもやたら高そうな絵画や彫像などがいくつか飾られており、貴族らしい様相といったところか。
ミュンツェも貴族ではあるが、そういった見栄にお金を回せる機会が少ないため、素直に羨ましい。同じ貴族だからといって資産が同じというわけもなく、それこそ比べる相手によってはスライムとドラゴン並に違う。民草からすれば皆ドラゴンなのだろうが、内側もまた格差があるのだ。
勇者であるシュトレを筆頭に屋敷の中央まで進むが、人の気配はない。
誰もが周囲を警戒するが、何一つ変化は見られない。
まるで人の住み着いていないお化け屋敷だ。
慎重に周囲を伺いながらも、フロンはどこか拍子抜けしたような声を漏らす。
「誰も、いませんね。屋敷に入った瞬間『勇者がなにするものぞ』と家人が襲い掛かってくるのかと思いましたが」
肩透かしとでも言いたげなフロンに、ミュンツェは中央階段へと近付きながら話し掛ける。
「鍵も開いていたし、不審ではあったけど…………もしかしたら、もう屋敷には誰も残っていないのかも」
階段の手すりの上に指を乗せ、ツーっと滑らせると指先に埃が付着した。息を吹きかけ払うと、屋敷内を見渡すシュトレへと声を掛ける。
「手入れもされていないようだし、こちらの動きを悟って逃げた可能性が高いね。ゼーレ卿の派手な動きも、もともと逃げる算段だったら納得できるし」
「判断するには早いわよ」
暗に気を緩めるなと伝えてくる勇者殿に倣い、ミュンツェとフロンは気を引き締め直す。
だが、シュトレとてここに留まっていても無意味とは思ったのか、カイト騎士団長を呼び寄せる。
「いかがいたしますか?」
「騎士団をいくつかに分けて、屋敷を捜索して下さい。私、ミュンツェ、フロンの三人はここに留まりますので、何か見つけ次第報告をお願い致します」
「もし、ゼーレ卿を発見した場合は、いかようにしますか?」
「直ぐ様捕縛を。状況的に難しい要因があるのであれば、報告を優先して下さい」
「了解致しました」
勇者からの命令を受けると、騎士団長は速やかに騎士達へと指示を与えていく。
指示を受けた騎士達も見事なもので、乱れなく動く様は一種芸術的ですらある。彼らの練度の高さが伺えた。これだけの騎士団、そうはいまい。
それこそ、騎士団としてなら、メンシュハイトで最強と名高い十三騎士団すら超えるだろう。そもそも、かの騎士団に集団戦闘は求められてはいないので、比べるべきではないのだが。
シュトレの指示を忠実にこなす騎士達を見ながら、ミュンツェはシュトレへと近付く。
「やっぱり、今回も出番はなしかな?」
「でしょうね。相手の懐である以上、気を緩めるわけにはいかないけれど、彼らが動けば早々問題もおきないでしょう」
「楽ができるのに、不満そうだね」
「不満に決まっているでしょう。結局、今回も私達はなにもしないのだから」
仕事がある面倒さよりも、仕事がないことのほうがよっぽど辛いこともある。特に、英雄だ勇者だと褒めたたえられているのに、なにもしていないシュトレの心の内は計り知れない。
例え、向けられる感情が好意であったとしても、場合によっては刃になりえるのだろう。
相変わらず不機嫌一辺倒の表情の勇者の横顔を見つめ、息抜きぐらいは付き合おうと考えていると、想像もしえなかった第三者の言葉によってそんな考えは吹き飛ばされた。
「――あら? なにもしない、というのは本当かしら? それはとても残念だわ。だって、無抵抗で死ぬなんて、つまらないもの」
「「――」」
囁くような声の大きさ。
シュトレとフロンは揃って振り返るが、誰もいない。
どういうことかと瞬時に辺りを見渡すと、ミュンツェ達の視線は騎士達でピタリと止まった。
いつの間に。どこから現れたのか。
黒衣のドレスを身に纏った艶やかな女性が、両手に細い剣を一本ずつ握り、騎士達の中央に立っているではないか。
うっすらと笑みを浮かべた女性を見て、彼女がこれからどのような悲劇を起こそうとしているのか察したミュンツェは、咄嗟に叫ぶ。
「全員逃げ――」
「ふふ、もう手遅れ」
一瞬だった。
瞬きもしていないというのに、まるで目を瞑っている間に場面が切り替わったように、世界は劇的な変化を迎えていた。
ゴトッ、ガシャンッ、とやたら重そうな音が連続で鳴り響く。彼女達の視界には、かつて人型をしていた首なし騎士の群れ。
音を立てながら転がるなにかは、シュトレの足にぶつかり止まる。
唾を飲み込み、顔を青く染め上げながらも、ゆっくりと足元へと顔を向ける。そこには、鉄の兜が転がっていた。首を通すための穴から、鉄臭い赤をとめどなく流しながら。
「あ、あ、あぁぁぁぁああああああああああああああああっ!?」
フロンの絶叫によって、時が動き出したかのように、首を落とされた騎士達は糸が切れた人形のように音を起て崩れ落ちていく。
無理もない。新米騎士であるフロンは、血生臭い人死になど慣れてはいないだろう。もしかしたら、初めて見るかもしれない。
ミュンツェとて、慣れているわけではない。魔王との闘いが終わった現代では、騎士の死亡率は減少の一途を辿っており、目にする機会も減った。特に、人の手による殺しなぞ、ほとんどない。
人の死に、血に慣れぬ年若い娘達を置き去りにし、最も早く現状を把握し、果敢にも敵対者へ斬り込んだのは、カイト騎士団長であった。
彼は怒気を迸らせながら、両手持ちの大剣を振りかぶる。
「貴様ぁあああっ!!」
「あら、怖い」
剛剣一閃。
大地まで割るのではないかと感じる裂帛の一撃を、彼女は平然と避けると、床へと叩きつけられた大剣へと飛び乗る。
重さを感じさせぬ動き。
「騎士様がか弱い女性に剣を振るうなんて、野蛮ではなくて?」
「っらあぁっ!」
己の武器に乗り、笑いかけてくる女性ごと気合と共にかち上げる。空気をも斬り裂く剛剣だが、しかして彼女をどうこうするには至らなかった。
音もなくカイト騎士団長の背後に着地して見せた黒衣の女性は、バターでも斬るように細剣を滑らせる。
結果、彼が迎えたのは、他の騎士達同様、首なし騎士であった。
背後で倒れ伏すカイト騎士団長だったものなど目にもくれず、彼女は小刻みに震える少女達へと笑顔を向ける。
まるで、これまでのことなどなかったかのような、可憐な微笑み。そんな日常的な表情を浮かべながら、落ち着き払った態度が逆に恐ろしさを際立たせた。
なぜなら、彼女にとってこれは日常だという証左であるのだから。
「さて。次は貴女達ね。少しは楽しませて頂きたいのだけれど」
「…………どうして」
「はい?」
誰の声かも分からない小さな呟きに、彼女は律儀にも返答をした。
黒衣の女性が答えた故か、それとも無意識なのか。
ミュンツェは頭の中が狂いそうになりながらも、必死に自分を落ち着けていく。
なぜ。
――落ち着け。
どうして。
彼女が。
騎士を殺し。
――――落ち着け。
敵対。
ここにいるわけが。
私達も。
死。
殺され。
どうしたら。
――――――――――――――――――――――――落ち着け。
剣の柄を力の限り握りしめ、唇を震わせながらも、ミュンツェは黒衣の女性へと強い語気で問い掛ける。
「なぜ、貴女がここに、私達に敵対するのですかっ? ――十三騎士団ファイン・レッツェル!!」
ファイン・レッツェル。そう呼ばれた女性は、楽し気な笑みを浮かべるばかりだ。
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