第6話 突入
ミュンツェ達が馬車に揺られること数日。
長い道のりを越え、訪れたのはゼーレ卿が治めるアンファング伯爵領だ。
農業が盛んな領だが、ゼーレ卿が屋敷を構える街は宿屋や商店が多かった。賑わいこそ城下街に及ばないものの、品揃えは豊富だ。特に領の者が下す農作物は、ここでしか食べれない特産物もあり、王都では味わえないものもある。
そんなアンファング領を治めるゼーレ卿の屋敷の前で、シュトレは何度も踵を鳴らし、早朝から棘のあるオーラを醸し出している。
これから捕り物だというのに大丈夫なのかと不安になるミュンツェに、フロンが耳打ちをする。
「あのー、シュトレ様が不機嫌なのって、やっぱり昨日のでしょうか?」
「間違いなく、昨日のだよねー」
またかとため息しかでない。
昨日、ゼーレ卿が治める街に付いたのが、日も暮れかけた頃。旅の疲れもあり、街にある騎士団の詰め所へと向かう途中、領民に捕まりお祭り騒ぎ。
解放されたと思いきや、詰め所の騎士達も勇者だそのお仲間だと騒ぎ出した。反比例するように勇者様の機嫌は下がっていったのは火を見るよりも明らか。
今回の仕事に付き添ってくれているカイト・ゲレヒティア騎士団長が場を治めてくれなければ、爆発していたことだろう。
勇者が怒り散らすなど、全体の士気に関わりかねない大事だ。ミュンツェは、カイト騎士団長に感謝仕切である。
爆発せずとも、火薬は十分溜まっている。ちょっとの火種で爆発しかねない状況に変わりはなかった。
今からどうやってストレス発散させようかと、頭を抱えていると全身鎧のカイト騎士団長が彼女に近付いていった。
「勇者殿。騎士団の準備、完了しました。いつでも、突入できます」
「了解しました。持ち場に戻って下さい」
「はっ」
報告だけ済ませると、速やかに下がる。
シュトレの機嫌なぞどこ吹く風だ。
安心感のある対応に、ミュンツェとフロンは感心しきりだった。
「できる人って感じでいいですよねー。恰好良いです。年下の私達にも文句一つ言わず従ってくれますし。ああいう方はモテそうです」
「勇者とはいえ、小娘の指揮下に入るというだけで嫌悪感丸出しの方もいるからね。そういった方々と比べると、とても理性的なのは確かだよ。そういった大人な方でないと、勇者の付き添いは務まらないだろうけどね」
都度、付き添いの騎士といがみ合っていては仕事にならない。
実直で、騎士然とした方がいるだけで、空気も良くなるというものだ。
少女二人は、揃って安心しきっていると、扉の前で腕を組むシュトレにじろりと睨まれた。
「貴女達。これからお仕事だという自覚はないのかしら? 捕縛は騎士団の方々にやってもらうとはいえ、相手は貴族。不足の事態にならないとは限らないのよ? もう少し緊張感を持って行動していただけないかしら?」
正論に反論する言葉もなく、二人揃って謝罪する。
シュトレの言う通り、少々気を抜きすぎていたようだ。彼女の機嫌を気にするあまり、こちらが気を抜いていては仕方がない。
気を引き締め直すように、ミュンツェは鞘に手を置き、屋敷を見上げる。
「でも、領主様が領民を誘拐するとは、ね」
「貴族だろうと人は人よ。誰が何をしようと、おかしくはないわ」
「その辺り、冷めてるよねー、シュトレは」
「普通よ」
普通、という割に嫌悪感を見せる辺り、彼女も気分は良くないのだろう。
今回、ミュンツェ達の任務は、アンファング領で起こっている誘拐事件の調査・解決だ。
調査、とうたってこそいるが、ミュンツェ達に任務が下りた時点で犯人の目星は付いており、彼女達の仕事は誘拐犯の捕縛と、民衆へのアピールのみ。
特に今回の事件は、領主であるゼーレ卿が犯人だったということもあり、勇者が捕まえることによって、国の失態をうやむやにしたいというのが大きいのだろう。
悪い貴族を勇者が退治する。
字面にすれば心躍るが、実際には捕縛すら騎士団任せなのだから、張りぼてと言われても否定はできない。
相手が貴族というだけで、いつもと同じ流れでしかないはずだ。そのはずだが、どうにもミュンツェは引っかかりを覚えていた。
「…………貴族の犯行がこうもあっさり発覚するものかな?」
事件が起きてから約一ヵ月。
目撃情報や状況証拠の全てが、あっさりとゼーレ卿を示したと聞いた時には、ミュンツェは不思議でしかなかった。
一切隠す気のない犯行が、不気味でしかない。
屋敷を見上げて黙っていたミュンツェが気になったのか、フロンが首を傾げて声を掛ける。
「ミュンツェ先輩、どうかしましたか?」
「んー? 別にどうもしないよ?」
笑みを張り付け、首を左右に振って否定する。
どうもしない。気にしたところでなにか変わるわけでもないのだから。
フロンは食い下がることはせず「そうですか?」と、あっさり身を引く。
そうこうしているうちに、勇者様が乗り込む気になったのか、全体を見渡し、全員の顔を確認し、一度頷いた。
そうして、黒い身の丈以上の豪奢な扉の脇に設置されている、金色のドアベルを鳴らす。
やや鈍い鈴の音が、辺り一帯に鳴り響く。
誰もが息を飲む中、シュトレは静かに待つが、屋敷から誰か出てくる様子はない。
ならばと、先程よりも大きめにベルを鳴らすが、やはりドアは開かない。
それから数度、同じ事を繰り返すが、なんの返答もないことに痺れを切らしたのか、なにを思ったのか勇者様は聖剣に手を掛けた。
どうする気なのか悟ったミュンツェは、慌てて彼女を止める。
「ちょっとシュトレ!? 一体なにをする気!」
「出てこないというなら、扉を斬ってでも進むまでよ」
短気、ここに極まれ。野生の獣より気が短い。
「なんでそんな最終手段を一番初めに実行しようとするのかな!? もう少し順序があるでしょ!」
「どうせ中に入らなければなにも始まらないわ。なら、強硬手段も一つの手よ」
「いやいやいや! 屋敷の周りを一通り回ってみるとか、他にもやれることはあるからね! どうしてもーそう気が短いかなー」
「犯罪者に慈悲なんてあるわけないでしょう」
「シュトレは本当に勇者なの?」
とりあえず物理で解決という脳筋思考はどうにかならないものか。口より先に拳が出るとか、勇者の行いではない。どちらかといえば、蛮族である。
一体何が彼女を物理で解決などといった短絡的行動に移させるのか。やはり、日頃のストレスの爆発だろうか。だからといって、それを仕事にまで持ち込んで欲しくはない。そういうのは、上手くプライベートで発散してほしいものだ。
屋敷ごと壊しかねないシュトレを必死に止めているミュンツェの横を、いつものことと気にした様子もなく抜けたフロンは、何気なくドアノブに手を掛け押してみる。
すると、軋む音を起てながら、扉は内側へ開いたではないか。
「…………」
「…………」
これには、不毛な争いをしていた二人も黙らざるおえない。
そんな二人に振り返った少女は、太陽よりも輝く満面の笑顔を彼女達へ向けた。
「先輩方開きましたよー!」
ミュンツェからしらーっとした眼差しが刺さる中、勇者はわざとらしく咳を一つ。
「さあ、行くわよ」
まるでこれまでの出来事がなかったかのように平然と屋敷内へと歩み出すシュトレに、勇者の仲間や騎士団達は無言で付いていく。
現実は非情である。
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