第4話 依頼書

 一頻り甘味を楽しんだ二人は、ようやく本題へと入る。


「こちらが本日お願いしたい依頼になります」


 差し出された依頼書を受け取り、ヴィーダはようやく一息付く。まさか、面倒事の代名詞である依頼書を待ち遠しく思う日がこようとは、これまで彼は考えもしなかった。


「やっとか」

「それほど時間は経っていないはずですが?」


 可愛らしく首を傾げる燈凛は、まるで先程までのやり取りを忘れてしまったように疑問符を浮かべる。

 一言つっこみたくなったヴィーダだが、話を掘り返してあの地獄を再来させるわけにはいかないとぐっと堪えた。

 依頼書は、赤い封蝋で閉じているのみで、印じはない。依頼主を示す手がかりが一切ない手紙。いつものことと気にせず、乾いた音をたて手紙を開けると、中から一枚の紙を取り出す。

 差出人の人柄を表すような、丁寧な字で書かれた手紙を黙読する。



 ――――


 拝啓、ヴィーダ・クヴィスリング様。


 春風の心地よい季節になりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか?

 私のご依頼を断ることができず、苦渋を舐めていることと存じ上げます。

 ヴィーダ様、いつも馬車馬のごとく労働に勤しんでいただき、誠にありがとうございます。


 さて、本日は、ご命令させていただきたいことがございまして筆を執ってあげました。

 私の貴重な時間を使い、書き上げたこの手紙は、冒険者が持ち帰る宝などよりもよっぽど価値があるものです。家宝にしていただいてもいいのよ?

 今頃、燈凛の相手をして貴方が涙目になっていると思うと、とても愉快で仕方ないわ。よっぽど可愛らしい反応をするのでしょうね? 弟君は?

 そんな惨めで可愛らしい貴方にさらなるご褒美を施そうなんて、私はなんて優しいのかしら。

 犬のように尻尾を振って喜んでいるでしょうが、しっかり、一字一句漏らさず頭に叩き込みなさい。

 あら? 犬に手紙を読むだなんて高度なこと、難しいかしらね?


 くすくす。


 ~~~~


「……………………」

「ヴィーダ君、破ってはいけませんよ? 最後まで読んで下さい」


 顔に影が差したヴィーダが無言で手紙を引き裂こうとすると、燈凛が静かな声で止めた。

 先程とは違い、やけに落ち着いた声で諭され、どうにか思いとどまったが、続きを読もうという気力は一切わいてこなかった。細切れにしないだけ、よく耐えた。

 言葉に感情を乗せず、ヴィーダは問い掛けた。


「いつもいつも思ってはいるんだが、これはなんだ?」

「依頼書です」

「俺には罵詈雑言を書き連ねた人をおちょくった文章にしか見えないんだが? しかも、依頼を重ねるごとに酷くなっている」


 以前までは、手紙の中盤まで保っていた礼儀正しい定型文も消え失せ、たった三行目から本性が現れ始めている。もはや、依頼の体を成していない。


「しかもなんだ? くすくすって。手紙であえて笑いを表現するって、人を逆撫でようとしか考えていないように思うんだが?」

「お茶目さんですね。可愛らしいでしょう?」

「な・め・る・な」


 ヴィーダがキレた。

 無理もない。

 お仕事をお願いしますと渡された手紙が、産地直送加虐便だったのだから。被虐体質をお持ちの紳士の方々ならいざ知らず、常人の感性を持つヴィーダには少し早すぎたようだ。人類にも早かった。

 竜の逆鱗に触れるどころか、剣を突き刺し、攻撃魔法の乱舞。のたうち回る竜を尻目に平然とティータイムを楽しむ所業だ。

 それだけされて激怒しない者がいたら、そいつは豚野郎だ。


「帰る」

「落ち着いて下さい。確かに、少しばかりきついお言葉が多めですが、それもヴィーダ君を信頼してのこと。お部屋にこもりがちで、友人という友人もいませんので、どのように貴方と接していいのかはかりかねています。どうかもう少しだけ、お付き合いいただけませんか?」


 頭を下げ、懇願する燈凛に、ヴィーダは黙り込む。

 確かにふざけた内容だが、それが引きこもりの寂しい生活を送っているせいだと考えれば、百歩譲って、いや、万歩ほど譲れば我慢できようか。

 嘆息し、肩を落とすと、手紙の途中から読み進める。


 ~~~~


 ばーかばーか。


 ~~~~


 訂正。

 間違いなく、手紙の主は性根が腐りきっている。


「離せ。贈り物に家畜の餌を送ってくるような、人を見下すことが大好きな奴の依頼は受けない」

「大丈夫ですよ、大丈夫。ほら、大丈夫でしょう?」

「なにがだっ?」


 ヴィーダを説得する材料すらなくなったのか、大丈夫、大丈夫と頭を撫でて怒りを発散させる方向に切り替えたようだ。

 動物を相手にするような行動に思うところはあれど、極わずかストレスは緩和したため、切れそうになる額の血管を抑えて、踏み止まる。

 幸いなことに、以降は真面目な依頼内容だった。

 最初からそうしろと、ヴィーダは内心文句を言いつつ、読み進める。

 手紙の下に向かうにつれ、段々と読み手の表情から怒気が抜け落ちていき、真剣な表情へと変化していく。


 ~~~~


 どうか、か弱き者達に救いの手を差し伸べてあげてはいただけませんでしょうか?

 また、このような危険な依頼をだしておきながら、空々しいやもしれませんが、無理をなさらぬよう、何卒ご自愛くださいませ。

 かしこ。


 ――――


 手紙を読み終わったヴィーダは、丁寧に折りたたむと、封の中に戻した。

 読み終えたのを確認した燈凛は、表情を引き締め、初めて会った時と同じように確認をする。


「ご依頼、受けていただけますでしょうか?」

「嫌だ」


 拗ねた。

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