第2話 修道女との再会

 耳は長くなく、尻尾もない人族の国・メンシュハイト。

 城下街の商業区はお昼時ということもあり、人々によって大きな賑わいをみせていた。

 石造りの建物が多いメンシュハイトだが、書き入れ時ともなれば、木材で作られた屋台を店の前に構え、多くの商人が道行く人々に声をかけている。

 その多くは人族だが、中には獣人やドワーフ、小人、稀にエルフなどといった種族も見受けられ、種を超えた垣根のなさが伺える。

 石材で舗装された道を、様々な種族が楽し気に過ごす商業区は、その日最高の賑やかさだった。

 そんな、誰もが幸福そうに過ごしている中、一人の少年は露骨に表情を歪めていた。

 雪のように輝く銀髪は後ろにいくほどツンツンと跳ねている。端正な顔立ちで、角度次第ではやや女性的にも見える、ルビーの瞳を持つ少年は、あらゆる種族が行きかう城下街においても珍しい恰好をしていた。上着は黒い和装ながら、下は白い長ズボン。和服を締めるのは、帯の替わりに太めの白いベルトだった。そして、履物は金の縁取りをされた漆黒のブーツ。両脇にはそれぞれ刀が納められていた。

 およそ、国を超えた組み合わせの珍しい恰好をした少年、ヴィーダ・クヴィスリングは暖かな陽気にも関わらず、一人陰気な気配を放っていた。

 その理由であろう、露骨に嫌がる表情を向けられている黒を基調とした修道服を身に纏った女性は、困ったように眉をひそめた。


「あの、あいさつをしただけでそのような表情を向けられるのは、少々傷付くのですが……」

「あまり会いたくない人にあったらこうなる」

「そのように真正直に言われても、困ってしまいます」


 ぎゅっと、首から下げられた十字架を握ったシスター、レーチェル・ハイリガーは、懇願するように上目遣いでヴィーダを見つめる。

 女神が大嫌い。教会が嫌い。だからといって、シスター個人を嫌いになるのは別だろうと、彼とて理解はしている。してはいるが、どうにも初対面の状況が悪く、あまり良い印象を持てないでいた。

 だからといって、久方ぶりにあった知人に、このような対応をしていては人としての品位がしれるというもの。

 にこやかとはいかないまでも、普通に対応しようと心掛ける。


「すまない。別段貴女が悪いわけじゃないんだが、教会関係者というだけで身構えてしまう。貴女がどうこうというわけではないんだ」

「それは良かったというべきか、悲しむべきが悩むお答えですね」

「こればかりは、諦めろ」


 教会全否定の返答に、ベール状の頭巾から覗く長い金髪が困ったように揺れる。

 美しい顔立ちの女性が悲しむ顔というのは、普通の人の数倍も印象が強くなる。ヴィーダの物珍しい服装も合わさり、やたら周囲の視線を集めていた。

 困った。

 鞘に手を添え、どうしたものかと悩むが、気にせず元の話題へ戻そうと軌道修正を試みる。


「それで、用事というのはあいさつだけか? それならば買い出しに戻りたいんだが」


 自宅に食材がないと気が付いたのが今朝。それから、お昼時まで一切なにも口にしていないため、体が空腹を訴えている。

 早めに切り上げたというのが本音だ。


「それも理由の一つなのですが、もう一つ。貴方様に教会を訪れて欲しいのです」


 先程までとは打って変わり、毅然とした神の遣いが目の前に現れた。


「貴方様が、教会をよく思っていないのは重々承知しております。その理由は、私などにははかれるものではありません。けれど、いままでお会いできずにした貴方様と、こうして再会できたのは、女神リーンの思し召しかと――」

「もし、それが事実なら、俺は余計に教会へ近寄らない」


 熱を持って訴えかけるレーチェルの言葉を、冷めきった声音で遮る。

 失言に気が付いたのか、はっとして十字架を握ったレーチェルは、しゅんっと子犬のように項垂れた。


「申し訳ございません。貴方様と会えて、どうにも抑えきれなかったようです」

「…………名前」

「名前?」


 不意に告げられた言葉に、レーチェルは可愛らしく小首を傾げる。

 ヴィーダはそっぽを向き、まるで年頃の少年のように、照れ臭そうな態度。


「俺の名前は、ヴィーダ・クヴィスリングだ。貴方様、貴方様と、気を使ってるのはわかるが、友人ならば名前を呼べ」


 初対面では伝えなかった名前をはっきりと口にする。

 初めこそきょとんとしていたが、彼の言葉の意味を理解すると、次第に蕾が開き、満面の花を咲かせた。


「はい! ヴィーダ様!!」


 幸せそうにヴィーダの名を口にするレーチェルは、興奮した面持ちで続けた。


「でしたら、ヴィーダ様も私のことを名前でお呼び下さい! 私の名前は、憶えておりますか?」

「レーチェル・ハイリガーだろ? 忘れてない」

「ありがとうございます! でしたら、ぜひ!」

「……………………レーチェル」

「はい!」


 飛び切りの笑顔を返され、どうにもむず痒い。

 一体、公衆の面前でなにをやっているのかと、我に返るとどうにも恥ずかしいが、自分で巻いた種だ。この程度は甘んじて受けなければならない。

 火照った体に風を送ろうと、和服の裾をぱたぱたしていると、ヴィーダの表情が氷ついた。そして、つい先ほどレーチェルと出会った時同様、彼は露骨に表情を歪める。


「いかがいたしましたか?」

「いや、見たくない者をみたというか、関わりたくない者に出会ってしまったというか……」


 話したくもないという態度に、レーチェルは疑問符を浮かべつつ、彼が見つめている先である背後へと振り返った。

 人々が行きかう商業区の中、ヴィーダの視線を追うと、和装を身に纏った獣人の女性が楚々と手を振っていた。そして、元通りヴィーダへと向き直ってみても、少年はうげーっと低い声が出そうな表情をしたまま。

 状況を確認したシスターは、女神にでも祈るように瞼を閉じると、くすりっと笑みを零した。

 レーチェルが笑ったことに気が付いたヴィーダは、少々むっとする。


「なんだ、急に笑って。なにがおかしい」

「ふふっ、申し訳ございません」


 謝りつつも、抑えきれないのか再度透き通った笑いを零す。


「いえ、本日ヴィーダ様と出会った時のことを思い出しまして。その時も、ヴィーダ様は同じような表情を浮かべていましたので。もしかすると、人付き合いそのものが得意ではないのかと考えたら、ええ、少し可愛らしいと感じてしまいました」


 楽し気に笑い続けるシスターに、人付き合いが苦手な少年は鞘に手を当て、真っ青な空を見上げた。

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