第2話 あの月は今も変わらず
第2話 あの月は今も変わらず
彼女は、いつしかこの曜日が好きではなくなった。
この曜日に関しては
なるべくその場所に近づかなくなった。
その場所とは、彼が仕事をする場所でもあり可愛い年下の後輩がその彼の隣で仕事をする場所でもあり日でもあった。
ついでに言うなら同じようなことになる日がもう1日あった。こっちは時間的にすれ違うおかげか、彼女が逃げるように帰るのが板についた。脱兎の如くを体現するならばあぁなるだろう。
彼女はある日、1つの物語を知った。
恋して愛おしいものに、勝手に裏切られたと思った女が悲しみのあまり姿を変え、蛇となり嫉妬の炎を纏ってその男をその炎で殺してしまうという悲しい、伝説。
偶然それを知った彼女は、僕にこう言った。
「これはまるで私の物語ではないか」と。
そう言ったときの彼女の顔は、後ろから差した日の光でよくわからなかった。
それを知ってからというと、彼女は彼を避け始めた。
避ける、と言えばいいのか今まで近かった距離を元に戻したと言えばいいのか。
少し前まであった、彼との楽しい時間を避けるように。すれ違うように。
どうしてだい?と聞いた。
彼女は言った。
「私の炎が、消える様子がないからこの火が燃え移る前に離れないといけないから」
と、あの伝説に例えていった。
彼女曰く、この曜日が来るたびに私は勝手に好きだから勝手に嫉妬をしているんだと。
けれど、月が綺麗ですねとは言いその先は望まないからこれ以上の告白は出来ないんだと。
つまりは、己が身勝手なこの想いで彼を傷つけてはいけないんだと。
彼女の二の舞になってはいけないんだと、笑った。
人を傷つけることしか知らない彼女は、ただ自分の感情という名の炎で彼を傷つけることをとても恐れている。
彼が愛おしいーという感情は、特別で、フラれれば鎮火するといった単純なレベルではないらしい。
かつてとある男を身勝手に愛した女がいた。けれど、その想いに応えられなかった男は女を騙して逃げた。それを裏切られたと感じた女はその姿を変えて嫉妬の炎を纏い、気付けばその炎で彼を殺してしまった。
僕はそんな女の物語と、今この世でそんな女の話を聞いて燃やす対象を男ではなく己が身に変えて今日も燃え続けている彼女を見て
愛と狂気は紙一重だと思った。
彼女の心は変わらず、あの愛おしい月に向けられていて好きで好きでたまらないのに怖くてついぞ近づけなくなったと怯える彼女の心を見た。
1つわかったことがある。
愛と狂気は紙一重、ではその感情を紙一重分の違いで分けるには何で分けるのか。
重さではないのだ。
知識と理解なのだ。
僕ら物書きは沢山の愛してるを綴り、もしくは語り、そして知り
沢山理解しなければならない。
ついでに僕はどちらの愛してる、も狂気だと思う。
己が愛で、相手を燃やしてしまうこと、
己が愛で、己の身を燃やしてしまうことも
どちらも、狂気だと思う。
何故ならばだって、相手も自分も燃えないハッピーエンドな愛してるこそが
愛であり
片方が、もしくは両方が燃えている愛してるはバッドエンドであり
狂気なのだ。
だけど、僕の目に映る彼女たちは
己が炎で相手を燃やした蛇の彼女も
己が炎でその身を燃やしている彼女も
僕の目には美しく映っているのだ。
何故かって?
何故なら、彼を燃やしてしまった彼女も
彼が愛おしく自分を燃やしている彼女も
愛おしい彼のために
愛してるといって涙を流すからだ。
誰かを本気で愛おしいと思い、
愛してるものに対して本気で流す涙。
愛してるという感情で溢れて
涙を流す、彼女たちの
真っ直ぐなその想いに眩しさを見て
美しさを感じずにはいられない。
願わくば
そんな彼女たちに
その想いを理解して
その涙を拭ってくれる
とびきり優しくて
いい男が現れることを
僕は乞い願うのだ。
「月が綺麗ですね
だけど、星が綺麗ですね
ですが、それらを知らなくていいのです。答えが欲しいわけではないのですから。」
「貴方を愛しています
だけど、貴方は私のこの想いを知らないでしょうね。
ですが、それでいいのです。この想いを知られても、それ以上は望めないから。」
彼女の想いをここに。
夜明けに昇る朝日と綴る
夜明 旭の名で、
僕の目が映した
美しい彼女の想いを代筆しました。
本当に、
美しい心を持つ彼女の元に
彼女の想いをすくう
とびきり優しくて
いい男が現れることを
心から乞い願います。
願わくば、
救われた貴女を見ることが
叶いますように。
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