That moon is beautiful

夜明 旭

第1話 あの月は綺麗ですね

彼女は、心の壊し方しか知らない。

幾度か過ちを繰り返した彼女は、真に怖いこととは己が手で相手を壊すことなんだと気付いた。

だけど彼女はそれを壊さずに大切にする方法を知らなかった。それでもいいと、思った。

その矢先に出会ってしまったのだ。

好きだと思える相手。愛おしいと、目で語る。

好きになってしまった、彼。

でも、その瞬間に押し寄せた恐怖に飲まれた。

優しい彼を、己が壊してしまうこと。

それが1番恐ろしいと、恐怖した。


日に日に膨れ上がる、愛おしいという感情。

壊したくないけれど、手放したくないという我儘。手に入れることは怖いけど、譲りたくはない嫉妬。


だけど、ある日みた。

きちんと使い分けている、彼の態度に。

心の隅に望んでいた、それを受けるのは己ではなく後輩の子で。自分ではなかったこと。

それは間違いなんかではなく、当たり前なことであったこと。

それらに嫉妬したこと。


その場にいることが、辛くなった。

しんどかった。

その辛さだけ、彼が好きなんだと

気付いてしまった。

でも、その苦しみだけ

確実に彼を壊すんだとも気付いてしまった。


彼に関する、いくつもの感情には

たくさんの名前がついてしまった。

抑えておくことのできないそれらに

彼女は、全てをまとめて

ただ一人、囁き続けた。

愛おしい声で、震える声で

泣きながら、微笑みながら

言い続ければ

いつか、終わりが見えるかもしれないと信じて。

ただ

“愛してる”と。

これを、外国の言葉で

“I love you”といい

我らが祖国の偉大な人は

これを

“月が綺麗ですね”と

訳したのだ。

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