大丈夫
枯れ木が賑わう山奥の田舎。寂れた公園のベンチに二人の老人が座っていた。
セーターを羽織る二人は手をさすりながら話す。
「ここ最近、地震が続いていますね」
「そうですなぁ。まぁ、あの程度の地震では驚きもしませんがね」
「ですね。とはいえ地震の備えはしておかなければなりませんよ。いざというときに困ってしまいますから」
「ええ。知っていますとも、昔の大地震の体験から、備えは欠かしていませんよ」
二人の老人が話に花を咲かせていると、公園の入り口に身長の高い外国人が姿を現した。
整えられた金色の短髪に鼻の高い
「おや珍しい。こんな田舎に外人さんが来るなんていつぶりでしょう」
「そうですね。あら、そもそも外人さんがこの田舎にいらしたことはあったでしょうか?」
「おや、私の記憶違いのようですね。ハハハ」
二人の老人はゆったりと笑う。
話のネタにされていることに気づいていない外国人は熱心に写真を撮っていた。
「いや何度見てもあの大きな図体には驚かされるばかりです」
「そうですね、それにあの聡明な瞳と誠実そうな顔立ち。私たちの人種とは違うカッコよさがあります」
「若い女性が外国人を好きになる理由も分かりますね」
その時、
公園に植えられた一本の木は落とす木の葉もなく枝を揺さぶられ、錆びたブランコはぎいぎいと音を立てる。公園を囲む住宅からは骨組が軋む音が立て続けに鳴り響いた。
大きな地震であったが、二人の老人にとっては慣れたもののようで冷静に身を任せていた。
「これは、この間の地震と同じくらいですかね」
「そうですね。……おや?」
老人の視線の先には、さっきまで写真を撮っていた外国人が地面に這いつくばる姿があった。恐怖のせいか顔が青ざめていて、首を左右に振って辺りを
「これはこれは、さっきまでのカッコいい姿はどこへやら」
「仕方ありませんよ、海外では滅多に地震が起こらないそうじゃないですか。あのように慌てふためくのが普通の反応だと思いますよ」
老人たちは外国人の反応を見て
地震が収まると外国人はおそるおそる立ち上がり、腕時計で時間を確認する。そしてズボンのポケットから通信端末を取出して急いで操作した。初々しい行動を二人の老人は見守った。
しばらくして外国人は二人の老人の存在に気づいて走り寄ってきた。
「す、スミマセン! 避難所はドコですか!?」
ちぐはぐな日本語に老人は笑いを隠せず、口元を
「大丈夫。大丈夫。こんな地震くらいじゃ避難所は開きませんよ」
「そんな! あんなにも揺れたのに? 早く非難したほうがいいのでは……」
「外人さんは心配性だね。避難所ならそこの小学校の体育館さ」
老人が指した丘の上には木造校舎がある。その隣の大きな体育館は木造校舎とは違い目新しく頑丈そうだった。
「行ってみるといい。春休みだから誰もおらんと思うよ」
二人の老人は高笑いをした。外国人は二人が笑う意味を理解できず、ぎこちないお辞儀を残し校舎へと走り出していった。
「心配性なんですね」
「備えあれば憂いなし。あの外国人のような対応があるべき姿だとは思いますけどね」
***
私は驚愕した。慌てて駆け付けた体育館は施錠され、窓ガラス越しに中を覗いてみても人影一つなかった。
体育館を後にするしかなく、街路に戻ると少年たちが自転車で前を通り過ぎていく。そこにさきほどの地震を心配するそぶりはなかった。
ほかの住人たちも同様だ。主婦が中庭で洗濯物を干し、農家が田畑を耕し、さきほどの老人二人はまだ公園で談笑している。地震があったというのに、辺りを見渡しても平凡で平穏な日常が広がっていた。
異様な光景だ。どうして彼らは平然としていられるのだろう。
その時通信端末に着信の音色が鳴る。私はすぐさま手に取った。あの人からだ。
「先ほど大きな揺れがあったと思うが大丈夫かね? ちょっとしたサプライズなんだが」
端末を耳に当てると、楽しそうなしわがれ声が聞こえた。思わずため息がでた。
「大丈夫と言いたいところですけど、今でも足が震えていますよ。あぁ、もう悪ふざけも大概にしてください」
母国の言葉で怒ると、彼も母国の言葉で「悪い悪い」と私をなだめた。
「だがこの国、この田舎では大丈夫なのだよ。だから君も大丈夫さ」
「揺れをまったく気にしていない住人を見ているとそんな気がしてきましたよ」
「ほう。そこまで気にしていない様子なら、まだ続けても大丈夫そうだな」
「はい風景を写真に収めながら確認しましたが、おかしなところは特にありません」
「よし分かった。じゃあ実験を続けるとしよう」
「はい。気兼ねなく核実験をお進めください」
平成神話 濱荻アシ @hamafrog
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。平成神話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます