第8話

 なんとか花火大会が行われる川のそばまで来たはいいが、


「……すっごい人だな」

「そうだね。なに食べよっか?」


 横にいる浴衣姿の恵美理えみりが笑顔ではしゃぐ。

 いつもはボーイッシュな彼女も今日は立派な可愛い女の子って感じだ。


「もう食べるの?」

「だってお腹空いたし。食べない?」

「たしかにお腹は空いたね」

「そうでしょ。あっ! まずは焼きそば食べよう!」

「はいはい、わかりましたよ」

「ん!」

「ん? なに、その手は」


 焼きそばを売っている屋台へと向かおうとするが、恵美理は立ち止まって右手をこちらに伸ばしている。


「わからないの?」

「なにが?」

「今日はエスコートしてくれるんでしょ?」


 そういえばそうだった……

 去年と同じ場所だと思っていたからエスコートなんて必要ないと思っていたが、今年は人の多さがケタ違いだ。

 見渡す限り人、人、人。


 しかし、いやまて。

 エスコートするってことは、


「それは、手を取れってこと?」

「当り前じゃん! 嫌なの?」

「嫌ってわけじゃないけれど……」

「けれど?」


 そんな目で見つめないでくれ。

 恥ずかしいし自分の余裕の無さに嫌になってくる。


 好きでいるのをやめたはずだったのに。

 諦めたつもりだったのに。


 こういう場面になると意識してしまうのはなぜだろう。


 一度深呼吸をして、おそるおそる差し出された手を取る。


「き、今日だけだぞ」

「やった!」

「ん? やった?」

「ううん、なんでもない。早く行こっ!」

「はいはい」


 歩き始めて周りを見ると、すれ違う人たちが僕たちのことを見ているのがわかる。


 もちろん僕を見ているわけじゃないけど。

 どうしたって視線は気になってしまう。


 ……これから綺麗な人がいても見るのはやめよう。


 結局、エスコートすると言いながらあちこち連れまわされ、花火を見る頃にはお腹いっぱいになっていた。


 恵美理は楽しんでいたようだったが、僕は色んな事を気にしてしまいあまり楽しめたとは言えない。


 いや、彼女といることだけで楽しい。

 もちろん楽しい。


 けれどこう、手汗嫌がられてないかなー、とか。

 楽しんでくれてるのかなー、とか。

 あとは……

 カッコいい人を見つけなければいいなー……とか?


 まぁ要するに僕は自分に自信がないくせに心が狭いのだ。


「ねぇ、こっから綺麗に見えるかな?」

「んー、見えるんじゃん? ひらけてるし」

「花火なんて久しぶり」

「去年見たじゃん」

「うん、去年ぶり」

「それなら僕もそうだけど」


 川の中を覗いている恵美理の横顔を見つめる。


 ――楽しそうでよかった。


「ねぇ」

「なに?」

颯太そうたは今日楽しかった?」

「楽しかったって、花火はこれからじゃん」

「そうなんだけど、さ。ね?」

「うん。楽しかったよ?」

「そっか。よかった」


 ホッとしたように笑う彼女。

 もしかして心配してくれてたのか……?


「恵美理は?」

「私? もちろん楽しかったよ」

「まぁ来たがったのは恵美理だしね」

「その言い方なんか嫌だ」

「えっ」

「でも……」

「ん?」

「また来ようね。これからも――」


 その時、花火が打ち上がった。


「最後なんて言った? 花火の音で聞こえなかったんだけど」

「わー! 綺麗だね」

「ああ、うん」


 なんて彼女が言おうとしていたのかわからなかったが、たしかに花火は綺麗だった。


 花火が映る恵美理も綺麗だったが、恵美理の方が綺麗だよみたいなことを僕が言うはずもなく、口を開けてただただ空を見上げていた。


「じゃあ帰ろうか」

「うん! 綺麗だったね!」

「そうだね。去年のよりよかったかも」

「去年のはそれはそれでよかったよ!」


 花火が終わると、人の流れに身を任せて駅へと向かった。

 もちろん人混みは歩きづらいし、はぐれるわけにもいかないので僕は恵美理の手をまた取った。


 さっきよりは自然に手をつなげている……だろう。


 電車に乗るとやはり混雑していて、おしくらまんじゅうみたいになり苦しい。

 気付くと僕たちはドアのそばにいて、ドアに寄りかかる恵美理を僕がかばう形になっていた。


 彼女に身体を当てないように必死に手をドアにつき、彼女を他の乗客から守る。


 けれど僕と彼女の身長はあまり変わらないため、僕の目の前には彼女の目があってこれは……


「汗臭かったらごめんね」


 小声で恵美理が申し訳なさそうに囁く。


「ぜ、全然平気だよ」

「ふふ。そっか」

「こっちこそなんかごめん」

「私は平気だよ」

「ならよかった」

「よかったら……私に寄りかかってもいいよ?」

「え?」

「手つらそうだし」


 えーっと。

 これはどういうことなんだ。


 これはあれか。

 僕は試されてるのか?

 男として、人として。


 神様は何回今日、僕を試すのか……


「平気だよ。それに着物が着崩れちゃったら大変でしょ」

「あ、そっか」


 結局僕は彼女に寄り掛かることもなく、恵美理の着物も着崩れることなく無事に最寄りの駅に着き、僕たちのお出かけは終わったのだった。









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君と僕との距離。 @Tmk05

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