第7話

 約束の土曜日。

 電話をもらった週末だった。


 花火大会は夕方かららしいのでお昼に駅に集合と言われたが、なぜか早く起きてしまった。

 なぜだろう。楽しみにしているわけでもないのに。

 ……まさかね。


 仕方なく菓子パンを口に運び、今日着ていく服を考える。

 と言ってもそんなに考える必要はない。


 いつも通りお気に入りのジーンズに、お気に入りの半袖Tシャツを着れば準備完了。そう、いつも通り。別に気合いを入れたりなんかはしない。

 

 適当にゴロゴロして時間を潰し、約束の時間少し前に家を出る。


「あ、おはよー、颯太そうた


 エントランスに降りると、そこには恵美理えみりがいた。

 まぁ同じマンションに住んでいて、同じ駅に向かうとなれば鉢合わせするもの当然だろう。

 しかし、ここでサプライズ。


「お、お前どうしたの?」

「え、なにが?」

「それ……浴衣?」

 

 なんと、浴衣を着ていた。

 ついでに下駄げたも履いて。

 お祭りスタイルである。


 驚いてしまって心拍数が急激に上がった。


「そうだよ。似合う?」


 に、似合うと訊かれましても。

 水色の布に黄色の帯を巻いて。

 そりゃもう青は僕の好みでもあるし、似合っていること間違いなしなのだけれど。


「べ、別にいいんじゃない?」


 ああ……素直になれない自分に自己嫌悪。


 こういうところが恵美理は気に入らなかったのだろうか。

 いや、直接フラれたわけではないけれど、自分がモテなかったことも含めてこういう男らしくないところが理由なのかもしれない。


 しかし理解はしていても、すぐに治せるものじゃない。

 自分でわかってはいるんだけれど……ね。


「もっと言うことないの? 可愛いとか似合ってるとかさー」


 しかし僕の不安を消すかのように、彼女は笑顔で文句をつける。


「いや、その……似合ってると思うよ」

「えへへ、そうでしょ。私も気に入ってるんだ」

「そっか。とりあえず駅に行こう」

「うん!」


 くだらないことを話しながら、駅に着いた。

 着いたが、


「下駄って歩きづらくないの?」


 いつもより少しペースが遅く時間がかかった。


「うーん。そりゃいつもよりはね」

「じゃあ気を付けて歩きなよ」

「気を付けてるよ。でもそれより」

「ん?」

「しっかりエスコートよろしくね?」


 にっこりと微笑む恵美理。


「エスコート?」

「うん」

「そんな必要ある?」

「だって人多いし」

「そりゃ去年は多かったけど、そこまでひどくはなかったでしょ」


 去年行ったのは地元から電車で30分ほどの場所。

 彼女は浴衣を着ていなかった。


「だって去年と場所違うもん」

「そうなの?」

「うん、東京だよ」

「え……」


 初耳である。


「東京なの?」

「言ってなかったっけ? 多分日本一の花火大会だよ」

「えぇ……」


 僕の嫌いなもの、夏と人混み。

 人混み大好き!きゃっふーーい!なんていう奇特な人はいないだろが、人が集まった時の臭いが苦手だ。酔ってしまう。


「そういえば颯太は人混み嫌いだったっけ」

「うん、苦手」


 なんだ、知ってるんじゃないか!

 知っているならせめて先に言うくらいはしてほしかったな。

 そしたら気合いを入れてきたのに。


「ごめんね。やめる?」


 いや、急にそんなこと言われても……


 てか、


「帰るって言っても帰らないでしょ」

「あ、わかった?」

「そんな笑顔で言われたらわかるよ」

「じゃあ行く? 行きたい、よねっ?」

「もちろん行くよ。エスコートしなきゃだしね」

「よしきた!」


 別に僕もそこまで鬼ではないので、浴衣をわざわざ着てきた女の子に帰ろうなんてひどいことは言わない。


 それに、恵美理の着物姿というのも悪くない。

 いや可愛いとか全然そういう意味じゃないんだけどいつも見る彼女と雰囲気も違って髪の毛もセットされてるし珍しいしなんかこう……うん。可愛い。


「花火楽しみだねー」

「そうだね」

「何食べよっか?」

「屋台とかも……まぁさすがにあるか」

「うん、楽しもうね!」


 そう言って恵美理は破顔する。

 きっとすごい楽しみにしてたんだろうな。


 まぁ僕もそりゃ楽しみだし、今だって楽しいけれど。


「ママー、あのお姉ちゃんきれいだねー」


 ……すっごい恥ずかしい。

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