第2話

 学校に着くと、恵美理えみりはプリントをかっさらっていった。


 はぁ、丸写しする気満々じゃないか。


 彼女とは何の因果かクラスも同じで、一緒に登校するというのはやはり目を引くらしく、席に着くと、目の前に座っている飯田いいだが振り向く。


「なぁ加藤、たちばなとはどうなの?」

「どうなのって、別に」

「まだ付き合ってないのか?」

「付き合ってないよ、ってか付き合わないよ!」

「へー」


 飯田はなんとなく1年の頃から仲良くしてくれているやつだが、こんな感じに週に1回くらい確認をしてくる。

 頻繁すぎる。


「なんか坂本が告白するとかしないとか言ってたからな」

「坂本ってA組の?」

「そう。A組の」


 確か野球部のやつか。よく知らないけどうるさいのは知っている。


「で、それが?」

「警告だよ。気をつけろよ」


 気をつけろと言われてもどうしろというのだ。

 というかウインクやめて。


 この飯田という男は話してみると普通の高校生なのだが、雰囲気が大人っぽいからか、モテる。

 少しお節介だと感じる時もあるが、中学校からずっと同じ子と付き合っている子がいるらしく、こいつからのアドバイスは簡単には無下むげにできないのが悔しい。


「てか橘とはホントになんにもないの?」

「なんにもって?」

「ほら、チューとか。したことないの?」

「ちゅ……そ、そんなことするか!」

「はっはっは。お前ホント初心うぶで可愛いな」

「うるさいな!」

「顔真っ赤じゃん。お前のことを話してる女子だっているんだぞ?」

「え、マジで?」

「うん。顔が幼くて可愛いって」

「嬉しくない……」

「別に小さいわけじゃないのにな。身長は170あるんだっけ?」

「170.2センチ、だ!」


 身長だけ言えば165センチほどの彼女より僕は大きいのだが、たしかに僕の顔は少しばかり幼いらしく(認めないぞ)、恵美理の方がカッコいいとは何回か言われたことはある。


 けれど女子の中で話題になるというのは少し嬉しい。

 

 なんてったって僕は、新しい恋を見つけたいのだ!

 そう、楽しい高校生活のために!


 そのためには、いつまでも彼女にだらだらと付き合っているわけにはいかない。

 付き合ってると勘違いされて女の子が告白してこなかったら一大事だ。

 い、いや、いるからきっと!

 そういう子も!

 ……多分。


 しかし、マンションも同じで、高校も同じで、クラスも同じで、部活動も同じで、どうやって距離を取ればいいのかは難題である。


「はい、颯太、プリントありがとう」

「おう」


 まずはこの名前呼びだ。

 意外と人気のある彼女から、唯一下の名前で呼ばれている男子としての立ち位置を変えなければいけない。

 火のない所に煙は立たない。

 噂になりそうなことはやめないと噂が立ってしまう。

 もう手遅れと言う声も聞こえてくるけれど、そんなことはないはずだ。


「ねぇ颯太、帰りコンビニ寄らない?」

「なんで?」

「アイス食べて帰ろうよー。暑いし」


 くっ、いきなり噂が立ちそうなことを……

 たった今彼女付き合うのはよくないと決めたからここは断るべきだろう。


 いや待て、しかし、突然冷たくするというのも男としてどうだろうか。

 そんなことをすれば僕の評判が下がって、モテなくなるかもしれない。

 うむ。よくない。

 僕は紳士なのだ。


「仕方ないな」

「よし! じゃあどうする? 何した方がアイスおごる?」

「そ、そんなルールあったっけ?」

「じゃあじゃんけんで負けた方がおごりは、どう?」

「言ったな?」

「うん!」

「男に二言はなしだぞ」

「女だけどっ。じゃーんけーん」


 男は黙ってグー!


「……」

「いぇーい! 何買ってもらおうかなー」

「……」

「やっぱりあれかな。でもあれもいいしなー」

「安いやつだからなっ!」

「えーケチー」


 あっさりと負けてしまった。


 てか唇を尖らせるなっ!

 みんなが見てるだろうがっ!


 え? い、いや、ほら、別に他のやつに彼女の貴重な笑顔を見られたくないとかそういうわけじゃないよ?


 ……けれど、僕に見せる笑顔は、飯田いわくどこか違うらしく、そのおかげかさっきから教室の隅にいる男子集団からの視線が痛い。

 やだ、見ないでっ。



 ここでチャイムが鳴った。


「もう席に戻れよ」

「はーい」


 恵美理を追い払い、席について前を向くと、飯田がこちらを見ている。


「もう付き合ってんの?」


 付き合ってないわっ!


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