ムコセイ

入江浅

第1話

20××年、景気の後退と、職業ロボットの発展により、雇用は激減した。

A氏の就職活動も困難を極めたが、なんとか小さなオフィスへと就職することができた。


この日、初めてオフィスに足を踏み入れる。

こぎれいなオフィス。

プライバシーを考慮して、各デスクには仕切りがしてある。

上司からの指示はすべてメールで行われる。

何かにつけて、やれパワハラだ、モラハラだ、セクハラだと騒ぎ立てた時代の影響を受けているらしい。

各デスクへ、一通りの挨拶をして回る。

みんな耳にはヘッドホンをつけていて、こっちを見向きもしない。

結局誰の顔も覚えるもなく自分の席へ戻る。


PCにメールが届く。上司からだ。

‐このマニュアルに従って仕事をするように‐

それだけだ。ちなみに上司の顔も知らない。


面接の相手はモニターだった。

モニターに質問が表示され、マイクを使ってそれにこたえる。

その様子は室内のカメラで見られてる。

採用か不採用かを決めるのはコンピューターらしい。

質問の答えからコンピューターが判断するらしい。


そういえば、こういうマニュアルに従ってすべてを行う風潮は祖父の世代あたりから増えてきたらしい。

その時代の若者たちは、努力や競争を嫌った。

夢や高望みを捨てた。

積極性や意欲を失った。

残ったのは合理性とコストパフォーマンスだけだった。

人々は、そんな若者への期待を捨てた。

若者の育成よりも、ロボットの発展に力を注ぐようになった。

もともと人間を手助けすることを目的に作られ、発展させられたロボット。

今では人間がロボットの仕事を手助けをしているようなものだ。

人間のする仕事は誰でもできる単純な作業になった。

別に不満があるわけではない。

仕事は楽になった。

残業や、過労死といった問題がかつてはあったらしいが、今では見る影もなくなった。

ロボットのおかげで生活はかなり豊かになったといえるだろう。


マニュアルに目を通す。

なるほどよくできたマニュアルだ。

これに従えば、仕事は何の問題もなくできるだろう。

仕切られたデスクで黙々と仕事をこなす。


終業の時刻になる。

各々帰路に就く。

昔は仕事仲間との飲み会があったらしいが今では存在しない。

みなそれを避けているのだ。

仕事と私生活には明確な区別がなされている。


A氏も同様に帰路に就く。

コンビニに寄り、ロボットの作った弁当を、マニュアル通りの接客から受け取る。

家に帰る。

さっき買った弁当を食べる。携帯を見ながら。

シャワーを浴びる。携帯を見ながら。

ベッドに入り寝落ちを待つ。携帯を見ながら。

今の時代、携帯なしでは時代についていくことはできない。

祖父の世代からあるというSNSアプリは今では国が運営している。

そうして、眠りにつき、また朝を迎える。

変化はない。それがいい。


一か月が過ぎた。

仕事にはだいぶ慣れた。

マニュアルのおかげでミスをすることはほとんどない。順調だ。

入社から一か月を祝して会社から服をもらった。

どこかで見たことがあると思ったら、このオフィス内の皆が同じ服を着ている。

なるほど、これを着て仕事に来ればいいのか。

みんな同じ服なら浮くことはないし、都合がいい。


また一か月が過ぎた。

マニュアルもあらかた覚えた。

業務も滞りなく進められている。順調だ。

入社から二か月を祝して会社から、散髪の体験チケットをもらった。

これはいい。帰りに寄って行こう。

仕事を終え、チケットを使って散髪をしてもらう。

散髪をするのも勿論ロボットだ。

特に希望はない。

なされるままにする。

ウトウトしているうちに終わった。

いい感じだ。どうやらこの髪形で固定できるらしい。いちいち散髪に行くのも面倒だ。やってもらおう。

ただどこかで見たことがある髪型だな。

次の日会社に行くと答えはすぐ明らかになった。

デスクには仕切りがなされているが、髪型くらいはわかる。

そうだ、みんな同じ髪型なんだ。

みんな同じなら浮くことはない。ちょうどいい。


さらに一か月が過ぎた。

仕事についてはもう取り立てて言うことはない。

よく言えば順調だが、悪く言えば単調だ。

入社から三か月を祝して、会社から、美容整形の体験チケットをもらった。

これはすごい。最近の会社はここまでしてくれるのか。

興味本位でチケットを使い、整形されてみる。

特に希望はない。ただ格好良くしてくれと伝える。

手術はロボットによって、素早く、正確に行われた。

再び帰路に就く。


次の日、朝起きて鏡を見ると、別人が映る。

これはすごい。色白で、目鼻立ちははっきりしていている。

これが昔でいうイケメンというやつなのか。

気分がいい。

少し上機嫌で会社へ向かう。


デスクに就くとすぐにメールが届いた。

上司だ。

‐今から会議室で君の歓迎式を行う。‐

歓迎式?三か月もたってから?

不思議に思いながら、会議室へ入ると、同じ服装、同じ髪型の人間が、座っている。

皆が一斉にこちらを向く。

みな端正な顔立ちをしている。

ただどこかで見たことがある顔だな。

その答えはすぐにわかる。

そうだ、私と同じ顔なんだ。

そうか、顔も髪型も服装も、みんなおんなじなんだ。

そうかそうか、みんな同じなら誰も浮かなくて都合がいい。

とても合理的だ。

都合がいい、都合がいい…











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ムコセイ 入江浅 @sen_irie

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