第4話
大学生になり一か月、見上げると、鮮やかに色づいていた木々は顔色を変え、青々としている。頬に当たる風が、ひそかに夏を予感させる。
今のところは授業もサークルも順調だ。残り五か月となった大学祭に向け、新作のアイデアもまとまりつつある。龍之介、里佳子ともいい関係を築けている。すこぶる順調だ。
ただ….
ある夜、私はいつものように部屋の真ん中のちゃぶ台に向かう。新作の執筆か?いや、今日は違う。手に持っているのは三色ボールペン、机上にあるのは家計簿だ。
「うーーん」思わず声が出る。頭を抱え、ちゃぶ台に突っ伏す。
‐赤字だ‐
今のところ、家賃と学費は奨学金でまかなえている。問題は生活費だ。奨学金は将来の借金となる、これ以上の借り入れは避けたい。母からの仕送りもあるがわずかだ。これ以上母に負担もかけたくない。
‐バイトするしかないか….‐
ため息をつき天井を見上げる。アルバイトの経験はない。もともと接客向きの正確ではないと自覚していたし、どのみち母が許すはずがないと思っていたから…ただ今回は場合が違う。稼がなければ、自分が生きていくために。しかし、私に何ができるだろう…
ベッドに仰向けになり、「大学生 アルバイト おすすめ」で検索してみる。
塾講師、居酒屋、カフェ、コールセンター、いろいろ出てくるが、どれもしっくりこない。
選り好みしている場合ではない。わかってる、わかってるんだけれども…
―だめだ、決まんないー
数十分後、考えることを放棄した。自分一人じゃ、とても決められない。明日はサークルだ、二人に相談してみよう。こうして、ひとまず眠りについた。
翌日
初回と同じファミレスに集まる。三人で集まるときはたいていこの場所だ。
二人に相談してみる。アルバイト先は思いもがけない速さで決まった。
里佳子「侑里って本好きだよね?」
私「うん」
里佳子「じゃあ本屋さんとかどう?私の知り合いが働いているお店、今アルバイト募集しているみたいだから紹介してあげようか?」
私「え?」
私が本屋さんでアルバイト?確かに本は好きだけど、私に接客とかできるのか。
里佳子「まあ、私は急がないから、急がないからゆっくり考えな」
里佳子はケロッとした顔でいう。
私「あ、うん、ありがとう」
龍之介「そろそろいい?同人誌の話したいんだけど…」
私「あ、いいよ、ごめんね」
ひとまずアルバイトの話は終わり、同人誌のことへと話題は変わる。
今日は各々がどんなジャンルの小説を書くのか話し合う。
龍之介「一人二作品×三人で、六作、できれば全部違うジャンルのものにしたいよね。」
里佳子「え、そう?同じものがあっても面白いと思うけどな、作者の比較もできて。」
龍之介「あー、それは確かにあるね。」
里佳子「ねえ、侑里はどっちがいいと思う?」
私「え?私?」
どうだろう。どちらのいうことも正しく思える。
私「私はどっちでも…」
また逃げてしまった。昔からいつもだ。答えられないとすぐどっちでもいいに逃げてしまう。
何も変わってない自分に思わず唇をかむ。
里佳子「どっちでもいいじゃだめだよ」
私「え?」
初めての返しに思わずキョトンとする。
里佳子「この同人誌は三人で作るものなの。だからどっちでもいいはダメ」
龍之介「そうだよ。侑里の考えを素直にいってくれたらいいんだよ。」
彼らの優しさがとてもうれしかった。
これまで内気な性格のせいで、人に意見を伝えることは全くと言っていいほどなかった。
母親も、離婚して以降は、私の考えや、意見に全く耳を貸さなくなった。
私なんかいなくたって、別に私じゃなくたって、って思うこともあった。
でも、彼らは違った。私を認めてくれている、必要としてくれていると感じた。
少し大げさかな…でも、とてもうれしかった。
私「私ね…あの…えっと…」
里佳子「そんなに焦らなくていいよ。」
龍之介「そうそう、大学生は時間だけは有り余ってるんだから。」
笑いながらそう言ってくれる二人、心がほっと落ち着いた。
私「私はね・・・」
つまりながら、かみながら、一生懸命話した。彼らは笑ったりすることなく、真剣に、最後まで私の話を聞いてくれた。
龍之介「なるほど、ふむふむ…」
龍之介はまるで探偵のように手を顎にやって考えている。
里佳子「侑里、結構話せるじゃん‼よくがんばったねー」
と私の頭をなでる。これはちょっと恥ずかしい。でも、話せた。
これまでと違う自分を見つけた気がした。
そうして夢中で話し合いを続けているうちに日はだいぶ傾いていた。
龍之介「そろそろ帰ろうか。」
里佳子・私「そうだね」
結局同人誌のジャンルは、各々が書く二作品はジャンルかぶりNG、三人の中で被るのはOKという風に決まった。決めたのだが、龍之介は推理ものとSF、里佳子はラブコメとホラー、私がファンタジーと時代物を書くことにしているということで、結局誰もかぶらなかったのだ。なんだそれは…
店の外へと出る。もう肌寒さは感じなくなった。
別れ際、里佳子に声をかける。
私「今日はありがとう、あのね、私…本屋さんのアルバイト…やってみたい」
里佳子「了解‼また連絡するね。」
里佳子は満面の笑みを浮かべている。私もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、またね」
「うん、また明日」
そういって別れた。
濃かった。とても濃い一日だった。
「ふふっ」
おもわず声を出して笑ってしまった。変われた、自分は今日、変われた。
足取りはとても軽い、せっかくだからこのままスキップで帰ってみようかな…
そういえば侑里って誰かって?私の名前だけど、言ってなかったかしら?
ごめんなさいね、内緒にしてたわけではなかったのよ・
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