第24話 家族

「お友達に、なってくれるの?」

「それでも寂しいなら、家族になるわ。お前が望む限りずっとそばにいる家族になる、それとも私じゃ不満だとでも?」

「か、ぞく……」


 ぼんやりとフランの顔を見ていたアンルティーファが、大きく目を見開く。それを涙にぬれた、けれど慈愛のこもった優しい目でフランは見ていた。朝の日差しが濡れた頬に輝く。白金の髪の色がとても綺麗だった。綺麗という形容詞ですら足りないと思うほどに。髪自体が光を放っているのではないかと勘違いするほどに。

 家族。

 それはひどく魅惑的な響きだった。甘い誘惑だった。友人や恋人、結婚した相手のようにいつでも別れられるものではない。2度と引きはがされることのない永遠の絆に思えた。でもそれは諸刃の剣だ。死んでしまったら、悲しみは友人や恋人の比ではない。そんなことはわかっていた。

 でも、それでもよかった。アンルティーファが寂しいのはいまだ。苦しくて切なくて怖いのはいまなのだ。だからアンルティーファは無意識に、首を縦に振っていた。小さく、注意してみないとわからないほどに。けれど確かにアンルティーファはその提案に頷いたのだった。かすかな震えた声が、アンルティーファの口からもれる。


「家族に、なってくれるの?」

「お前が望むなら」

「わたし、いい子じゃないよ。きっと、わがままだってたくさん言う。しゃべり方だって、本当は子どもっぽいんだよ」

「いいのよ。お前はお前のままで。それともなに? 私じゃ嫌なわけ?」

「いやじゃ! いやじゃない! ……でも、フランは、本当にそれでいいの? 自由になれたんだよ? わたしの家族になったら、好きなところに行けなくなっちゃうんだよ?」

「私の行きたい場所は、生きていたい場所は私が決めるわ。お前に決められることじゃないのよ」


 ぴしゃりとはねのける口調は、しかし慈愛にあふれていた。愛おしさがこもっていた。心の底を、羽毛で撫でられるかのような柔らかさがあった。

 アンルティーファの身体の震えが激しくなる。がくがくと震えたか細い足はアンルティーファ自身の体重に耐えられなくなってしまったかのように、がくんと崩れ落ちた。するりと両手の間をすり抜けていったアンルティーファの顔にぎょっとしつつも、フランは素早くアンルティーファを抱き寄せた。転んで怪我をしないようにという配慮だったのだろう。顔が柔らかい胸に押し付けられて、ぎりぎりのところで転ばなくてすんだ。アンルティーファの耳がフランの心臓が刻む鼓動を拾う。とくんとくんと耳に優しい音は亡くなってしまった母にはもうないもので、アンルティーファとフランがもっているもので。こんがらがった思考はなかなか1つにはなってはくれないものの、たった1つだけ問いたいことがある。これは家族になるなら、必須の条件だ。


「フランは、わたしのこと好きになってくれる?」

「……無理よ」

「じゃあ、家族なんて無理だよ」

「もうとっくに好きだもの。だから、無理よ」

「え?」

「こんな甘っちょろくて馬鹿な小娘のどこがいいのか、自分でも甚だ疑問で仕方ないけれど。でも、わたしはお前が好きよ。金貨で買った戦闘奴隷なんかに、暗証番号を教えたお前が好きよ。こんな馬鹿なことしでかしたくせに、私を1番に気遣ったお前が好きよ。だから、好きになれっていうのはもう無理」


 首を緩慢に横へと振りながら、フランは笑った。碧色の瞳からこぼれていた涙はいつの間にかとまって乾いていた。その白い頬に涙の跡を作りながら。

 初めて見た、背後に太陽を背負ったフランの笑顔は。いつもの無表情よりも数倍綺麗で神々しいまでだった。

 いろんな考えでぐちゃぐちゃになった頭の中に「好きよ」と言ってくれたフランの言葉が響く。「家族になる」とも言ってくれた言葉も。どっちもいま、アンルティーファがほしかった言葉で。欲してやまなかった言葉で。だから、だからだ。


「あ……う」

「ティファ?」

「う、うああああああああ!!」


 初めて呼ばれた名前に、涙がこぼれた。

 母だけだった。アンルティーファをティファと呼んでくれたのは。母の友人だという人に会いに行ってもみんなアンルティーファのことをアンと呼んだから。母の面影がフランに重なって、哀しくなった。寂しかった。でもそれ以上に嬉しかった。

 暗証番号を渡したにもかかわらず側にいてくれると言ってくれて。フランが家族になってくれると言ってくれて。寂しい心にやわらかい日差しが差し込んでくる気がした。から風が入り込むほどに隙間ができてしまった、そんなひとりぼっちの心が埋まっていく気がした。

 だからアンルティーファは、ルチアーナが死んでからはじめて。大声を出して泣いたのだった。もう2度と会えない母を想って、新しい家族になってくれると言ったフランのその優しい心を想って。そのことをわかっているのかいないのか、ただフランはアンルティーファを柔らかくその胸に抱きとめたのだった。


 等間隔に並べられた石碑の並ぶ小高い丘に、アンルティーファの産声にも似た泣き声が響き渡ったのだった。

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