第23話 友達

「……見たのね」

「……」

「見たなら! 知ったのなら! なんでわたしを追いかけてきたの! 助けたの! なんで、なんで!」

「……」

「なんで! ママのところに、いかせてくれないのよ! なんでみんな、わたしなんかをかばって傷つくの!」


 傷だらけの声で泣きそうに叫ぶアンルティーファに、フランは何も言わなかった。ただアンルティーファの目を見つめながら、その南の国から輸入される高価なガラス玉のような碧色の瞳から静かに涙を流していた。

 こんな寒々しい世界に1人きりで居ろというのか、フランは。それがアンルティーファに対する復讐とでもいうのか。意味がわからなくて、飽和した思考でアンルティーファは黙り込んでただ泣くフランの胸に小さく握ったこぶしを力なく振り下ろした。握られた右手ではなく、自由な左手で何回も、何回もそうした。けれどフランは抵抗もせずにそれを受け入れて、握った右手をひいてアンルティーファを抱きしめた。


「この世界は寒いのよ。1人じゃ、苦しいわ」

「そんなこと、知ってる。だから、だからわたしは!」

「それなのに、お前は私に1人でいろというの?」

「え……?」

「1人きりを寂しいと知ってるのに、哀しいと知っているのに。お前は私に1人きりでいろというのね」

「あ……」

「解放なんて言葉を使って放り出して。結局お前も人間なのね」


 去られてしまったという悲しみはないから。捨てられたのだという苦しみはないから。だからアンルティーファはフランのもとを去った。フランから逃げた。でもそれは、同じことではないのか。アンルティーファがフランにしたことは、アンルティーファがフランにされたら恐ろしいと思っていたことではないのか。フランの言葉に、その可能性に気付いたアンルティーファの足ががくがくと震える。

 ひどいことをしているつもりはなかった。ただ、ただ数日間でも自分を使役した憎い相手がいなくなってくれたら幸せだろうと、多少の金品を残していなくなってくれたらいいだろうと、フランのことを考えたつもりだったのだ。少なくとも、アンルティーファは。だから。


「ごめん、なさい」

「……」

「フラン。だって、わかんないの。わたしどうすればいいか。寂しくて、寂しくてどうしようもないの。心にぽっかり穴が開いてしまったかのようで、もうなにも考えたくなくて。死んでしまったらきっと、もうなんにも考えなくてすむって。フランだって喜んでくれるって。ママのところに行けるって。そう思って、だからフラン、わたし。わたしは」


 10歳。それがアンルティーファの年齢だ。ルチアーナが死んでしまった、よりにもよって自分をかばって目の前でひき殺されてしまった時の衝撃は、大きすぎる悲しみは心の表面を滑り落ちるかのように流れていったと思っていた。だって、ルチアーナを思ってどんなに悲しくても大声で泣き叫ぶこともできなかったから。しかしそれは幻だったのだ。アンルティーファはいまこんなにも苦しくて怖くてたまらない。悲しくてたまらない。自分のことだけで精一杯な心に、なんといえばいいのだろうか。フランに、なんていえば許してもらえるのだろうか。

 目を虚ろにして、けれど震えながらどう言葉を紡げばいいのかわかっていないアンルティーファを、フランは強く抱きしめた。苦しいかもしれないという配慮はそこにはなく。ただこの存在を、つなぎとめるように。フランは喉の奥から言葉をひねり出した。


「馬鹿じゃないの」

「フラ、ン?」

「だから、馬鹿じゃないのって言ったのよ。辛いなら泣けばいいじゃない。寂しいなら、側にいてほしいなら、いまの私に言えばいいでしょう。暗証番号を教えてもらった。いまの私なら、お前と友達になれる」


 目と目を合わせるように、力強く抱きしめた身体を離して。フランはアンルティーファを見下ろす。そのぼんやりした瞳に自分を映すために頬を白い革手袋のはまった両手で掴んで、顔を上げさせる。

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