第6話 非常識
ぱちぱちと火がはじける。たき火の近くに座り、火に手を当てているアンルティーファは隣においた薪がまだあることを振り返って確認する。
それらの薪はアンルティーファが馬車から見える範囲で地面に落ちていたものを拾ってきたのだった。本来であればこういう雑事は奴隷であるフランの仕事なのかもしれないが、90ホール続くレーメの森のちょうど60ホールきたところで暗くなりかけてしまい森に作られた土の道の隅に箱馬車を止め、馬に感謝を告げて休ませているときに。アンルティーファはいつの間にか後ろに立ったフランに言われたのだった。いや、むしろ頼んだら断られたというべきか。
「フラン、今夜のたき火のたきぎを集めてきてもらえないかしら」
「いやよ」
「……おねがい、だめ?」
「……この私を使役するのなら、冷酷な支配者になりなさい。お前の暗証番号は私が握ってるんだと言いなさい。そうすれば集めてきてやらないこともないわね」
「ならいいわ、わたしが集めてくる」
そうして馬車を道の隅によけたアンルティーファが薪を集めてきたわけである。出来るだけ細くて固い乾いたものをと思っていたが、地面に落ちているのはそんな枝ばかりで、正直助かった。雑事のたびに「殺すぞ!」と脅さなければいけないのなら、そんなことをしたくないアンルティーファがこれからもそれをやればいいだけの話だ。ルチアーナが生きていた頃の旅とそう変わらない、アンルティーファの仕事だ。
野獣は森の中にいて、道にいる人は決して襲わない。そうすれば自分たちが狩られる対象となることを知っているからだ。つまり、森の中に行く人はその危険を承知で森に入ったとみなされ暗黙の了解で責任を負わされる。盗賊は道にいる人おも襲うからどうかはわからないのだけれど。そして、盗賊におそわれているのを発見してもその場からすぐに逃げるのが旅人たちの決まりだ。そこは恨みっこなしである。だって、結果は目に見えているのだから。
「そういえば、お夕飯まだだったわね。こんなものでごめんなさい、旅ではあまりぜいたくできないから」
火に薪をくべながら、先ほど通ってきたアプルの果樹から2つもぎって斜めにかけたポシェットに入れておいたアプルの実を取り出して、アンルティーファはフランへと差し出す。道に沿いにある果樹は誰が手入れをしていようと、常識の範囲内なら誰でも好きに持っていっていいのである。これも旅人の常識だ。
アンルティーファに視線を向け、差し出されたそれを奇異なものを見る目で見る。
「……なにかしら、これ」
「なにって、アプルよ。見たことない? 甘酸っぱくておいしいのよ。今が旬だから、さらにおいしいわ」
「そうじゃないわよ。なぜ、わたしにそれを渡すの? ……ああ、食べさせてほしいってこと?」
「わたしの分はあるから、それはフランの分よ」
「……あなた、やっぱりおかしいわ。エルフは食べなくても死にはしないの」
「でもお腹はすくでしょう? だったら食べといた方がいいわよ」
小さい子に常識を教えるように諭すフランに、アンルティーファは首を傾げる。
エルフは大気中に漂うとされる魔力を食べるとされていると昔の偉い学者が言っていたらしい。魔力なんて眉唾ものだが、実際エルフは排泄もしないし食べることもしなくても生きていける。それがどうしてかなんていまだ詳しくは解明されていないが。
それでも、アンルティーファは不思議そうな顔をするフランへとアプルを押し付けて。自分はちまちまと小さい口でたっぷり10分はかけて食べおわると森の中、出来るだけ遠くへとその芯を放った。そしていまだアプルの実を持ったまま呆然としているフランに声をかける。
「フラン、食べ終わったら芯は森の中の出来るだけ遠くに放るのよ。じゃないと野獣が来ちゃうからね」
「……心配いらないわ」
「え?」
フランの白い革手袋の上にのったアプルの実がしわしわと大きくて色艶のよかったそれが急速に茶ばんでしおれていき、最後には芯すら残さずに光の粒となって消えたのだった。突然の出来事にアンルティーファがぱちくりとまん丸い目を瞬かせれば、眉根を寄せたフランがつまらなさそうに言った。
「エルフの食事はこうするのよ」
「……いいわねえ。それならなにも残さずに食べれるもの」
「は?」
「あ、でもお皿とかはどうなるの? 一緒に食べちゃうの?」
「……私が食べものと認識したものだけ吸収するのよ」
「そうなの? すごいわ!」
すごいすごいと無邪気に笑うアンルティーファを変なものでも飲みこんでしまったような顔つきでフランが見る。盗賊が寄ってこないために早々にたき火に土をかけ消して御者台の下から黒いなめし革の敷物と冬用のぶ厚い茶色の毛布を2組、自分用とフラン用に取り出すために立ち上がったアンルティーファはその視線に気づいてはいなかったが。
ごそごそと御者台の下にある収納スペースから毛布と敷物を取り出すとアンルティーファはふらふらしつつもフランの側まで来ると夜闇に白く浮き出るようにそこにいるフランの顔を見ながら首を傾げた。
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