第2話 市場

 色んな人にぶつかりながらやっとたどり着いたその区画は閑散としていた。店自体はそれなりに出ているのだが、人が少ないのだ。亜麻色の髪を揺らして後ろを振り返ればそこだけまるで線引きされたように人は踏み入ってこなかった。

 なんとはなしに近くのテントに目をやれば、そこには虚ろな目でアンルティーファを見る子どものエルフたちが5人いた。赤髪に茶髪、緑の髪にオレンジ、白の頭と同色の瞳。耳は上向きに尖っていて誰もがみな、アンルティーファよりも幼い。首輪から伸びる鎖はテントの奥の方、地面に深くうち込まれた鉄の杭に繋がっている。

 ここは奴隷市場だ。

 奴隷狩人たちは森や野原、秘境などで暮らしているエルフを狩り首輪をつけ奴隷商人に売る。奴隷商人はその商品となるエルフの首輪に暗証番号を定め、適正な値段をつけて奴隷市場で人相手に売りさばく。王都へ行くつもりならキレベアル村からここイエズは少し遠回りになるが、この街に奴隷市場があると知っていたからだ。

 ここで、戦闘奴隷を買うと決めていたからだ。

 つきりとアンルティーファの小さな凹凸もない胸が痛む。そっと胸を押さえて深く深呼吸する。本当は、戦闘奴隷なんて買いたくない。もう誰も、自分のためになんか傷ついてほしくないのに。それでもせめて、母を王都にある父の墓の横で眠らせてあげるまでは。生きていなくてはいけないのだ、アンルティーファは。

 閉じていた目をぱっちり開けて、その髪と同じ色の大きな目でアンルティーファはテントの中で暇そうに頬づえをついて暇そうにあくびをしている父ほども年が離れている男に向かって口を開いた。たぶん奴隷商人だろう。


「ねえ、戦闘奴隷はどこにいるの?」

「少なくともうちにゃあいねえな、あんな危ねえの。なんだ、お嬢ちゃん、まだ成人してもないのに自分用の戦闘奴隷を買いに来たのかい?」

「うん。これからレーメの森を抜けてクローフィ街道を突き抜けて王都に行くの」

「お嬢ちゃん、そりゃあやめとけ。そんなのよっぽど強い戦闘奴隷じゃなきゃ死にに行くようなもんさ」

「……いいの、それでも」

「あ? なんか言ったかい?」


 アンルティーファが小さく呟いた言葉は突然に吹いた風によって奴隷商人の耳まで届かなかったらしい。聞こえなかったらしいことに少なからずほっと胸をなでおろして、にっこりと笑顔を浮かべると、奴隷商人に幼く笑いかけた。


「ううん、なんでもない。じゃあ戦闘奴隷売ってるところ知らない?」

「あー……1番奥の左から2番目のテントにいる爺さんが扱ってるけどなぁ。あれは不良品だ、お嬢ちゃん別の街行って探した方がいいかもしれねえぜ」

「そうなんだ。でもこれ以上は時間もないしね、ありがとうおじさん。行ってみるね」

「おう、気いつけてな」


 人間相手だとこれほどまでに優しい人が、どうして相手がエルフだと冷酷になれるのだろうか。笑顔の裏でそんなことを考えながら、礼を言ってからまたちまちまと足を進めた。

 奴隷商人は、エルフを能力や容姿によって振り分ける。外見が美しいもの、貴重なものは愛玩奴隷といい、護衛や用心棒など腕の立つものは戦闘奴隷として売る。それ以外はすべて労働のための労働奴隷として売られる。先ほどの子どもたちもきっとそうだろう。

 アンルティーファは戦闘奴隷を買うためにこの奴隷市場にやってきたのだ。

 これからレーメの森を抜けてクローフィ街道を突き抜けて王都に行く。アンルティーファが幼いころに戦争に巻き込まれて亡くなったという父の墓に母の遺骨を入れるために。レーメの森は野獣が多く、中には魔獣と呼ばれるものも出るという。また、森というのも災いしてここは警備隊の目が届かないため盗賊が多くはびこっているという。クローフィ街道は別名血塗られた街道と呼ばれ、死肉を漁るウルネアや人の肉の味を覚えたカラフの襲撃などがあるのだという。ルチアーナだって旅を続ける道中では避けていた道だ。北に迂回して、安全に王都に行く方法もあるが、それでは今年中には行けない。アンルティーファにはどうしても今年中に行きたい理由があった。

 しかしそうなると護衛がいる。もちろん冒険者ギルドに護衛を依頼することも考えたのだが、つい最近、冒険者と盗賊が共謀して護衛対象を襲っていたことが明るみに出て正直信用ならない。そうなると信頼できる護衛は見つからなくて。ましてやアンルティーファは10歳だ。この幼い身体なら簡単に殺されてしまうだろうと思えば早々に人を信用も出来ない。

 もう頼れるのは戦闘奴隷しかいなかった。奴隷は暗証番号を持つ主人には逆らえない。護衛としてはなによりも信頼できるのだ。そのためにアンルティーファは「エルフを使役しない」という信条を曲げる決意をしたのだった。

 教えられた場所まで来ると足を止めて、ぐるりとアンルティーファはあたりを見まわした。どこのテントで戦闘奴隷が売られているのだろうかと。

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