第3話 エルフ

「どこに……」


 しかしそれはすぐに目に入った。いや、入らざる負えなかった。

 テントの下のござにそのエルフは片膝を立てて座っていた。首には「支配の首輪」、そこから長く伸びる鎖は先ほどの子どものエルフと同じように地面に打ち込まれた鉄の杭に繋がれている。そのテントの破れた隙間から入ってきた日の光できらきらと腰までのそれをお下げにした輝く白金色の髪に。アンルティーファは目を奪われた。

 そのエルフの女性はアンルティーファより頭3個分ほども上背がありそうだった。白の編み上げブーツに白いパンツをはき、どこか軍人めいた白い衣裳に短めの白い革手袋。白いマントを左肩のところで止めている。白で統一された服は奴隷商人が商品価値を高めるために着せたものだろう。その胸は大きく膨らんでいて白金色の髪に碧の瞳。そこでアンルティーファははっとなった。

 白っぽい金髪。このリールレント王国では忌色とされている色だ。リールレントの最初の国王を使役していたエルフがこの色の持ち主だったと言われているから。陽にさらされたことのないような白い肌はエルフの特徴で、それがまた金色の髪を際立たせている。

 綺麗というのもおこがましい、美しいという言葉ですら足りないほどの白皙の美貌。品位すら感じるほどのそのエルフを、アンルティーファはきっと愛玩奴隷に違いないと思った。忌色ですら厭わないどこかの金持ちの好事家が集めるような、そんな存在だと。しかしここが1番奥にある2番目のテントで。あの奴隷商人の話が本当ならこのテントが戦闘奴隷を売っているテントのはずなのだが。

 長い前髪がさらりと額にかかっていて、つまらなそうに伏せられた目の下に長いまつ毛が影をつくり、白っぽい金色のそれに朝のきんっと冷え切った光が踊る。その美しい白金色に引き寄せられるようにふらふらとアンルティーファが近寄ると、エルフはふと視線を上げた。

 目が合ったところで我に返ったアンルティーファが立ち止まる。エルフは眉根を寄せてアンルティーファを見た。


「なんの用かしら小娘」

「こ……」

「あー、お嬢ちゃん。聞いての通りこの商品は口が悪いんだ。すまねえな、気にしないでくれ」

「……まあ、わたしが小娘なのは仕方ないわよね。まだ10歳なんだし」

「10歳ですって?」


 気を取り直したようにアンルティーファが10歳だし、別に本当のことだから気にしてないと言えば件のエルフの方から不審そうな声が上がる。身を乗り出したせいでじゃらりと鎖が鳴いたのを不機嫌そうに見つめながら元の位置に戻っていった。


「10歳って……お嬢ちゃんここは奴隷を売り買いするところだよ。親御さんとはぐれたにしちゃあ奥まで来すぎだ」

「わたし、戦闘奴隷を買いに来たの」

「はははは、お嬢ちゃん。奴隷商人をおなめじゃないよ。お嬢ちゃんのお小遣いじゃ買える値段じゃないんだ」


 黄色い歯を見せてげらげらと笑いながら奴隷商人は上から下までじっくりとアンルティーファを眺める。簡素な木綿のドレスに、10歳という年齢に見合わないほど幼い外見、いいとこ8歳くらいにしか見えない貧相な身体つき。どう見てもお金を持っているようには見えなかったのだろう。それにたくさんいる労働奴隷と違って、戦闘奴隷、愛玩奴隷は稀少でとても高価なのだ。

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