第34話 関係の始まり

「先輩、コーヒーで良かったですか?」


「あぁ、ありがとう」


先週、連絡があり、真衣の都合が良い今日こうして僕は真衣の家に再び訪れていた。


ここに来た理由は勿論、前に話せなかった僕の異端たる考えを教えておくためだ。まぁ偽り混じりの真実としてでしかないため、言ってしまえば半分、嘘を教えに来たようなものなのだが……。それでも一応は僕の協力者という関係を結ぶ上で必要な事だ。


「それじゃあ、この前に話せなかった事をそろそろ話しても良いか?」


「要らないです」


「は?」


「別に必要ないです」


必要ない?何故?知りたくはないのか?そんな筈はない。僕の事を何かにつれて詮索してくるような奴だ。そんな奴が知りたくないとは思う訳がない。


「何故?知りたくないのか?」


「ん~、勿論知りたいですが、私はつい最近、先輩に召使?として認めてもらったばっかりですよ。そんな相手に自分の秘密を話すのか、まぁ間違いなく話しませんよ。つまり先輩は……。私に嘘を教えようとしてましたね? 嘘なんて聞きたくありませんから、私は先輩に真に信用してもらえるまで、盲目的に先輩の言う通りにします。それで先輩に心から信用される理想の私になった時、本当の事を話してください」


「お見通しか……。いや僕が馬鹿すぎただけだな。話を急ぎ過ぎて、少し考えれば簡単に答えにたどり着く」


だが考えてみると、これで良かったのかもしれない。僕は当面の間は真衣に自身の事を話さくても済むわけなのだから。だが、美麗には何と言ったものだろうか……。完全に僕のせいで当初の考えは台無しになってしまった。まぁ正直に報告しておく他ないか。


それにしても下婢か……。自分で自分の事を召使いと言うとは……。何か凄まじいものを感じるな。


「はぁ、先輩は自分の秘密を話すなんて一言も言っていないのに私の言葉をあっさりと肯定してしまうんですから。おかげで私の推測の証明と一緒に先輩がどんな嘘をつこうとしてたのかまで分かりましたよ。それにこの程度の推測なら『お前は何を言っているんだ?僕はただお前に忠告をしておこうと思っていただけだぞ』とでも言っておけば私が一方的に恥をかいて話を着けられていた筈ですよ」


真衣は呆れたと言わんばかりの嘆息を漏らすと、僕に向かって諭すようにそう告げた。


「……。完全に僕の負けだな。まぁ勝負なんかしてはいないが、確かにあの場において真衣の言ったような事を言っていれば僕は自身の策を潰さず、またの機会を狙えただろうな」


本当に……。勝負なんかしてもいないのに僕の中には敗北感のようなものが存在していた。確かに真衣の言う通りだ。僕があの場で肯定などせずに例えば真衣の言っているような事を適当にでっち上げて真衣の推測を否定してさえいれば僕は裏を悟られずに済んだだろう。だが、もう後の祭りに過ぎず、こうなってしまったのだから、現状から出来るだけ僕にとって都合の良い未来を作り出すために話を進めよう。


「クスッ、本当に先輩は頭は良いのに、少し抜けている所があるあたりが唯一残念ですね。でもこれからはご安心下さい。私が先輩の側で先輩が有意義な時間を送れるようにお手伝いさせて頂きますね。何せ私は先輩の下婢ですから」


真衣は自らの事を下婢と誇らしげにかつ、とても嬉しそうに口にしていた。その姿はまたいつぞや狂気的な雰囲気をまとっているかのように思え、僕の中には僅かながらも恐怖のような感情が確かに生じていた。


「……。だが、手伝いとは一体どんなことを指すんだ? 手伝うにも僕の生きている上での目的を知っていなければ行動は大きく制限されてしまう筈だ。勿論僕もまだそれを言いはしない」


「分かってますよ。そんな事。だからさっきも言ったじゃないですか。私は盲目的に先輩の言う通りにすると、何でも命令して頂いて構いませんよ。私はその命令の意図が分からずとも、ただ盲目的に従いますから。それで先輩が私を信用してくれたら、その目的の事を教えて下さい」


何でも従うか……。この言葉だけで真衣がいかに異常なのかが分かるな。類は友を呼ぶか……。頭の可笑しい者どうしって訳か。なんか笑えてくるな。惹かれ合う何かがあるのかもなしれないな。そう考えると真衣の狂気も少しは受け入れられる。あれも含め真衣なのだろう。


それじゃあ一つだけ命令してみるか。ちょうど良いことがあった。


「それじゃあ命令しても良いんだな?」


「勿論ですとも」


「分かった。墓参りに付き合え」


「……え。墓参り? どなたのですか?」


「僕の父さんと母さんのだよ。一人だと行く気になれなくてな。妹がいるが、頼んでもこればかりは断られる。出来ればそろそろ行っておきたいんだ」


まぁ完全に私用だな。そもそも僕の目的の達成に協力者など必要としない。だが、それだと今回の件に関して身も蓋もないため、まだ真衣の事を信用した訳ではないが、協力者が必要とされるであろう場面を作り出したとして、その場面も本当に限られた一場面だけで、協力者など別に要らないというのが極論なのだ。だが確かに一場面だけだとしても協力者がいた場合の方が目的の達成に対しても気持ち的にも圧倒的に楽になる。


その一場面というのが目的が達成される最も重要な場面なのだから、まぁ当たり前なのだが。


「えぇと、先輩のご両親って……」


「死んだよ。僕がまだ小さい頃にね。それから僕は父方の祖父母に、妹は母方の祖父母に育てられた」


「……えぇと、そんなあっさり話しちゃって良いんですか?それ、凄い個人情報じゃないですか」


「別にこのくらいなら良いだろう、それに真衣であれば僕の情報を誰かに口外するなんて真似はしないだろ。それこそ絶対に」


僕の情報の保持に対して、真衣は聞きはすれど、誰かに話しはしないだろう。それは真衣自身の狂気的な雰囲気が物語っていて、その雰囲気から流れ込んでくる感情は純粋な独占欲が混じった歪んだ愛情のようなものだ。そんなものを僕に向けてくるような奴が僕の事を他人に口外するとは考えられない。


「そんなこと絶対にしません! 私は先輩の為に生きていると言っても過言ではありませんから、先輩の事を他人に口外するような真似はこの身に誓って致しません!」


「そうか……。それで来週の日曜にでも行こうと思っているんだが、大丈夫か?」


「分かりました。喜んでご一緒させて頂きます」


「……。ありがとう」


僕の為に生きていると言っても過言ではないか……。僕はそこまで思われるような人間じゃないよ。ただ、頭の可笑しい人間に過ぎないのだから……。

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