第35話 結ばれた約束

「クスッ、それは本当にお笑い草だな!」


「……うるさい。もうしょうがないだろ」


僕は美麗に真衣との事を報告するために、電話をかけていた。自身の失敗談を報告しなければならないというのは、なんとも受け入れ難い心境だ。


「結果的には逆に良かったとも考えられよう。まぁ、あくまでも結果論に過ぎんがな」


「そうだな。あそこで失敗などせずに上手く立ち回る事が出来ていたら、もっと別の……。それこそ思ったような結果になっていたかもしれない。いずれにせよ、失敗は失敗だ」


そぅ。結果的にはなるようになり、良い方向に転んだとも考えられない事はない。しかし、それは真衣の事を自身の問題に巻き込んでしまった事に他ならない。たとえそれを真衣が望んでいたとしても、僕は僕自身の問題に他人を巻き込むような事はしたくはなかったのだから、やはりどの方向から考えても失敗は所詮、失敗か……。


「なぁに、別にお前さんの使える駒が増えたとでも思えば損ばかりではなかろう。お前さんの恋人に対して抵抗するすべが増えたのだからな」


「詩音に対して使える駒が多いに越したことはないのは確かだ。だが、今後、召使いになりたいとか言い出した肝心の後輩とはどう付き合っていけばいい?」


「そんなもの、自ら召使いになりたいのだと言っておるのだからその通りに使ってやれば良いではないか。そやつもそれを望んでおるのであろう?」


本当にそれで良いのか?真衣は頭がまわる子だ。それ故に外面ばかりを信じて、何も策を考えておかないのは愚行でしかないのではないだろうか……。いざという時の事を考え、策を講じておくに越したことはない。


「だが、アイツは頭がまわる。何も策を講じておかないのは慢心が過ぎやしないか?」


「なるほど……。無月が心配する理由は分かった。じゃがな、妾(わらわ)はそやつの事をよく知らんが、その策とやらは無駄になると思うぞ」


「何故そう思う?」


「簡単じゃよ。無月からそやつの事を聞いて分かったんじゃよ。そやつは、お前に相当盲目だ。それこそ無月が望めばプライドなんて簡単に捨てるじゃろうし、人としての道徳なんてものも意味を持たないゴミと化す……。死ねと言われれば死ぬのだろ?そやつ……」


「!?」


おちゃらけた性格の美麗からは考えようもなかった冷たい声音で美麗は僕にそう告げた。その時、僕は冷たい汗が自身の額をつたう様な嫌な感覚に当てられながら、美麗という少女が外面通りの人間ではないのだと、僕は自身の協力者であるこの少女にも注意は割くべきなのだと認識せざる負えなかった。それはおそらく、いや確実に僕は美麗の心に存在するであろう、言葉には言い表せないような冷たい何か……。それを感じたが故だろう。


だが、美麗が言う事は、その通りなのだろう。そうでなければ良かったのに……。そうでなければ今頃、真衣とこんな関係には至っていなかった筈だ。真衣が僕に何故そこまで執着するのか……。それすら分からない僕には、真衣とどう接するべきなのかなど、分かる筈もなかったという事だろうか……。


「フッ、何でこんな事になったんだろうな……。僕は何処で間違った? ノートを落とした日か、いや、だとするとノートが存在した事自体が間違いか……。いや、そもそも……」


「……。そんな間違い探しをした所で、最終的には自身の存在が間違いという事にしかなるまい。しかし、だとすると、こうも考えられる訳なのだがな。お前さんはなるべくしてそうなった。お前さんはそうならなければいけなかった……。と」


「……。そんな事を言われた僕は一体どんな反応をすれば良いんだ? つまり僕には救いなど無いという事か? だとしたら僕がいくら足掻いたところで、無駄だったことかよ!」


僕がこうなる事が運命だなどと言われているかのようで、僕は思わず感情的に言葉を発した。肝心な場面で冷静さを欠くなどという自ら失敗をしにいくような事をしてまで、僕はその言葉から逃げたかったのだろう。


「別に救いがないとまでは言ってはおらん。未来の事など誰にも分かりはしないのだからな」


「フッ、ここからどう転べば僕は救われたって言うんだろうな? 全くもって想像すらできない。本当に……。何一つとして浮かばない……」


「それなら、妾がお前さんの協力者として、ここに一つ、約束しようではないか! 妾が無月の事をこの身に代えてでも救いを与えると約束しよう!」


……。僕を救う? 誰が? 美麗がか? どうやって? お前に真実すら伏せている僕を一体どうやって救うって言うんだよ。僕に大きく関わっている人間の事は、この少女のことだ。簡単に特定できる事だろうが、しかし、ノートの中身は別だ。あれの中身を話すつもりなど毛頭ない。それにノートを持っているのは僕ではなく、詩音だ。真実すら知らぬ上で僕を救うと? だが……。


「分かった。その約束に虚偽はないな? それならば、やってみせろ。もはや手段にとやかく言うつもりもない。好きにしろ。ただし、もしも約束を果たせなかった時、お前はどうするつもりだ?」


「さぁ、どうすると思う? もしも約束を果たせそうにないと妾が悟ったとしたら……。その時は」


また、美麗の声音は冷たくなった。しかも先程よりも、更に冷たく……。だが、どこか頼もしくも思えるのは何故だろうか? おそらく、僕は、たとえ僅かな望みだとしても賭けてみようという気が生じたかからこそだろう。何故、そんな気が生じたのか? それは、美麗の心にある冷たい何か……。そこに、芯となる確かな強い意志を感じたがためだ。もちろん、美麗への警戒を解くつもりはない。しかし、だからと言って期待してはいけないとうい事もあるまい。


だから、信じてみても良いだろう……。美麗という名の僕の怪しげな協力者の事を。


「その時は……。全ての罪を妾が背負うまでじゃ。そしたら、お前さんの荷は全て無くなるだろうから、その時、無月は自身の目的を成せば良い……。もちろん、妾とて本意ではない。しかし、仕方あるまい。妾には無月の事を救ってやれなかったのだから……。無論、失敗するつもりなど、毛頭ないがな」


「分かった……。僕は美麗がその時、何をするつもりなのかは分からないが、自身を汚してまで僕の事を救おうとしているという覚悟は伝わった……。好きにすると良い。僕を救うためと言うのであれば、お前の頼みは、なるべ引き受けよう」


その時、美麗が何をするつもりなのか……。たとえ僕は良かったとしても、おそらく結末は最悪でしかないのだろう。そんな事をしなければいけないという事を視野に入れてまで、美麗は僕を救うと言っているのだから、僕は美麗に賭けるしかあるまい。僕とて自身の目的をなす事が正しいのか、そうでないのかなどという判断などできないのだから……。しかし、結末というのは可能であれば、ハッピーエンドであるべきだ。現時点での結末は自身の目的をなしえて終幕、という事をもってしか有り得ないがな……。


「妾が無月を絶対に救ってみせよう」


「あぁ」


美麗の言葉からは確かな覚悟と強い意志を感じた……。

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