第14話 魔皇暗殺計画


(さて、裏社会の闇商人か)

 その筋の情報を集めるにはどのあたりが適当なのだろう。堅気のクッコロにはいまいち見当がつかない。

(露骨に嗅ぎまわるのも危険だよね。でも、先方の警戒網に敢えて引っかかるのも手かな? いやいや、素人のあたしが敵中潜入とかやめといたほういいな)

 時代劇のくノ一とか映画の女スパイのような活躍に若干の憧憬を懐くクッコロだったが、穏当に結界玉による情報収集にとどめておいた。

(ほんとこの術便利すぎる。さてと、繁華街の酒場とか売春宿とか覗いてみますかね。お仕事なんで、覗きごめんなさいということで……)

 港町だけあって船乗り風の荒くれ者が大勢闊歩していた。顔中刃創だらけの男や全身刺青の男――海賊でも通用しそうな連中だ。或いは本職が混じっている可能性なきにしもあらずだが。

(昔のリーダルもこんな感じだったっけ。うんにゃ。今のエスタリスのほうが、街の猥雑さ三割増しって感じかな。にしても、やたら賭場が多いな)

 ルールはよく分からないが、ダイスやカードを用いた賭博がそこかしこで開帳されていた。カジノチップが目まぐるしく持ち主を変え、歓声と怒号が乱れ飛ぶ。

 日本の祖父秋川吉右衛門が博奕を毛嫌いしていた影響か、クッコロ自身はギャンブル全般に恬淡な姿勢だったが、ゲーマー秋川楓的に謎ルールの解析や推測はそれなりに心躍る作業だった。いつしか情報収集そっちのけで各所に展開される熱いゲームを観戦するクッコロ。

 そんな最中、どこやらを浮遊中の結界玉のひとつが聞き捨てならない会話を拾った。


「魔皇のエスタリス訪問が延期になるという情報が入った」

「しかし武神祭には来るのだろう? 魔皇は即位以来二百五十年、武神祭への臨席を欠かしたことがないという。血を見るのが大好きなあの化け物のことだ。万難を排して必ず来る」

「さよう。計画に変更はない。武神祭が魔皇の首を取る好機だからな」

「武神祭か。武神奉納を謳っているが、魔皇国臣民向けの体のいい娯楽提供だな。剣奴どもを殺し合わせてそれを観戦し、賭けに興ずるのだろう。魔族らしい野蛮な催しと言うべきか」

「剣奴に紛れ込ませる刺客の手筈はどうなのだ?」

「それは問題ない」

「腕の方は大丈夫なのか? 武神祭を勝ち上がらねば、魔皇に接近することも叶わぬぞ。よしんば首尾よく魔皇の前に立てたとて、あれは端倪すべからざる怪物。加えて周囲を固めるのは百戦錬磨の魔将どもだ。一筋縄ではいかんぞ」

「本国がアサシンギルド上層部に直談判して、【首狩り】を手配したそうだ」

「ほう。それが本当ならば、仕物は成就したようなものだが」

「【首狩り】……まだ生きていたのか。『北方開拓王暗殺事件』や『サンディール監獄事件』の容疑者だろう」

「確か冒険者ギルドを追放された元神金オリハルコン級冒険者だったとか。奴の首には、かなりの賞金がかかっているはずだ」

「冒険者ギルドが粛清しようと躍起になって追い回していたと聞く。もうとっくの昔に抹殺されたと思っていたよ」

「さて諸君。魔皇暗殺の成否は別として、事件の首謀者には誰になってもらうのがよいかね?」

「正直、この国の騒擾など我らの知ったことではないが。まぁ強いて挙げれば、リカントロープのグリード総督か、オークのガルシア将軍あたりが適任ではないか」

「よかろう。その方向で工作を進めよう」

「では決行の日まで各々がた、抜かるなよ」


(これって……聞いたらあかんやつじゃないの。まぁ、どの道あたしじゃ抱えきれない案件だし、アルちゃんに丸投げするか)

 すかさず『感応の指輪』に魔力を通し、アルヴァントに念話で呼びかける。

『もしもし。こちらクッコロです。アルちゃんお仕事中かな?』

『湯浴みの最中じゃ』

『ごめんね。寛いでるところ。ちょっとお耳に入れたいことが』

『よいぞ。何かあったのか?』

『実は――』

 今しがた盗聴した情報をかいつまんで伝えた。


『妾にとって暗殺未遂など日常茶飯事じゃが……ふむ、アサシンギルドの【首狩り】を雇ったか。こたびはちと厄介そうだの』

 著名な暗殺者なのだろうか。しかし【首狩り】とはまた不穏な二つ名だ。

『まったく。背後におるのはどこのたわけどもじゃ』

『心当たりないの?』

『ありすぎて分からんな。近隣諸国はすべからく妾に消えてほしいのであろ。なんにせよ、有益な情報助かった』

『また何か掴んだら報告するよ』

『ありがとう。持つべきものは友じゃな。一度言うてみたかったのじゃ、この台詞』


(さて、アルちゃんに報告したし、釣りにでも行こうかな。前世で何回か釣りに行ったあそこ行ってみるか)

 思い浮かべたのは、ネイテール侯爵家の別邸からほど近い、古い灯台のある岬だった。帝国軍幼年学校の入試に備えて勉強漬けだった少女時代。気晴らしに別邸を抜け出しては、岬の岩場で釣り糸を垂れたのだ。当時は、誰にも相手にされない無聊を慰めるのが主目的だったので、釣果はすべて放流していた。釣った魚を食べないのは、孤児だったクッコロからすればありうべからざる食材への冒涜に思えたが、深窓の侯爵令嬢が釣りを嗜むというのも他聞を憚るものらしい。

(美味しい魚いるかなぁ)

 この時既にクッコロの頭の中は、新鮮な刺身の盛り合わせへの期待で占められていた。



 リカントロープ族の大貴族が、酒杯を傾けながら言った。

「掘り出し物を入荷したと聞いたが」

「さすがにお耳が早い。本日御覧に入れる予定でございました、総督閣下」

 グリード総督は、下座の奴隷商人に酔眼を向けた。

「勿体付けず、早う連れてまいれ。儂が直々に吟味してつかわす」

 奴隷商人の指示で十人の奴隷が引き出された。

「いずれも戦闘経験豊富、もしくは戦闘素質の高い奴隷でございます。武神祭の闘士用に最適かと」

「ふむ。よし、この中で最も強い者を、そちの言い値で買おう」

 奴隷商人が揉み手しつつも微かに顔を引き攣らせた。

「最も強い者、でございますか。また例年通り、全員を殺し合わせるので?」

「当然であろう。死合わねば、最強の者が分からぬではないか」

「しかし、それでは商品価値が毀損……いえ、勝ち残った者も無傷とはまいりますまい。畏れながら、武神祭出場にも支障をきたすかと」

「半端な剣奴などいらん。儂が求めるのは冠絶した実力者だ」

 奴隷商人の溜息。

「分かりました。すぐに準備をさせましょう」


 手枷を外された奴隷たちは戸惑った様子。奴隷商人が簡潔に述べた。

「聞け。これよりお前たち十人で死合い、最も武芸に秀でた者を選抜する。その者を、あちらにおわす御方が雇用してくださる。選に漏れた者は殺処分だ。武器は自由に選ぶがいい」

 奴隷商人を反抗的に睨む者は何人かいたが、抗議の声を上げる者はいなかった。それぞれに置かれた状況を把握しているのだろうか。

(これから見ず知らずのこの人たちと殺し合いか……強者の選抜なら模擬戦で十分だろうに。この国の連中は馬鹿なの)

 ミリーナは静かに憤慨した。

(いや、あの人狼のおっさんが嗜虐心を充たしたいだけなんだろうな)

 雑念を払い、生き残る算段を始める。台上に陳列された武器を我先にと物色する奴隷たち。ミリーナは残り物の短剣を手に取った。

(これでいいか。あ、刃毀れしてる)

「くそったれが! 付き合ってられっか!」

 唐突に奴隷の一人――若い男が奴隷商人の部下たちに襲いかかり、数人を瞬時に斬り伏せて遁走した。更に二人の奴隷が、この騒動に便乗して逃走。

「馬鹿どもが。『隷属の呪紋』が如何なるものか知らんのか」

 奴隷商人がフィンガースナップをした途端、逃走を図った三奴隷はもんどり打って倒れた。体表に血管が浮き上がり、目や耳、鼻や口から血が噴出。苦悶の絶叫をあげて地面をのたうち回り、やがて血溜まりの中で動かなくなった。静まり返る奴隷たち。

「この術の創始した古の魔法使いは、実に狡猾な人物だな。奴隷の心を折るすべをよく心得ておる。さあ、閣下がお待ちかねだ。とっとと始めろ」


 残った奴隷は七人。もはや殺し合いは不可避と覚悟を決めたのか、それぞれ間合いを取って力量の探り合いが始まった。示し合わせたかのように、五人の男がミリーナを最初の標的と定めたようだ。小柄で非力そうなミリーナを与し易しと見たのだろう。

(まぁそうなるよね)

 自分の生死がかかった場面に臨んで道義云々するようなお人好しは、この世界では長生きできない。

 第六感の警鐘。咄嗟に身を屈めるミリーナ。次の瞬間、ミリーナを攻撃しようとしていた五人の首が転がり落ちた。離れた所に佇む褐色肌の精悍な男と目が合った。それだけで肌が粟立った。

(この男強い)

 立て続けに不可視の斬撃が放たれた。ミリーナは勘を頼りに回避するが、すべては回避しきれず、次第に裂創を増やしていく。

(どうなってるの、この斬撃)

 褐色肌の男の武器は、見るからになまくらな錆の浮いた片手剣。遠い間合いなどお構いなしに放たれる謎の斬撃を生み出せるとは思えないので、なんらかの武器、或いは戦技や魔法を偽装する意図があると見た。

(このままじゃジリ貧だ)


 ケット・シーの少女と褐色肌の男の闘いを、奴隷商人はやきもきしながら眺めていた。

(くそ、ケット・シー族をグリード総督に披露したのは失敗だった。貴重なケット・シーの奴隷が死んでしまう)

 男の戦闘奴隷が何人死のうとさして痛痒を感じないが、あの猫娘は別だ。大枚をはたいて入手したのだ。

 傍らの部下にそっと耳打ち。

「猫娘が致命傷を負う前に、男奴隷の勝ちを宣して死合いを止めろ」

「かしこまりました。ですが、総督閣下の御意向はよろしいので?」

「私がなんとか言いくるめる。お前は医薬神殿に使いの者を走らせ、治癒士の手配を急がせろ」

 そんなやりとりが交わされている最中、観戦中の人々からどよめきが起きた。奴隷商人は嫌な予感がして視線を戻す。ケット・シーの少女が首に深手を負い、今まさに倒れるところであった。素人目にも、致命傷であることは明らかだった。

「それまで!」

 奴隷商人の部下がケット・シーの少女に駆け寄り、容態を検めた。奴隷商人に向けて首を振る。

(貴重な商品が……くそ、猫娘の代金も上乗せして吹っ掛けてやる)

「死体を片付けろ」

 奴隷たちと、殺害された奴隷商人の部下の死体が運び出される。虫の息だったミリーナも一緒に搬出された。


 奴隷商人の部下たちの会話が幽かに聞こえた。

「死体の処理はどうしやす?」

「いつも通りでいいだろ。灯台岬から海へ投棄だ。魚の餌になるから手間いらずだ」

「お仲間の死体もで? いちおう顔馴染みの奴らですし、すこしばかり抵抗が」

「一緒でいいんじゃねえか。魚の餌になって自然界に還りゃ、奴らも満足だろう」

「しかし、遺族が騒ぎますぜ」

「うーむ、めんどくせえな。じゃあ遺髪だけ取っといてやれよ。名誉の殉職だし、旦那様が弔慰金をはずんでくれるだろ。連中の遺族もそれで黙る。まぁうちの商会は、天涯孤独な奴が多いからな。遺族がいるとは限らんぜ」

「遺髪つっても、オルトンの奴ぁつるっ禿ですぜ。どうしやしょう」

「装身具とかなんかあるだろ? 指輪とか首飾りとか、何か遺品になるようなもんが。あ、ネコババすんじゃねえぞ」

「猫と言えば、この奴隷の娘っ子はどうしやす? まだ息があるみたいですが」

「もう助からんだろ。一緒に海に捨てちまえ」

 ミリーナの意識はそこで途切れた。



「はぁ……釣れない。こりゃボウズかしらね」

 クッコロはぼんやりと水平線を眺めた。古道具屋で購入した釣り道具一式を携えて、勇躍懐かしの灯台岬へとやってきたが、さっぱりアタリがない。名も知らぬ海鳥の群れが頻りと上空を旋回しているので、魚の群れもこのあたりの海に潜んでいると思うのだが。かくなる上は結界を展開して潜水し、掴み取りでも敢行するか。

(おや?)

 岬の断崖から海へ何かを投棄する人影が見えた。釣り人が撒き餌でもしているのかと思ったが、どうも人形のようなものを捨てているようだ。

(こっちの世界にも、不法投棄的な行為をやらかす違法業者的な輩がいるのかな。けしからんな。アルちゃんにチクっちゃうぞー)

 結界玉をひとつ接近させてみる。

(む。本物の御遺体かこれ。筋者の抗争とかかな? この街、裏社会の人間が蔓延ってるって話だったけど、本当に治安悪いんだ……)

 断崖上の人々が去った後、海を魔力波で走査。

(一人まだ息があるな。ヤクザの抗争とか関わりたくないけど、見殺しにするのも後味悪いしね……)

 袖振り合うも多生の縁というやつだ。輪廻転生を実体験したクッコロとしては、この言葉の重みもまたひとしおなのだ。転移魔法で手元に引き寄せる。

(うわ、猫耳さんじゃないの。存在するのか、猫獣人……)

 ふと、『最果て遺跡オンライン』のゲーム仲間で水丘高校の同級生だった高橋翔子のことを思い出した。

(この子、翔子のアバターだったInfinityに似てるわね。翔子が見たらなんて言うかな……おっと、今はそれどころじゃない)

 今にも絶え入りそうな猫耳少女に強化魔法をかけ、魔力波走査。

(出血多量で危険だよねこれ。困ったな。あたし回復魔法覚えてないしな。よし、一旦青の月アグネートの屋敷に帰るか)

 クッコロは猫耳少女を抱えて転移門を開いた。


「お帰りなさいませ、クッコロ様」

 クッコロの帰還を如何にして察知したのやら、盲目のメイド長メアリが間髪入れず転移してきて畏まった。

「あ、メアリさん! ちょうどよかった。この子治療してやって」

「この者は、クッコロ様の新しい従者で?」

「いえ、偶々出会いまして」

「この者の生命を救うことは造作もございません。ですが、下界の者に青の月アグネートのことを見聞きされるのは色々と不都合がございまして。ご賢察をたまわりたく」

「分かった。この子をあたしの従者にします。すぐに治療を」

 猫耳少女の容態から一刻の猶予もないと判断し、クッコロは答えた。嘘も方便だ。本人が嫌がったら、解任して放免すればいい。

「御意」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る