第10話 魔皇への謁見
どうやらこの国の支配者に目を付けられたらしい。クッコロは眉根を寄せて考えた。思い当たる節は……いくつかあった。
(絡まれたオークの小隊殲滅したし、あと不法入国だし、このドラゴン逃がそうとしてるし)
けっこうな敵対行為をやらかしている。それにしてもいきなり魔皇はどうかと思うのだ。この手の事案は、警察的な官吏か憲兵の職掌だろうに。
まずはお茶を濁してみるか。
「人違いでは? あたしはしがない駆け出し冒険者で、そんな上つ方に呼ばれるような者じゃありません」
アルヴァント十二魔将の何某が冷たく言った。
「拙者の目は節穴ではない。しがない駆け出し冒険者が、そのように強大な魔力をまとうなどありえぬ」
(かませ犬ってわけじゃなさそうね。間合い入った瞬間斬られそうで怖いわ、この人。名前なんてったっけ? メーなんとかさんて聞こえたけど)
『アルヴァント十二魔将』のインパクトに気を取られて、名を聞き洩らした。
クッコロはこの後の展開をいろいろと想定し、損得勘定の算盤を弾く。
(転移魔法で逃げるのは、たぶん可能。けど今後の活動しにくくなるし、あまり得策じゃない気がするな)
ならば一戦交えてみるか。しかし相手の実力が未知数だ。
「ええと、魔皇陛下はこの国の君主ですよね? そのような雲の上の御方が、市井の冒険者なんぞに何の御用なんでしょうか?」
「貴殿が傑出した強者であるゆえ、魔皇陛下は貴殿に興味を懐かれた。ただそれだけのこと。他意などない」
「このドラゴンの封印を解いたからひっ捕らえに来た、とかじゃないんですね?」
「ほう。魔皇陛下の『縛鎖の魔法陣』を解いたと申すか」
(死中に活を求めるって、吉右衛門おじいちゃんの座右の銘だったわね。いっちょその方針で行ってみるか)
「同行はやぶさかじゃありませんが、いくつかお願いがあります」
「……承ろう」
「このドラゴン、外に解放してやってもいいですか? 出来れば、解放後の安全保障もセットで頂けるとありがたいです」
ブラフで吹っ掛けてみる。
「拙者の一存では返答致しかねる。暫時待たれい」
仮面の魔将何某が沈黙した。おそらくは念話による遣り取りの最中。
「主君の承諾を得た。今後、我が国の領土領空を侵犯しなければ見逃すと仰せだ」
「へ? マジですか」
「魔皇陛下は寛大なお方だ」
一瞬、魔法誓約を求めようか逡巡したが、へそを曲げられご破算になっては事なので自粛した。
ドラゴンに念話で語りかける。
『あなたを解放する承諾を取り付けましたよ』
『奇特な人間だな、おぬし。どういう風の吹き回しだ?』
『そりゃあなた、幽閉されて敵愾心に燃えるドラゴンを解放して、そのまま放置したら、大惨事勃発でしょ。行き掛けの駄賃に最後まで面倒見ますよ』
有り体に言うと気紛れだった。このドラゴンが高度な知性を備えていることと、街の安否を気遣う姿勢を見せたことが決め手だったかもしれない。
『転移魔法でご希望の場所へ送りますよ。魔皇国の人たちは、うちの縄張りから出てけって言ってますけど』
『小癪な奴らよ。しかし転移魔法まで使うのか……おぬし何者なのだ?』
クッコロは曖昧に笑った。
『何者なんでしょうねぇ。最近自分でも分からなくなりそうです』
『そうやって苦悩するのが若い者の仕事だ』
『したり顔で人生論はじめないでください。ちょっと齢食ってるからって偉そうに……あたし一応あなたの恩人ですよ?』
『すまぬ。先ほどから、おぬしに妙な親近感が湧いてな。何故だろうな』
『時が移ります。どこへ跳ばしましょう?』
ドラゴンは考え込んだ。
『しからば、ゼディーク高地に頼む』
ゼディーク高地――少し距離があるが大丈夫だろう。
『それではいきますよ?』
『うむ。いろいろすまなんだ。縁があればまた会おう。私の名はジルティス。憶えておくがいい。古の英雄より賜った誇り高き名だ』
『あたしはクッコロ・メイプルです』
ドラゴンの巨体が転移の燐光を残してかき消えた。
この時、クッコロとジルティスは奇しくも同じような考えに囚われていた。
(ん? どこかで聞いたような……)
(はて? 無性に懐かしい気が……)
仮面の魔将はクッコロの様子に刮目していた。
「転移魔法を操るとは……」
「お待たせしました。案内お願いします」
みてくれこそ十代の少女だが、魂はそれなりに老練なクッコロ。一旦腹を括ってしまえば、泰然自若としたものだった。
(さて、懐かしの宮殿か。いったいどんな伏魔殿になってることやら)
「案内いたす。付いてまいられよ」
通されたのは練兵場らしき砂地の広場。
(あたしが平民で異国人ってカテゴライズだとしても、ふつう君主への謁見って玉座の間のどれかだよね)
この国の宮中典礼が如何なるものか知らないが、これが一般的な謁見の形式とは思えない。
(だいたいこの後の展開読めるんですけど……やっぱ来なきゃよかった)
眼だけ動かして周囲を確認。魔皇の登場を待つ間、頭の体操で退路確保のシミュレーションを繰り返した。
(まぁ転移魔法あるから意味ないんだけど)
クッコロの後方に控える仮面の魔将メーなんとかさんを盗み見る。
(ただ、この人あたしの転移魔法見てるんだよね。何かしら対策打ってくるかな?)
ややあって、警蹕の者が呼ばわった。
「魔皇陛下御出座!」
儀仗兵を除く人々が跪いた。クッコロとて猫を被るくらいの芸当はできるので、人々に倣う。静寂の中、衣擦れの音と甲冑の擦過音が聞こえた。
「面を上げよ」
露台の上、赤絨毯の伸びる先にしつらえられた玉座に、金髪紅眼の蠱惑的な少女が座していた。肘掛けに頬杖ついて、クッコロを興味深そうに直視している。
(女の子? まぁ見かけ通りの年齢じゃないんだろうなぁ。あたしみたいのだっている訳だし)
「妾がアルヴァントじゃ。この国の元首を務めておる。聞いての通り、臣民どもは魔皇と呼んでおる。そのほうの名は? また生国はいずこか? 直答許す」
「は。クッコロ・メイプルと申します。遠い辺境の名もなき島国より旅してまいった者でございます。魔皇陛下」
「本日はいきなり呼び付けてすまなんだの」
アルヴァントの言葉に、近侍するオークの武将が狼狽する。
「畏れながら……このような下賤な人間に、そのように遜るのは如何なものかと。魔皇陛下の鼎の軽重が問われまする」
「この者は異国からの旅人と申したであろう。妾の禄を食んでいるわけではないのじゃ。それなりの礼節をもって接遇するべきであろう」
「は」
「我が国は尚武を貴ぶ国柄。クッコロほどのつわものなれば、敬意を払ってしかるべしである。いずれ我が社稷に招聘することになるやもしれぬでの」
(謹んでお断りします……)
「さてクッコロよ。地下水路に繋いでおったドラゴンを逃がしたそうじゃな」
「……はい」
その方向から難癖をつけてくる気か。
「あれはおいおい調教を施し、いずれ妾の騎竜として飼い馴らす予定だったのじゃが」
「申し訳ございません。意思疎通したら、なにやら絆されてしまいまして」
アルヴァントは愉快そうな顔。
「あのトカゲめ、そのほうには心を開きおったか。妾にはついぞ心底をさらけだすことはなかったがの。まぁそれはよい。そのほう、『縛鎖の魔法陣』を破りおったな。あれは妾入魂の自信作での、物理攻撃にも魔法攻撃にもかなりの耐性がある上、自己修復機能を付与しておったのじゃ。それを逆手に取って、よもや強化魔法で術式を破綻せしめるとはの。目から鱗じゃった。いい勉強をさせてもらったわ」
「おそれいります」
「もっともそのような真似のできる者が、クッコロ以外にそうそうおるとも思えぬが。妾がそのほうに強い興味を懐いた理由じゃ」
クッコロは天空の彼方に霞む青い月を一瞥した。
(上空にいっぱいいそうです……)
「今日ここにそのほうを呼んだのは他でもない。そのほうの実力、是非とも見とうての。見ず知らずの妾たちを前に韜晦する心情も理解できるのじゃが、ここは枉げて頼みたい。そのほうの力、この場にて妾に顕示してくれぬか」
(ん~のらりくらり誤魔化しても、拘束長引くだけかな。適当にこの人満足させて、隙見てずらかるのが吉かも)
「了解しました。ご期待に副えるか分かりませんが、頑張ってみます」
「おお、やってくれるか。妾の麾下にも一騎当千の猛者が大勢おるゆえ楽しみじゃ。して、誰が死合うかの?」
(なんか物騒なニュアンスに聞こえたけど……模擬戦だよねコレ?)
「メーベルト。そちがやるか? 先ほどから闘争本能が疼いておるようじゃが」
「陛下の御下命とあらば謹んで」
(え? メーベルト?)
クッコロは振り向いて仮面の魔将を注視した。
(なるほど。この人の名付け親がメーベルト大将軍閣下の伝記とか読んで、ファンだったんだなきっと)
クッコロはそう結論付け、したり顔で頷いた。日本人でも、歴史上の英雄豪傑にあやかって名付けを行う事例は枚挙に遑がない。信長とか龍馬とか武蔵などだ。
「お待ちあれ」
アルヴァントの傍らに侍る者のなかから、一武将が進み出た。
「アルヴァント十二魔将筆頭メーベルト殿のお手を煩わすまでもありませぬ。私めにお任せを。このような乳臭い小娘如き、鎧袖一触にして御覧に入れます」
クッコロは眉を顰めた。勇壮で結構だが、内容は弱者をいたぶって蹂躙してやると宣言しているに等しい。
「ほう。リカントロープ族の勇士セルドか。面白い。やってみよ」
(三国志とかじゃ、こういう手合いから死ぬんだけどね)
セルドが牙を剥いて獰猛に笑った。
「殺してかまいませんので?」
「構わぬぞ。弱者に用はない。ここで敗死するならば、それまでの縁だったということじゃ」
(言ってくれるわね。理想は接戦の末辛勝か惜敗だけど……舐めプも匙加減間違うとバレそうで、後の展開恐いしなぁ)
特に魔皇、仮面のメーベルト、サキュバスの女将軍、サイクロプスの老将軍――ざっと見渡したところ、雰囲気からしてこのあたりが油断ならない。
半狼半人の武人がクッコロの前に立った。
「俺はアルヴァント十二魔将の一体、狼牙将軍セルド。どこからでもかかってくるがいい。我が爪牙の餌食としてくれる」
「お手柔らかにお願いします」
あたかも剣道の試合のように一礼。
(こいつも十二魔将とやらの一人か……幹部クラスってことはそれなりなんだよね?)
『体表面被膜結界』を展開。『身体強化』を発動。
(幹部なら、10パーセントくらいから試してみるか)
クッコロから放出される魔力が徐々に濃密さを増してゆき、大気が共鳴するかのように鳴動。
「腕が鳴る。それでこそ殺り甲斐があるというもの」
余裕綽々でそんなことを呟いていたセルドだが、青天井で膨張してゆく魔力の暴風を前にやがて無言になり、笑顔が消え、ついには蒼白になって震えだした。
瞬時に距離を詰めてセルドの懐に潜り込み、軽く腹パンをお見舞い。セルドはくの字になって一直線に吹っ飛び、城壁に激突して瓦礫の山に埋もれた。
粉塵が拡散した頃、血だらけのセルドが這いだしてきてふらつく足取りでクッコロの前にやってきた。
「に、人間にしてはなかなかやるではないか……つ、次はこちらからゆ、ゆくぞ」
(あ、牙折れてる……)
「やめい」
アルヴァントの声が響いてセルドが静止した。
「見苦しい真似はやめよ。彼我の実力差も把握できぬ未熟者が。妾がそちに魔将の称号を与えたのは、そちの伸びしろを買ったからじゃ。魔将となってよりのそちの驕慢さ、ちと目に余るぞ。襟を正して出直すがよい。下がれ」
悄然と項垂れるセルド。憎悪のこもった目でクッコロをひと睨みすると、足を引きずって退出した。
「仕切り直しといくか。クッコロは無手を得意とするのかや? 格闘術にはあまり通暁しておるようにも見えぬが」
(鋭いな、この人)
「かつては剣を少々嗜んでおりましたが、今は剣を握れない体になってしまいまして。我流の格闘で凌いでおります」
「それは不自由じゃの。怪我か呪詛によるものか? 妾が診て進ぜようか?」
「いえ。おかまいなく」
「しかし得物を手にできぬでは、伯仲する敵と相対した際に困るであろう。例えば妾や、そこなメーベルトなどじゃ」
じわりと魔皇の闘気が鎌首をもたげる。クッコロはさり気なく受け流した。
「不幸にしてそういう修羅場に身を置いた場合は、逃げの一手ですかね。なにしろあたしは自由気儘な冒険者で、如何なるしがらみにも体面にも囚われませんので」
「自由か。羨ましいの。妾はしがらみで雁字搦めじゃ」
不意に、かつての主君たる少年皇帝とアルヴァントの姿が重なって見えた。
(陛下もあの夜、ぼやいておいでだったな。国家元首の宿命ってやつなのかね)
「さて、十二魔将のメンツもあるでの。妾が配下中随一の剣士、メーベルトを投入すると致そう。今度は前座のようにはゆかぬぞ。その者は百戦錬磨の剛の者。ちと戦闘中毒なのが玉に瑕じゃがの。存分に火花を散らすがよい」
(戦闘中毒……敵にしたらいちばん厄介なやつじゃん)
「畏れながら我が君。この者とセルドの立ち合いを見て確信致しました。拙者とこの者が互いに全力で戦えば、すくなくとも皇都の内廓全域が灰燼に帰しましょう」
「それは困るの。やむを得ん。興味は尽きぬがここらでお開きにしておくか。そなたらの対決は、後日の愉しみに取っておくと致そう」
クッコロは安堵の吐息をついた。
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