第6話 リスナル冒険者ギルド


 皇都リスナルと思われる都市上空に到達した結界玉群は、散開して情報収集を開始した。

(うわ、内廓は魔族だらけだな……宮殿はさすがに結界敷設してあるか。侵入難儀しそうだわね)

 人間族が多い外廓を主に探索。かつて殷賑を極めた帝都の繁栄には及ぶべくもないが、それなりの活況を呈しているようだ。冒険者風の人物に狙いを定めて、結界玉にて尾行。と言っても、リムリア大陸の冒険者事情に通暁しているわけではない。基本的に切った張ったの業界であるから、おそらくは粗野な荒くれ者が多いだろうとの予想の元、それっぽい者を選抜している。秋川楓が嗜んだMMORPG『最果て遺跡オンライン』の冒険者の人相風体をイメージの参考としたことは言うまでもない。

(結界玉――まさに千里眼ね。これといって弱点も見当たらないし、本当に凄い魔法。それにしても……プライバシーも何もあったもんじゃないわね)

 結界玉が無作為に拾ってくる映像や音声を吟味するクッコロ。日の高いうちから酒場に繰り出して痛飲し、乱痴気騒ぎの果てにくだを巻く者もいれば、娼館にしけ込んで、春を鬻ぐ美少女たちと行為の真っ最中という者もいる。

「まったく、冒険者諸君は元気だこと」

 クッコロは赤くなって感想を述べた。冒険者はいつ野辺に屍を晒すことになるか分からない稼業だ。だからこそ刹那主義の信奉者も多いのだろうし、子孫を残したい本能が人一倍強い連中も多いのだろう。好意的にそう解釈しておく。

(お、あれかな? リスナル冒険者ギルド)

 追尾中の複数の男女が出入りする建物を、大通り沿いの一等地に発見。


 不意に――クッコロを包む結界が、大剣の一閃を防いで甲高い音をたてた。街道からはずれた茂みの中。結跏趺坐の姿勢で魔法に集中していたクッコロは、薄目を開いて無粋な闖入者を見た。三十体ほどのオーク兵に包囲されている。謎言語でさかんにがなり立てるオークたち。

(前言撤回。この魔法にも欠点があったわ)

 膨大な数の結界玉は、大量の情報をもたらす。この情報を吟味する作業に没頭するため、術者本体の意識がお留守になるのだ。

「怪しい奴め、ここで何をしている?」

 隊長格のオークは人語を解するもよう。

(さっきの護送部隊の後続かな。面倒な)

「その風体。異国の者か。他国の間諜ではあるまいな。覆面を取って顔を見せよ」

(転移で逃げるか? でも、転移魔法あまり見られたくないな)

 クッコロは立ち上がった。オークたちの下卑た笑い。ミニスカートから覗くクッコロの瑞々しい太腿に、目が釘付けになっている。

(オークって異種交配で繁殖するんだっけ。ってことは、もしかして、今あたしは貞操の危機に直面してるのかしら?)

「何故黙っておる。これは連行して尋問する必要があるな」

(あたしが徒手空拳の子供だと思って侮ってるな、こりゃ)

 オークたちが一斉に剣を構えた。クッコロの溜息。

「……あたしは今、異世界の平和ボケ国家の価値観にかぶれててね、これがけっこう気に入ってるんだ。お互いの為にも寝た子を起こさないでほしいんだけど」

「何を戯言をぬかしおるか。ひっ捕らえい!」

 オーク兵たちがクッコロに殺到しようとした瞬間、クッコロの転移魔法が発動。オークたちの首から上だけを、湖の沖合に強制転移。頭部を失った三十数体のオークは、血煙あげて次々に斃れ伏す。まさに一瞬の出来事。

(思った通り、転移魔法は敵の制圧にも使えるわね。それはそうと、どうしようコレ……)

 死屍累々のありさまを一瞥して考え込む。先ほど遭遇した護送部隊における奴隷たちの扱いをまのあたりにして、感情がささくれ立っていたのかもしれない。

(このままはまずいよね、さすがに)

 思案の末、ここからほど近いアレク大森林にオークたちの死体を転移することにした。あの一帯は大型の魔獣も多かったと記憶している。森に肉塊を遺棄すれば、食物連鎖の円環に取り込まれ、遠からず母なる大地に還るだろう。アルヴァント魔皇国のものらしき紋章の入った武具類は、念のため回収して『空間収納』へ仕舞う。

(魔石核もいちおう摘出しとくか。もったいないし。魔力波走査で位置を特定して――転移でちょちょいのチョイっと)

 全ての作業に要した時間は、転移魔法の恩恵を遺憾なく享受して、たった十秒ほどであった。



 目星をつけた建物付近の路地裏に転移したクッコロは、しれっと大通りの雑踏に紛れ込む。

(不法入国一丁上がり)

 日本でオンラインゲームをプレイしている時のような高揚感がなかったといえば嘘になる。クッコロは胸を高鳴らせつつ冒険者ギルドの建物に足を踏み入れた。

(おおーまんまゲームかマンガの世界だなこれ)

 ごった返すエントランスロビーで、揃いの制服を着たギルド職員をつかまえ訊いた。

「あのーすみません。冒険者の新規登録したいんですが、受付どちらですか」

「十三番から十七番の窓口になります。順番待ちの列にお並びください」

「ありがとう」

 クッコロは殊勝な態度で行列の最後尾につく。手持ち無沙汰だったのか、前にいた朴訥そうな男が話しかけてきた。冒険よりは野良仕事が似合いそうな男だ。

「お嬢ちゃんも新規登録か。遠方のお人かい?」

「ええ。この街のギルドは随分賑わってますね」

「農民崩れがみんな冒険者になるもんだからよ。かく言うオラも農家の三男坊なんだけどな」

 男は自嘲気味に語った。

「大きな声じゃ言えんが、租税の取り立てが厳しくてな。税金滞納で奴隷落ちなんて話はざらにある。この国じゃ農民は生きにくいわけよ」

 話好きな性格らしい。聞いてもいないのに、ぺらぺらと饒舌に情報を垂れ流す。

「その点冒険者は税金も優遇されててな。ギルドの冒険者証を欲しがる奴がごまんといるわけさ」

「なんで冒険者ギルドが殊更優遇されてるのか不思議に思ってたんですが、お上とギルド上層部が癒着してるんですかね?」

「少なくとも利害は一致しているんだろうな。この都の地下には、でっかい水路網が張り巡らしてあるんだと。ゼラール帝国の帝都だった頃からあるらしいんだが、ここの下層が地下迷宮化してるらしくてな。人手がなんぼでも欲しいんだとさ」

「あーなるほど。納得です」

 地下空間に長い歳月をかけて魔力溜まりができると、異界に通じる次元の穴が生まれることがある。この現象が『地下迷宮化』と呼ばれる。次元の穴から溢れ出す異界の凶悪な魔物は、為政者にとっては駆除すべき害獣であると同時に、稀少素材をもたらす有益な資源でもある。この魔物を目当てに、一攫千金を夢見る冒険者や商人が蝟集してきて、巨大な経済活動が発生するわけだ。国家にとってはまさに金のなる木であろう。

(帝都の地下水路、懐かしいな。昔もちらほら魔物が出てたけど、深層が地下迷宮化してたのか)

 遠い昔、まさに話題の地下水路から帝都郊外へと落ち延びたのがベルズ十五世だ。あの時はクッコロ・ネイテールもまた護衛の一人であった。異世界に転生した自分が、再びこの地に到ることになろうとは。数奇な運命の変転と言わざるを得ない。

 人間生きていれば、排泄は逃れ得ぬ生理現象だ。王様だろうが乞食だろうが、美女だろうが醜男だろうが、飲み食いすれば出るものが出る。村落程度の人口であれば、川に捨てるなり穴を掘って埋めるなり、自然界の浄化作用の許容範囲で暮らしてゆけるのだろう。しかし数十万の人口を抱える都市では、毎日大量生産される排泄物によって都市の土壌と水が汚染され、疫病が頻発するようになる。古代国家の多くが、数十年おきに遷都を繰り返した主な理由がこれだ。この点、三千年にわたって首都を移動しなかったゼラール帝国は異色である。建国帝ミューズ・フォン・サークライは、当時の人物としては卓越した衛生観念の持ち主だったようで、帝都上下水道の整備と屎尿処理技術の開発には、かなり心血を注いだと伝わっている。その成果がすなわち地下水路網であるわけだ。


 半時ほども待って、クッコロの順番が巡ってきた。

「お待たせ致しました。こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします。代筆をご希望なさいますか?」

(紙の品質もだいぶよくなったんだねぇ。そりゃそうか、ベルズ十五世陛下の治世から三世紀も経過してるらしいし)

 かつて紙は高級品で、王侯貴族の道具だった。現在は冒険者ギルドのカウンターで普通に使用される程度には普及しているらしい。ならば識字率もそれなりに向上しているのではないだろうか。

「代筆お願いします」

 ゼラール語は現在、大陸公用語と呼ばれている。会話にも読解にも支障ないレベルで勘を取り戻したが、筆記だけやや心許ない。

 記入事項は名前と年齢と生国といった当たり障りのないものばかりで、下調べによると、虚偽の内容で登録しても別段お咎めはないらしい。日本国の公文書様式の煩雑さを知るクッコロとしては、拍子抜けである。

「けっこうです。あとは入会金をお支払いいただくか、実技試験の受験かを選択できます。入会金リムリア小金貨一枚を納付した場合、実技試験は免除となりますので、大抵の方は入会金納付を選択されます。その後旧館講堂で新人研修を受講していただき、冒険者登録は完了となります」

 リムリア小金貨一枚――貨幣価値の目安が分からないので、高いのか安いのかいまいちピンとこない。

(しまった。所持金がないんだった)

 その旨正直に伝える。受付嬢はごく事務的に振る舞っていたが、クッコロが実技試験を選択したところ、一瞬憐憫の眼差しを向けられた。

「ではこちら受験票になります。渡り廊下から旧館訓練場へお進みください」


「お嬢ちゃん。老婆心ながら言わせてくれ。金の都合がついてから、日を改めて登録したほうがいいぞ」

 先ほど会話を交わした男が忠告してきた。

「先月オラの同郷のもん何人かが入会金ケチって受験したんだがな。全員重傷負って、まだ床に臥せってる」

「試験内容はご存知です?」

「訓練用ゴーレムと模擬戦やるんだと。勝てば合格。負ければ不合格。まぁ単純明快ではあるな。合格率は三割ほどらしいぞ」

 クッコロは安堵した。人間相手でないぶん幾許か気が楽だ。


 訓練場で土ゴーレムと対峙するクッコロ。青の月アグネート滞在時、衛士たちの戦闘訓練でゴーレムを見せてもらったことがある。オリハルコン製のゴーレムだという説明を、フェルド衛士長から受けた気がする。あれよりはだいぶ簡素なフォルムの、目前の土ゴーレム。

「あの娘っ子、実技試験受ける気か」

「あの細腕でか。馬鹿な奴だ」

「試験舐めて、入会金ケチったクチだろうなぁ。怪我しなきゃいいが」

 外野からそんな囁きが聞こえてくる。クッコロは挙手して髭面の試験監督に訊いた。

「壊しても問題ないんですかコレ? 後で弁償とかありませんよね?」

 妙なところで小市民気質を引きずるクッコロ。

「代わりはいくらでもあるから、壊してかまわんぞ。壊せるものならな。む? お前、得物はどうした。控室の武器、好きなの使っていいんだぞ」

「武器は使えないので素手で。魔法は使ってもいいんですか?」

 訓練場に居合わせた人々がざわめいた。

(そういや魔法使いは稀少なんだっけか。アグネートは高位魔法使いだらけだったから失念してたわ)

「お前魔法使いか。事実なら有望な新人つうことになるが……まずはお手並み拝見といくか」

 意図せず注目を集めたらしい。固唾をのむ野次馬たち。

(魔石核はあそこね)

 魔力走査で土ゴーレムの魔石核の位置を把握。体表面を覆うイメージで結界の被膜を自分に展開。

(素人格闘術だけど、まぁ『結界』と『身体強化』併用でごり押しするか。あんまり目立つとなんだし、まずは出力1パーセントから様子見かね)

「制限時間は三十分。それでは始め!」

 試験監督の合図とともに、『身体強化』を発動。途端に闘気の暴風とでもいうべきものが吹き荒れ、訓練場アリーナを包む結界が罅割れて消失。建物全体が軋みをあげて鳴動する。

 クッコロは瞬間移動と見紛う速さで土ゴーレムの前に立つと、魔石核をデコピンの一撃で砕いた。形状を維持できなくなったゴーレムが崩れ落ち、土くれの山となる。

 静まり返る訓練場内。放心して固まっている試験監督の判定を辛抱強く待つクッコロ。

(思ったよりあっけなかったな。あたしが女子だから手加減してくれたのかな? そうかもね)

 申込書の審査も杜撰な感じだったし、なにより金次第で実技試験免除という慣行がまかり通っている組織だ。試験の難易度など推して知るべしだろう。

(合格率三割とか言ってたけど、こりゃあのおっちゃんに担がれたな)

「そ、それまで。クッコロ・メイプルを合格とする。なおお前が希望すれば、飛び級の試験を引き続き受けることが可能だ。どうする?」

「飛び級?」

「平たく言うと、見出されず不遇をかこっている実力者を手っ取り早く発掘しようという制度だな。我々も即戦力を早めに迷宮探索の最前線に投入したいのでな」

 ギルドの冒険者には十一のランクが存在するらしい。下位から順に、


 アルボー

 フェルム

 キュープラム

 アルゲント

 アウル

 白金プラチナ

 霊鉄ダマスク

 魔銅アダマンタイト

 聖銀ミスリル

 神金オリハルコン

 熾白金ヒヒイロカネ


 クッコロは謎の処世術を発揮して、熟慮するふりをした。が、答えは決まっている。

「うーん、あたしまったり活動したいので、飛び級とかいいです」

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