四十六の節 ハドの決意。 その三
「アラームの言う通り、やはり来たのか。入れ」
「本当に、済みません」
「判っていた。気にするな」
日頃、アラームの
長身の二名がいる部屋は手狭に見える。その代わり、男性陣でありながら華やかで、上質な一室に絵画のごとく風景となっていた。
迎え入れたアラームには、変化があった。左肩掛けの
長身も手伝い、黒装束は金属製の装飾も
黒蝶貝製の
そんな事を把握しているのは、製作者と
「こちらに来て、お掛け」
ハドとリルカナに椅子を譲り、アラームは
「その前に、確認をしたい」
アラームが、やや表情を
「は、はい、何でしょう」
「簡単に、我々を信用して善いのか? あの頃とは名前も違う。容姿も、ヒト族とは掛け離れているのに」
「シザーレで助けてくださった、パシエ先輩に間違いありません」
ハドは自信を糧に先程の緊張を抑え付たらしく、真っ直ぐアラームを見据え堂々と答えた。
「見上げる程の身長でしたし、一度見たら忘れられないくらい整う口元。ヘイゼルみたいな
アラームは、
「
改めて、ハドは
「被毛の色、死地から救い出してくれた
ハドの言葉に、リルカナが続く。
「パシエ? アラーム? の、目は綺麗よ。とても素敵。
リルカナは、目尻が上がる大粒の黒い瞳を、
「それに、夫と少し似ているわ」
「駄目だよ、リルカナ。呼び捨ても、話しの内容も失礼だよ」
「大丈夫だよ、呼び捨てで。そうか、
遠回しに
「さて、本題に入って
「実は、クリラの生き残りを、スーヤ大陸に案内すると言い出したのは僕です。スーヤ大陸で起きている事件の数々は、僕も知っています」
アラームに促され、言葉を選びなら、ハドは恐る恐る語り出す。
「混乱に乗じて、クリラ族に名を上げて
「クリラ族を、純粋な戦闘民族に仕立てようと言うのか? 第二の、オ・ニギ族にするつもりか?」
ハドは、黒い瞳を反らした。様子から判断したアラームは、相手を変えた。
「それで、クリラ族のお嬢さんの意向は、どうなんだ」
「リルカナよ。お嬢さんなんて呼ばれる歳でもないわ」
「失礼、リルカナの意向は? クリラ族から出た意見でも
「正直、バラバラよ。叔父達は、一番の友好関係にある、スクマ族に土地や家畜を借りて、立て直しを図りたいみたい。愛馬と最低限の家畜は残してあるわ」
スクマ族は、
主に、標高
痩せた土地は広大だが農地に適さず、遊牧地を移動しながら家畜を育て、食肉、乳製品、毛皮等々で細々と生計を立てている。
要は、
「現実的ではないよな」
「叔父達は、それを承知で述べているわ。女性達も、他の生き方なんて知らないし、どの道、急に適応出来るとは思えないのが本音よ」
「何て言うのかな」
「状況ってさ、急に変わる事がある。それは時代の流れであったり、世界の変革だったりする」
アラームは斜め右方向にある、揺れる暖炉の炎に視線を向けた。
「時流に乗る者。過去に固執するあまり、疲弊して擦り潰される者。流されれるまま、それぞれの世界に堕ちる者。それはそれは様々だよ」
暖炉を眺めるアラームの横顔を、
「ハド」
「は、はい」
「人類は文明を築き上げ、同時に理性や教養、概念と言う名の
ハドの隣に陣取るリルカナは、アラームの言葉を注意深く耳に入れる。
「私が敷いた道理でもない。人類が築き上げた文明や概念を、私が意見を差し入れ、破壊する事は筋違いだと感じている。それは、人類同士でも言えるのではないかな?」
アラームは長い手脚を支えに前傾姿勢を取りながら、暖炉の様子を見続ける。
「枠組み、敷かれた秩序を壊して善いのは、同じ場所にいて同じ環境に身を置く者。もしくは、自ら作り上げた者だけだ」
「誰かが築き上げたそれらに部外者が手を出し、破壊してしまっては、二度と元に戻る事はない。それが後悔する程に尊く、
姿勢を戻したアラームの
「グランツ・ハーシェガルド。覚えておいて欲しい」
ハドの背筋が伸び、得も言われぬ感覚を
「先程も言った。人類は、
「何でしょう」
「ハドは、クリラ族の文化を潰す事に耐えられるのか?」
眉間に若い
意を決したのか、ややあってハドは歳に合わない童顔を上げた。
「僕は、生き延びる事が何より最優先するべき解答だと思います。現に、クリラの人達は生きています」
アラームは、ハドではなくリルカナを見た。異郷の視線を受けたリルカナの黒い瞳は、力強く生きる意思を宿したまま、アラームを見返した。
「カヤナ大陸には、誰も立ち入ろうとしない土地がある。そこに向かおうか。そこには、二十万人を住まわせるだけの都市が森の中に沈んでいる」
「まさか、ザファイレルの事を言っているの?」
アラームの話しに含まれる特徴に、リルカナが血相を変え、勢いのまま言葉を繋げる。
「駄目よ! あの土地は、誰も立ち入ってはならないわ。クリラ族の、いいえ、カヤナ大陸に存在する
リルカナは、感情的に声を荒げた。
「聖地? 居場所? 奪った張本人達の末裔の分際で、よくも言えたものだな」
整い過ぎる鼻梁の先からアラームは、小さな小さな
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