69,クリエイターの闇
茅ヶ崎駅を出発して約30分後、里山公園に到着。沿岸部より空気が軽く、澄んでいる気がする。
天然芝生の丘を下る長いローラー滑り台は変わらず子どもに人気で、僕らは場違いな存在の気もする。滑り台に沿って整備された道を下り、空いている適当な芝生の上に僕が持参したレジャーシートを広げてみんなで腰を下ろした。
「いやー、いいねピクニック! いつも家に籠って漫画描いてるからこういう緑いっぱいで開放的な場所がすごく心に染みる」
両手を突き反り返る友恵の胸部にはまぁまぁなサイズのふくらみがあり、本能的に目を遣るも、公衆を含む周囲にスケベ心を悟られぬよう瞬時に目を反らした。しかしそれに気付いた友恵は髪を垂らして反り返ったままニヤニヤし、長沼さんは穏やかな眼差しで僕を見ている。
やめて、せめて見て見ぬフリをして!
ちなみに三郎と美空はそうしてくれた。紳士的だ。いや、淑女的?
美空が焼いてきてくれたサクッふわっなスコーンをお供に緑の風を浴びる僕ら。未成年者はペットボトルの無糖紅茶、長沼さんはミニボトルの地元醸造フルーツビールをぐびぐび流し込みご満悦の様子。いずれもバスに乗る前、駅前の酒屋で購入した。
「あー、昼から呑む酒も心に染みる~」
なるほど、アニメキャラクター越しの長沼さんは「もうお兄ちゃん!? 早く起きないと遅刻しちゃうよ!?」だけど、3次元になると「あーうんまい!」なのか。
キャラクターと役者は別人だし、人はいくつもの顔を持っているもの。
僕はちらり美空を盗み見た。するとそれに気付いた美空も僕を見てお互いパチクリと睨み合いになったので、こくりと会釈をしたら彼女も会釈して一件落着。
その様子を他3人は「なんだこいつら?」と言わんばかりに不思議そうに見ていた。
「さて、清川真幸監督」
友恵が言った。
「監督?」
と僕は返した。
「そうだよ。なんのためにここまで来たと思ってるのさ」
「ピクニック」
「は?」
やばい、いつも気さくで笑顔の絶えない友恵が珍しく鬼の形相だ。
「ごめんなさい他に意図があったんですね」
「うん、真幸に作家デビューをしてもらう意図がね。って言ってもまだプロデビューじゃないからそんなに気構えなくていいよ。あくまでも私たちだけでつくるってことだから」
里山公園に来たのはいつも海からインスピレーションを得ているだろうから、たまには趣を変えてみようとのことだった。
「でも、言うまでもなくアニメをつくるってすごく大変だと思うよ」
「そうだね、だから今回はピクチャードラマでどう?」
「ピクチャードラマ?」
「ピクチャードラマっていうのは、そのまま絵のドラマって意味で、例えれば紙芝居的な? それをアニメ調の画風でつくるの」
「つまりアニメ絵だけど紙芝居みたいに静止画のまま台詞が吹き込まれるってこと?」
「そう。それならできそうじゃない?」
「でも僕、絵は上手に描けないし……」
「大丈夫、真幸はシナリオとコンテ担当で、絵は私たち3人で清書するって話になってるから。ね?」
友恵が三郎と美空に目配せすると、二人は首肯した。
ぼ、僕を省いて企画を進めたな!
あぁどうせ僕なんか素人でろくに絵も描けないし物語だってつくれるかわからないし何もできないクズだから3人で秘密裏に進めたほうがスムーズですよねそうですよねそうに決まってるああああああああああああ病み闇病み闇まぢ病み闇進行……。
「それで、どんな物語にするの?」
長沼さんが友恵に訊いた。
「それを真幸に考えてもらうの」
「おおすごい、原作なしの完全オリジナルじゃん。てっきり友恵ちゃんが描いたお蔵入り漫画をピクチャードラマにするのかと思った」
「あぁ、いつか世に出したい漫画はあるけどストーリーが固まってなかったり他の作家さんとの合作で1年以上も原稿が届かなかったりで……。向こうが企画自体覚えてるのか確認したり連絡を取るのも怖くて。あ、やっぱその話ナシでとか言われかねないから……」
「あ、あぁ、そ、そっか、ごめん、なんか……」
「ありますよね、そういうこと……」
美空が目元から上に陰をつくり、何かを思い出したかのように言った。
「え、そういうのって、スケジュールを決めてやるんじゃないの? 何月何日ころまでに原稿見せるからよろしくとかそんな感じで」
「そうだよ。何月ころに上げますとか何月になったら連絡しますとか向こうは言ってくるけど、それを守ってくれる作家って、どれくらいいると思う?」
友恵の目元から上も陰に染まり、まぢ病み苦笑でヘラヘラしている。
「あぁ、二人とも、こんなさわやかな場所でクリエイターの闇に浸っているわね」
「三郎はそういうのないの?」
僕が訊ねた。
「スケジュール変更はあるけれど、そういうのが発生したら基本的には関係各位に伝わるようそれぞれがちゃんと連絡を取り合うわね。途中でプロジェクトから逃げ出した人もいたけれど、お先は明るいかしらね?」
「なるほど……」
としか僕は答えられなかった。
「っていうか君たち、元OLの私から見たらそんなのクビだからね? 自分がやられたことを他の人にやらないように。もしやっちゃたら謝ってちゃんと提出して信頼回復。最低限これができないとどの業界もだめ」
長沼さんが元OLとは知らなかったけれど僕はわざわざそれに突っ込まず、黙ってそのごく常識的な話を聞き、神妙な面持ちで首肯した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます