2007年4月上旬 里山公園と江ノ島
68,声優さんと知り合った
『この車は、茅ヶ崎50系統、
発車時間を待つバス。路線バス独特のやわらかい声色の案内放送が流れた。
昨年夏休み以来の茅ヶ崎駅北口からバスに乗車。ビルに囲まれた北口 ロータリーは南口 ロータリーの3倍くらい広くバス乗り場もたくさんあるので迷いやすいけれど、山間部へ向かうバスは銀行が目の前にある1番乗り場から発車なのでわかりやすい。
日曜の昼下がり、乗車率は普段利用している辻堂駅南口行きよりやや高く、席はほとんど埋まっている。
「こうしてみんなでお出かけするのは久しぶりね」
最後部の5人掛け座席。左の窓側に座る三郎が言った。
「今回は久しぶりというかごちゃ混ぜだけどね」
三郎の隣に座る僕と先ほど知り合ったばかりの成人女性を挟み友恵が三郎に言った。美空は右の窓側で大人しく座っている。会話に入れないやつだ。僕もよくある。
◇◇◇
遡ること30分、僕らは茅ヶ崎駅南口の線路沿い、交番横にある白タイルのベンチスペースで落ち合う約束をし、僕は同じ系統のバスを利用している美空とともにここへ来た。
『今度の、6番線の、電車は、13時、21分発、普通、熱海行きです』
思えばこのくらいの時間、小学校低学年くらいから休日はよく駅前にいる。電車に乗って出掛ける機会は少なく、なら何をしに来ていたのか。最近はすぐそばのコンビニ横にある小さなラーメン屋によく行くけれど、その前のことはよく覚えていない。
記憶って曖昧だな。本来なら駅前を通過するという途中経路よりも用事のほうを覚えているだろうに、あまりに同じ時間ここをよく通るものだから、その記憶が定着したようだ。
雑踏の足音、ガヤガヤした通行人の喋り声、バスのエンジン音、駅ホームから聞こえる案内放送、ギュイイインと独特の音を発して滑り込み停車する4ドア湘南電車の音、歩行者信号のピッポッ、ピッポッというシグナル、そしてごく僅かな潮風。
「来ないなぁ」
不意に心の声が漏れた。
ここに来てから約10分。僕らの真横を3本の電車が着発し、西へ向かった。
「待ち合わせは13時半だから」
美空が言ったとき、
「おー! ごめんごめーん!」
友恵が現れた。三郎と、見覚えのない女性もいっしょだ。
「ごめんごめん、ちょっと都内で打ち合わせがあって、いま戻ったんだ」
「ごめんなさいね、私も友恵とは別件だけど打ち合わせがあって。そちらがお友だちの星川さん? 私、真幸と友恵の同級生で、宮ヶ瀬三郎といいます。よろしくねー」
「はい、星川美空と申します。こちらこそ、よろしくお願いしますね!」
はい、美空百面相ですね!
これで三郎と美空の接点もできた。ところで……。
「おやおや真幸くん、このクールでスレンダーな大人の女性に一目惚れかい? それとも有名人だと驚いてる?」
友恵がそう言うも、残念ながらいま友恵と三郎の間に立ってにこにこしている身長164センチくらいの黒いトップスと白いパンツがよく似合うこの黒髪ショートの女性を僕は知らない、と思う。
ちなみにパンツとはパンティーではなくズボンのこと。
うーん、この女性はいったいどんなパンティーをお召しになられているのだろう?
そんなことを考えながら、僕は発して良い言葉が思いつかず、首を傾げた。
「はじめまして、真幸くんと美空ちゃん。私、
長沼真央? いやいやまさか、でも、有り得なくはないか?
「清川真幸です。よろしくお願いします」
「星川美空です。よろしくお願いいたします!」
「うん、よろしくね!」
「真幸、アニメ作家志望なのに真央ちゃん知らないの?」
やっぱりそうか。友恵の問いで、僕の勘は正解だと九分九厘思った。
「あの、声優さんの?」
「ザッツライト! 私のこと知っててくれてたんだぁ! ありがとう!」
「え、あ、はい! ご活躍をアニメ越しに拝見させていただいております!」
驚いた。春休みからレンタルDVDで最近のアニメをよく見るようになったのだけれど、その多くの作品に彼女の名前が載っている。名前だけ知っていて姿は知らなかった人だ。
妹系、後輩系、メイドの役が多く演じ、いま目の前にいるクールな雰囲気の女性が「おかえりおにぃちゃん! クッキー焼いて待ってたよ!」とか「セ、センパイ、あの、あのっ……」とか「お帰りなさいませ、ご主人さまっ!」なんて言う姿が想像できないし、声色もアニメキャラクターのロリボイスとまるで違い、透き通っていて、なのに語尾はアクセントのある印象的だ。
友恵によると、友恵と三郎が東京駅から乗った電車の同じ車両に、途中の
長沼さんは27歳で、高校を卒業した9年前に都内から家族とともに茅ヶ崎へ越してきたという。
ということで、長沼さんが飛び入り参加でこれから創作の取材を兼ねたピクニックだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます