67,サザンコロッケ
「うーん! うまいうまい!」
「この少し大きめに微塵切りされたタマネギの食感がいいですね」
「うん。このサザンコロッケも美味しいよ」
いつものようにひょっこり現れた美空を交え、僕ら三人は松ヶ丘緑地のベンチで木漏れ日を浴びながら友恵と美空はメンチ、僕はサザンコロッケを頬張っていた。ソースは香川屋で自由にかけられるので用意不要。
サザンコロッケはイモと挽き肉のコロッケに粉砕したワカメを混ぜたもの。磯臭さのない海辺の街らしい逸品。
食べ終わるまでの暫しの間、僕らは無言で木々の葉が擦れる音や小鳥のさえずり、車の行き交う音や子どものはしゃぎ声を聞いていた。
友恵も美空も食べているときはまるっこいハムスターみたいに両手でメンチの入った紙の小袋を持ち、もきゅもきゅしていて動物的にかわいい。
「そういえばうちの街って『サザン』が付くもの多いよね」
「そりゃ聖地だもん。最近だと敢えてひらがなで『ちがさき』って表記するブランド商品も出てるよ」
「友恵ちゃん、詳しいですね!」
「商店街に住んでるからね! 色んな情報が入ってくるよ! そうだ美空ちゃん」
「はい?」
美空はにこにこと返事して、続きを促した。
「いっしょにラブホ行かない?」
なんで!? なんでこの流れでラブホなんだ! しかも美空は女子だぞ!
如何わしいビジョンが脳内上映されると同時に、友恵は欲求を満たしてくれるなら誰でもいいのかと疑問が浮かんだ。
「ラブホですか? いいですね! 行ってみたい!」
いいのかよ!? 私、情事には興味ありませんみたいな素振りの美空だけれど、実は色々アレなのか!?
「大きなお風呂に貸し切りで入れて、浜辺の日の出をお部屋から見られる! 家族旅行でお泊まりに行ってもなかなかそういったことはないですし、茅ヶ崎で見られるのならお手軽ですね!」
純粋な文言に聞こえるけれど、ラブホの内装を知っている時点でアウトだ。そうなのか、ラブホってただベッドと簡素で狭い浴室があるだけじゃなくて広いお風呂もあるのか。僕は知らなかったよ……。
「よーしじゃあ決定! 真幸も行く?」
「いや、あの、年齢制限が……」
「あ、真幸はお子ちゃまっぽいからね。年齢誤魔化せないか。あーでもなんかどっか遠くにお泊まり行きたいなー」
「遠くといえば、なんかごめん、友恵の家から随分離れちゃったね」
「いいよいいよ! 私あんま帰りたくないし」
僕はなんとなくその理由を察していて、美空はどうなのか知らないけれど、表情を変えず黙っている。
「そんなことより改めて聞くけど、真幸はアニメ作家で、美空ちゃんは絵本作家になりたいんだよね?」
「うん」「はい」と、僕と美空は同時に首肯した。
「おけ。じゃあ私が手伝える範囲で手を引いてみる」
たった一つの返事と首肯。それが僕らの世界をじわりじわり変えてゆくことになる___。
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