66,アイスと昔話と香川屋分店

 友恵はよく卑猥な発言をするし、そういうことに興味津々ではあると強く思う。しかしいざ誰かとそういう行為に及ぼうかというところまで至ったときは躊躇いを見せる。昨年2学期の始め、松ヶ丘緑地でのワンシーンを思い出した。


 ただ、友恵自身が単純に自らの発言や思想を棚に上げて他者を下劣で淫猥いんわいと見ている可能性もないとは言い切れない。


 それが、僕の脳裏によぎった友恵の二つの思考。


 いつもニコニコ気さくな友恵でも、そう単純じゃない。表面に出している態度がその人のすべてではない。


 そういった意味では気分で態度をコロコロ変えるわかりやすい美空より、友恵のほうが複雑だ。


 ただ桜並木の下を歩くだけのお花見を終えたら市街地をぐるっと巡ってランチ代わりの食べ歩き。


 旧東海道の国道1号線を東へ進み、映画館もある大型商業施設の前を通ってアップダウンが激しい松並木の歩道を東へ進む。車道にはひっきりなしに自動車が往来しているけれど、路線バス渋滞も珍しくない茅ヶ崎で、この区間にそれはあまり通らず、藤沢駅行きのバスが乗客まばらで僕らの横を掠めて行った。


 黄色い建物のスポーツクラブがある交差点を右折して坂を下り、東海道線をくぐる本村ほんそん地下道を抜けると、日頃の行動範囲に入って安堵感を覚えた。地下道の目の前にある交差点の横断歩道を渡ると、僕の家がある東海岸エリアに入った。


 茅ヶ崎駅南口と東隣の辻堂駅南口手前までを結ぶ桜道というその道に入った。若松町わかまつちょうにある某大手アイスクリームチェーンで僕はチョコレートミント、友恵はパチパチはじけるキャンディーが入ったフレーバーを選んでコーンに乗ったそれを店外テラスでペロペロいただく。


 適度な陽射しとうららかな風が心地よいけれど、それは早く食べないとアイスが溶けてしまうという意味を持つ。


「あぁ、懐かしい味だ」


「チョコミントは定番だもんね」


「うん。昔このチェーン店が駅北口にあったとき、母親に連れられて僕一人だけでよく食べてた」


「ああ! そういえばあったね! いま立ち食い蕎麦屋さんになってるとこ! あそこなくなちゃったのまだ幼稚園入る前くらいじゃなかった?」


「そうかも。小さいころの記憶って、意外と残るんだね」


「だね~。北口はペデストリアンデッキができて、いくつかビルが建て替えられて、3歳のときに駅ビルが増床したりでけっこう変わったよね」


「ああ、駅ビル! そういえば! 茅ヶ崎は人口が増え続けてるから、10年くらいしたらまた増床するかもね」


「え!? あれ以上どうやっておっきくするのさ。バイアグラでも飲ませるの!?」


「ビルにバイアグラ飲ませてどうするんだよ!? でも確かにそうだなぁ。やるとしたら線路を跨いで南口からも出入りできるようにするとか」


「チャリ置き場と牛丼屋と焼肉屋あるじゃん」


「う、うーん、確かに。仮にあそこを更地にしてまで増床したら茅ヶ崎どんだけ都会なんだよって話だよね」


「でも案外そうなっちゃたりして」


「なったらすごいね」


「夢物語だね」


 アイスを食べ終え裏道の住宅街を抜け、薬店チェーンの前からラチエン通りに出た。なんとなく僕の家のほうへ歩いてきたけれど、友恵の家からはだいぶ離れてしまい申し訳ない気持ちになってきた。


「よーし、ここまで来たらメンチだね!」


「お店やってるかな?」


「やってなかったら呼んで揚げてもらう」


「やめろいくら顔なじみだからって」


「真幸もよく香川屋かがわや行くの?」


「行くよ。主に土曜のメンチ特売日。むしろ友恵がここまで来てるのにびっくりだよ」


「そう? 逆に茅ヶ崎海側で香川屋知らない人のほうが少なくない?」


「うーん、言われてみれば。よくメディアに取り上げられてるし」


 ラチエン通りに佇むこじんまりとした精肉店、香川屋分店。開店時間の昼間から夕方にかけてひっきりなしに客が訪れ、土曜のメンチ特売日には店外にまで行列ができるほどの人気店だ。友恵が言ったように茅ヶ崎海側地域での知名度は高く、学校でも話題に上がるほどだ。


「ヘイいらっしゃい。おう友恵じゃん! 彼氏?」


 収容人数10名くらいの小さな店舗。僕らと入れ違いで先客のおばちゃんが買い物を済ませ店を出た。ショーケースにはメンチやコロッケ、串カツなどが揚げ物類が並んでいて、肉は申し出れば奥から出してくれる。


「友だち! ていうかこの店に来るって言ってたけど覚えてないの?」


「ん?」


 いくらか年上と見られるちょっとイケイケな感じのアンチャンが僕をギョッと見る。怖い。怖いよ……。


「あっ、ああ! 来る来る! そういえば!」


「ど、どうも」


「うっす。いつもありがとう!」


「あ、いえ、いつもおいしくいただいてます」


「あんがとよ! 今後ともご贔屓に!」


「は、はひいいっ!」


 人見知りの僕は怖じ気づき、声が裏返ってしまった。


「おっとお客さん来た。ヘイいらっしゃい!」


「どうもこんにちは~」


 僕らの背後に、アンチャンの正面に現れたのは、初めて出逢ったときと同じ格好をした美空だった。

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