2007年4月

65,高校進学・ラブホ日和

 バレンタインデーから二ヶ月弱が過ぎ、茅ヶ崎に春が訪れた。


 美空からもらったチョコは鬼と星の形をした一口サイズで食べやすく、カカオの風味と適度なミルク感がお世辞抜きに美味しかった。カカオ豆からの手作りチョコという、確かに素人にしては根気が要る鬼のクッキングだと思う。


 多面性のある奇想天外な子だけれど、チョコには確かに真心が込められていて、彼女の人間らしさを感じられた。


 友恵のチョコは市販品を溶かし固めたものだったけれど、ちゃんとテンパリングされていて、彼女もまたなんとなくホクホクした真心が伝わってきた。


 人それぞれの持ち味が出るチョコ。他にも何人かからもらったけれど、僕には美味しいものをつくる自信がなく、しかし感謝の気持ちは伝えたかったので近所のチョコレート専門店で高級チョコを購入し、ホワイトデーに渡した。おかげでお小遣いが辛うじて缶ジュース数本買える程度までなくなった。


 ずっと気にかけている西方さんとはメールアドレスを交換し、ときどき連絡を取り合っている。いまのところ特に問題は悪化していそうにはないけれど、字面や表向きでは読み取れないこともあるからやはり心配だ。


 きょうは入学式。うららかな春の空気が街を包み、のほほんとした気持ちになる一方、高校生ということで生徒は学校の商品となり、今後実施される単純作業処理能力テスト、知能テスト、定期考査の成績次第では落第または退学になるという説明を校長から講堂で受けた。体育館とは別に講堂がある点も小中学校とは異なる。


 また、築3年の校舎は築20年以上の小中学校よりずっときれいで、廊下はコンクリート剥き出しでなくリノリウムで舗装されていた。教室のドアはアルミサッシでなくずっしり重い鋼鉄、空調装置完備。出入り業者、職員用のエレベーターもある。


「あぁ~春だね~あったかいね~ラブホ日和だね~」


「入学初日からそれかよ!」


「だって、シたいじゃん」


 そう言いつつも、いざ本番となるとこの処女ビッチは相当な恥じらいを見せるであろう。


 入学式が終わり、部活の勧誘大会で各クラブの先輩方に寄ってたかられようやく解放された昼下がり。僕と友恵はカップルよろしく相模さがみ線、北茅ヶ崎駅付近の桜並木を二人並んで散歩していた。花見だ。


 ひらひら舞い散る花びら、やや強いのにふわりやさしい風、緑のカーテンにより適度に光が射し込む絶妙なコントラスト。


 おばちゃん集団はキャッキャッギャーギャーパシャパシャとケータイで桜を舐め回すように撮影しながら大騒ぎ。その隙間を自転車が縫い、中には一眼レフを持って風景、木の幹、その枝葉末節までを丹念に撮影する髭が濃い白髪混じりのおじさんもいる。


 僕と友恵、三郎は中学と変わらず同じクラスになった。三郎はきょうも仕事で、入学式が終わると部活の勧誘大会には参加せずそそくさと学校を後にした。熱海あたみに新しく開店するカフェの内装打ち合わせという。


 三郎、所得いくらあるんだろう? 友恵だって驚愕の数字なのに……。


 三郎の仕事は在宅ワークよりも店舗の内壁、外壁に直接描くものが多く、世界のあちこちを見て回れるのでとても有意義という。


 僕もそんな風に活躍できる作家になりたい。


「友恵は部活入るの?」


「ううん、ぶっちゃけ同年代の子たちは苦手だから、その時間を使って外部の人たちと交流したい」


「苦手? どんなところが?」


 友恵は一見するとクラスのみんなと仲良くしているようだけれど、言われてみれば僕と三郎以外とは滅多に行動を共にしない。


「クスリでもやってるんじゃないかってくらいのイカレたテンションとか、お弁当のおかずをちょうだいって言って回る図々しさとか、他の人の好きなものにケチつけたり、話題の大半が悪口とグチだったり。そういう負のエネルギーが強い環境に身を置いてるとこっちまで滅入ちゃって、漫画を描くときに本来の力を発揮できなかったり人生の質が落ちちゃうから」


「そっか。じゃあ高校生になっても彼氏つくろうとか思わないの?」


 その問いに大義はなく、高校生といえば初めての恋愛体験をする年頃というイメージが喉から出ただけ。


「そうだねー。男子はすぐ下ネタに走るし恋バナ聞いてると下心丸見えだし、すぐエロいことしたがる感じするからなー」


「ふぅん」


 友恵の返答から僕は、二通りの意図を想定した。

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