24,物書きという生きもの

 暮れなずむ渚は「そろそろお帰り」と、さやかに僕らを急かす。


 けれど僕は、まばゆくしかしやさしい陽光を読書灯に、ルーズリーフを紐で綴じた星川さんの物語『ウスバキトンボの大冒険』を読み始めた。


 表紙は星川さんらしく、少し丸みを帯びたやさしいタッチでトンボのイラストが色鉛筆で描かれている。その表情はとてもやすらかで、彼女の内に秘めたる理想の心持ちを想わせる。


 頭上にはそのウスバキトンボが数頭飛び交っている。夏場になるとよく海岸や広場などに群れて飛翔するオレンジのトンボ。


 実は彼らには、あまり知られていない壮大な物語があるのだ。


 表紙をめくり、1ページ目に描かれていたのは、広い芝生の広場に池もしくは湖のような水たまり。


 舞台が沖縄だからか、芝生にはわざとらしく2頭のシーサーが寄り添い合って置かれ、その上空をウスバキトンボの群れが飛翔している。


 こ、これはもしや、沖縄の漫湖公園まんここうえんか!? まんここうえんなのか!?


 ゲフンゲフン、では物語を読み進めてゆこう。



 ◇◇◇



 僕はウスバキトンボ。薄い羽の黄トンボ属に属するからウスバキトンボ。


 卵を産み落とされてから成虫になるまで約1ヶ月という、成長の早い種類なんだ。寒さには弱いけれど、春になって温かくなると凍死しなくなるから繁殖力が増して、その土地には住みきれないほどの仲間が生まれる。


 僕もそのうちの一頭で、仲良しさんのグループと話し合い、食べものと住居を求め、故郷、沖縄からの引っ越しを決めた。同じことを考えるグループは他にもたくさんあるらしい。


「いやぁ~、海は広いなぁ」


 親友が言った。沖縄は四方を海に囲まれた小さな島。少し飛べばすぐ大海原が広がる。


「でも、明るいうちに陸地に辿り着かないと」


「だな」


 よく晴れているのに、複眼で360度を見回しても陸地の影さえ見えない。飛行速度は時速100キロメートル。未体験の速度で故郷はあっと言う間に見えなくなったけれど、その先の見通しがまったく立たない。


「はぁ、はぁ、つかれた……」


 半日休みなく飛び続けてようやく島影を見付け、夕暮れ間近に辿り着いたのはジャングルのような小さな島。ここに住むのは難しいけれど、とりあえず一泊。


 翌日、また翌日と、僕らは北東へ進み、小さな島を見つけてはそこで夜を明かした。道中、雨やツバメに襲われ千頭以上いた仲間は数百減ってしまった。海上での襲撃は逃げ場がなく、どうしようもなかった。


 数日後、僕らはようやく定住できそうな大きな陸地に到達したけれど___。


「ここは俺らが先に来たとよ」


 同じウスバキトンボの先客がいたので、満室状態。


「ここは僕らが住んどるじゃきん!」


 大きな川が流れ、トンボのための池もある自然豊かな場所にもやはり先客。


「ここはワシらのシマじゃ!」


 もう少し北東へ進んだ賑やかな街にも先客が。その土地には焼け落ちた建物があり、そこに人が集まって黙祷していた。


「なんや、お前らの住める場所は余ってないで!」


 更に東へ進んだやたら賑やかな街にも先客。


「ごめんね~、ここはもう私たちの仲間でいっぱいズラ~」


 そこからずっと東へ進んだ漁港の街にも先客。沖縄と同じくらい海が澄んでいた。


 毎日まいにち、行く先々に先客が。


「なぁ、俺らいつになったら安住の地に辿り着けるんだ?」


「さぁね。とりあえず東へ進むしかないよ」


「ズラ~」と、やんわり追い払われた翌日、約3週間かけてようやく辿り着いたのは、少し沖縄と雰囲気の似た海辺の街。


 生き残ったのは僕と親友、女の子2頭の計4頭だけ。毎日、いや、数分おきにどんどん命を落としていった仲間たち。


 ツバメ、猛禽類もうきんるい、ネコにクマ。鬼ばかりの世界に、僕らはもう心身ともに限界だ。


「ここにはまだ誰も来てないみたいだな」


「うん、ハエとか蚊とか、食べもの豊富だし、ここに住もう」



 ◇◇◇



 物語は一先ず、ここで途切れていた。起承転結でいえば承だろう。


 九州、高知、広島、関西、静岡県東部。


 ウスバキトンボの行く先々にいた先客たちは、その土地の方言を喋っている。


 実際のトンボが方言を喋っているかはわからないけれど、星川さんの表現はユーモラスで良いと思った。



 ◇◇◇



 うああああああ、どうかな、どう思われてるかな……。


 でも清川さん(って呼び方は逆につらいかも。仲間同士だから垣根は取り払って‘まゆくん’にしようかな? そのほうがお互い会話しやすいはず。


 自分から敬語は要らないとか言ったくせに隠し事したりたまに敬語使ったりで壁つくって何やってるの私。形式的だけじゃなくて、早く打ち解けたいなぁ)まだ読み終えていない。第一印象はどうだろう?


 緊張だ。書物を差し出してから感想を言ってもらうまでの時間がドキドキそわそわして仕方ない。


 その間、本当に色々なことを考える。物語がつまらないのではないかとか、清川さんの気に障るようなこと書いてないかとか、これを読んで良い気分になってくれたらうれしいなとか。


 でも、自信ないな。いままでは自分の好きなように書いていたからつまらなくても仕方ないかもしれない。


 けれど今回は彼に向けて、自分なりに彼の好みを想像しながら書いた作品だから、気に入ってもらえなかったらそれは私が彼をよく見ていない証拠、もしくは単純に表現力不足。


 ああああああ……。


 最悪だ、まだ出逢って間もないし知らないことだらけだけれど、それでもちゃんと彼を理解したい。


 不器用で余計なことばかり言う私だけれど、その分をせめて物語で補完して認められたい。


 あぁ、つらい。あのことがあるから、余計につらい……。

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