18,内面の振れ
「ありがとうございました」
「またねー!」
「ごちそうさまでした。また近いうちに来るね!」
「ごちそうさまでした。できれば杏子ちゃんのお持ち帰りも」
「あらあら杏子、すっかり気に入られちゃって。ときたま遊んでくださると助かります」
自動車も人通りもまばらな10時半。母娘に見送られ甘味処を後にした僕らはとりあえず来た道を戻る。
しとしと雨の一中通り、狭いグリーンベルトの上、傘を差し微妙な距離を保ち歩く僕ら。車道側を歩く星川さんを内側に移動させようとモゾモゾするも、一度定まった立ち位置は言い出さなければなかなか変えられない。
「あのお店、美味しかったでしょう?」
「はい、とても!」
「ふふふ、カタいなぁ。敬語なんか使わなくていいのに」
「それは、星川さんも敬語だから」
「私は癖で敬語になったり、意識的に使うときは素のままだと言葉遣いが汚かったりするから、悪印象を与えないように」
「あぁ、やっぱり」
いけない。反射的に本音を
「ふふっ、どういう意味かな?」
星川さんからは女性独特の『怒らないから言ってごらん?』的なオーラが漂っている。これアカンやつや。
「星川さん、取り繕ってるつもりかもしれないけど、すごくわかりやすいから」
けれど僕は敢えて正直に告げてみた。
「えっ、そうかな!? 私、これでも表向きは丁寧なつもりなのに」
「それでも人柄が滲み出ていて、隠すところを隠せていないというか、黒いところまで透けているというか」
リードと首輪付きのダルメシアンを野性動物に仕立て上げた件はその代表例だ。他にも、表情の微妙な変化や言葉の端々、挙動など些細な点から読み取れることはある。
「そ、そうなんだ……」
それでも星川さんが
人見知りの僕が言えたことではないが、おそらく彼女は自己表現が下手で、心の奥底にあるものや理想像を創作で表現したり、挙動や言動で自然に漏らしてしまうタイプだ。
「では、見抜かれついでに一つご提案が」
僕の前ではいつも声高に喋っていた星川さんだが、急にフラットな口調へ変わった。
「なんでしょう」
「きょうの塾、おさぼりしちゃいませんか?」
と思いきや、再び満面の笑み。え? 塾をサボる?
毎回サボりたいと思いつつ踏み切れていない僕にとって、その一言は道を踏み外す勇気を与えてくれた気がした。これは一歩を踏み出す良い機会かもしれない。
しかし気のせいだろうか。彼女、きょうは少し様子がおかしい。なんというか、感情が小刻みに波打っていて、地震の初期微動のようなものを、ひしひしと感じるのだ。
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