17,鼻血

「血、止まりましたか?」


 僕が間接キスに興奮しすぎて鼻血を噴出すると、星川さんは咄嗟にカバンからポケットティッシュを出し、数枚まとめて僕に手渡してくれた。


 その最中、気付いた杏子ママが気を利かせてくずかごを持ってきてくれたので、「すみません、ありがとうございます」と恐縮しつつ、劣情に染まったティッシュをそっと収めさせてもらい、続いて洗面所を借りて手を洗わせてもらった。というのがここまでの経緯。


 お店には申し訳ないけれど、他のお客さんがおらず恥を最小限に抑えられて本当に良かった。


「はい、おかげさまで。ありがとうございます。そのポケットティッシュ入れ、おしゃれですね」


「でしょう? 昨夏に家族で北陸地方を旅行したとき、富山県内の縫製品屋さんで父が買ってくれたんです。ふわふわさらっとした肌触りで、思わず頬ずりしたくなっちゃいます!」


 良かったら、と、星川さんはティッシュ入れを僕に差し出した。


 赤、茶、群青、黒、金、灰、紫などのカラフルな糸が緻密に編み込まれ、実に丁寧な仕事がされている。全体的には茶や赤が目立つ印象だ。確かにふわふわさらっと手触りも良い。こういうものも創作の一部だなと、見て触れて、創作魂が刺激される。


 物語や絵も創作だが、世の中には他にもその類に入るものが五万どころか兆京とある。これから大人になってゆくにつれて、色々なものに触れてゆけたらいいな。


 鼻血を出して、残りの宇治金時を平らげたらたかぶっていた心が落ち着いて、肩の力がフッと抜けた。それでも、やさしくて苦しすぎる未曾有みぞうの感情は、あの瞬間以来消えていない。


 やさしい雨音は一見それを鎮静する効果がありそうだけれど、鈍色にびいろの空が相まってか、神経を逆撫でしてわびしさが増すばかりだ。

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