19,東海道線に乗せられて
ガタン、ダダダダッ。
『この電車は、東海道線、特別快速、小田原行きです。停車駅は、
後ろめたさを感じつつ、塾をサボると決意。茅ヶ崎駅から乗車した下り電車はいま、隣の
新型車両のため案内放送が車掌の肉声ではなく二ヶ国語の自動放送になっており、技術の進化を感じると同時に、春まで走っていた車体にオレンジとグリーンのペンキが塗られた湘南電車が恋しくもなる。
きっとこういう風に少しずつ、時代は変わってゆくのだろう___。
最後尾の15号車、四人ボックスとドアの間に設置された二人掛けのロングシートに腰を下ろしている僕ら。
乗車するなり星川さんは「ちょっとやることがあるので失礼します」と、グリップの握り心地に定評がある5百円のボールペンでパンダ柄のカバーがかけられた手帳に何かを書き込み始めた。
平塚駅で乗客が十数人降り、発車後、住宅地メインだった景色は突然に標高数百メートルの山や畑が目立つようになった。
15号車の乗客は僕と星川さんしかおらず、進行方向反対を向いた運転席では男性車掌が遠ざかる景色をワイパーが動作する窓越しに監視している。
通常こんなに空いているのならボックス席にゆったり座りたいところだが、星川さんとならこの窮屈なスペースも悪くない。むしろ最高!
『ご乗車おつかれさまでした~。終点、小田原です』
茅ヶ崎駅を出て20分、小田原駅に到着。東海道線のほかに新幹線や私鉄3社が乗り入れるターミナル駅で、10本以上の線路が並んでいる。
雑踏や構内アナウンス、電車の空調機など様々な音が混じるホームからエスカレータで改札口へ上がると、広々した白いタイル張りの通路があり、その頭上にはステンドグラスと大きな小田原提灯が垂れ下がっている。直径2メートル50センチ、長さは5メートルほどという。
きょうはどうか私にお付き合いくださいと、なんと星川さんは僕のICカードに5千円をチャージしてくれたのだが、どこへ連れて行かれるのか、ここに来てなんとなくわかってきた。
小田原駅で乗り換えたのはやはり
車内は高齢者を中心に賑わっていて、立っている人はおらず座席は8割ほどが埋まっている。
「星川さん、さっき東海道線では何を……?」
「あれはですね、私、文化祭で音楽会をすることになりまして、その作詞を」
星川さん、敬語はいらないとか言っておきながら自分は敬語のままだ。
「作詞、凄い。それで文化祭はいつやる、の?」
まだ完全に敬語を廃するには抵抗があり、語尾で躓く。
「9月16日の土曜日で、作詞作曲を一任されているのですが、まだ詩も曲も完成していないという……」
本番まで3週間を切っている。星川さんの表情は、僕がこれまで見てきたなかで最もシケていたと思う。
「なるほど、良かったら僕にも何か手伝わせてください」
「ほんとですか! ありがとう! 助かる!」
「あ、いえ、こちらこそ、面白そうなことに参加させてもらえて光栄です。でもきょうはせっかくのお出かけなのでリフレッシュしましょう」
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