第2話

 夜。空はすっかり闇に覆われ、大きな満月が昇っている。 煌々と輝く星とぽつぽつと点在する街灯が照らす薄暗い夜道の中、葉月は学校からの帰宅の途に就こうとした。


「すっかり遅くなっちゃったな」


 思っていたより委員会での作業が立て込んでしまった。まさか、夜になってしまうなんて。


「早く帰らないと、お父さんやお母さん心配するだろうな」


 そう思って、葉月は近道をするために、人家がほとんどなく人通りが少ない裏道をあえて選んで帰ろうとした。

 それが間違いだったのだ。


 分かれ道を左に進んだ後、夜道をまっすぐ進むと、葉月の視線の先に微かに人影が見えた。

 こんな時間にこんな場所で人に会うなんて珍しいと思いつつ、自分のように近道をしようとしたのだろうと気にせず、夜道を進んでいった。だが、そうではなかったことに気付くのに時間はかからなかった。

 葉月の視線の先に、フードをかぶった男と、血塗れになった少女の姿が見えたからだ。少女は全く動く気配がない。よく見れば、血まみれの少女は無惨にも首と胴体が離れている。彼女がもうすでに死んでいるのは明らかだった。


「何あれ……」


 恐怖を感じた葉月は踵を返し、その場から逃げ出そうとした。しかし、その試みはうまくいかなかった。

 なぜなら、フードをかぶった男がこちらを見たのだ。男はすぐに葉月に気付いた。


「ひひひ、すぐに次の獲物が見つかるなんて、今日の俺は運がいいなあ」


 下品な笑い声をあげながら楽しげに男は言った。フードのせいで男の表情は窺えないが、人を殺すことに良心の呵責を覚えるような人間ではないということだけは確かなようだった。


「ひっ……」


 このままでは殺されると思った。逃げなくては。今すぐこの場から。彼女はそのまま全力で走り出した。フードの男も逃走した獲物の後を追う。


 逃走する最中、葉月は学校で広まっていたある噂話を思い出していた。


 夜闇の殺人鬼。

 化け物じみた怪力で少女の身体をバラバラにする怪人で、すでに何人もの少女が犠牲になっているという。警察の懸命の捜査にもかかわらずいまだ正体は不明。本当に怪物なのではないかという話までまことしやかに囁かれてさえいる。それがいま、現実に葉月の目の前にいた。まさか自分が遭遇するなんて。どうしてこんなことに。


 こんな道を選ばなければよかったと、後悔しながら葉月は逃げ続けた。永遠に続くのではとさえ錯覚する。だが、男との距離がどんどん近づいていくことに焦った葉月は躓いて転んでしまった。ついに、男に追い付かれてしまった。


「こ、こないで」


 葉月が持っていた鞄を、迫りくるフードの男に向かって投げつけた。鞄が男のフードをかすめる。

 すると男のフードが外れた。そこに見えたのは狼の顔。


「ば、化け物……」


 それはあまりに非現実な光景だった。


「見られちまったか。まあ、殺すから関係ないけどなあ」


 自分の正体を知られたことを気にする様子もなく、人狼は徐々に葉月に迫ってくる。


「や、やめてください」

「ひひっ、俺はお前みたいな真面目ぶったガキが、無様に泣き喚きながら命乞いするところが好きなんだよ~~!!」

「だ……誰か、助けて……」


 葉月は立ち上がって逃げようとしたが、恐怖のあまり、足がすくんで全く動けなかった。顔から涙や鼻水がとめどなくあふれてくる。彼女の体液が地面を濡らしていた。

 このままでは殺されてしまう。死にたくない。どうして自分がこんな理不尽な目に合わなければならないのか。


「どんな声で鳴いてくれるかなあああ!!」


 人狼が葉月に無慈悲に凶刃を振るおうとする。彼女の命も、もはや風前の灯火のように思えた―――

 その時だった。


 突然、炸裂音とともに人狼の身体が吹き飛ばされた。

 何が起こったのか分からず、葉月が確認するとそこには女性が立っていた。


 艶やかな長い黒髪。モデルのように整った美しい顔立ち。

 華奢な身体に似合わぬ、左腕の武骨な装備―――パイルバンカー。


 装備している物品こそ歪だったが、その姿に葉月は見覚えがあった。昼に自分に話しかけてきたおかしな先輩。


 つまり、そこに立っていたのは黒瀬十六夜だった。

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