第3話
「大丈夫?ええっと……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、恐怖に震えていた葉月に声をかけようとしたが、十六夜は彼女の名前を知らないことに気付き、途中で口籠った。
「は、は、葉月でず。白塚葉月」
葉月は泣きじゃくりながら、自分の名前を名乗った。葉月の震えはまだ止まらない。死の恐怖にさらされたのだから仕方のないことだろう。
「落ち着いて。大丈夫よ」
十六夜は彼女を落ち着かせようと、右手で葉月の頭を撫でた。
「あ、ありがどう、ござい、まず」
「よかった、あなたは助けられて。せっかく仲良くなれたのに、次に会えたときは死体だなんて悲しいもの」
あの娘も助けられればよかったのだけどと、十六夜が葉月が逃走してきた方向を見つめる。
「そ、そういえば、それ、なんなんですか?十六夜先輩。あの化け物は一体!?」
髪を撫でられて少し落ち着いた葉月が、必死で逃げ回ったせいでずり落ちかけた眼鏡を直しながら、十六夜に疑問をぶつける。葉月が指さしているのは十六夜の持つパイルバンカーだ。明らかに、一介の女子高生が身に付けていいようなものではない。そもそもあの人狼はいったい何者なのか。
「これはパイルバンカーよ」
「そうじゃなくて、どうしてそんなものを装着しているのかっていう話ですよ」
「それは……」
その時、突然、夜の静寂の中にけたたましい咆哮が周囲に響いた。先ほどの人狼のものであることは明らかだった。
「……話はあとね。あの狼は、あなたを襲うことをまだあきらめていないみたいだもの」
二人が咆哮が聞こえたほうに向きなおる。ちょうど、人狼が起き上がったところだった。二人を見る人狼の目は十六夜への憎悪に燃え上がっていた。
「てめえだな!最近、能力を悪用する能力者の前に現れて邪魔してるっていうガキは」
「ええ、そうね。それはきっと私のことね」
人狼の剣幕にも怯むことなく、十六夜が真っすぐ見据えて人狼と対峙する。
「クソガキが!!俺の邪魔をしやがって!!てめえも能力者なら自分の欲望のままに能力を振る舞おうと思わねえのか」
「思わないわ」
十六夜がきっぱりと答えた。
「それに、私が欲望のままに振る舞うとしたら、それはこの娘を守ることよ」
「綺麗事を!!てめえだけは絶対許さねえ!!俺の爪でバラバラにしてやるからな!!」
人狼が二人に向かって、真っ直ぐに向かってくる。十六夜は左腕のパイルバンカーを構えなおす。
「葉月ちゃんは巻き込まれないように逃げて!」
「は、はい」
葉月は恐怖に怯みそうになる身体を鼓舞し、勇気を振り絞り、その場から離れようとする。
「逃がさねえぞ!!」
人狼が葉月を追おうとする。が、十六夜がその前に立ちふさがった。人狼が十六夜に向かって爪を振るう。十六夜が左腕のパイルバンカーでガードする。さらに人狼が爪を振るう!十六夜は回避するために後ろへ飛ぶ!
十六夜が態勢を立て直し、人狼に向かってパイルバンカーを振るった。彼女のその動きからは武骨で巨大な鉄の塊の重量は全く感じられない。まるで元から自分の身体の一部であったかのように自由自在に操っている。
パイルバンカーによって、人狼が再び吹き飛ばされ、背後にあった電柱がへし折れた。
「あなたの能力、狼への獣化といったところだと思うけど、動きが直線的過ぎるわ。力に頼り過ぎね」
十六夜がゆっくりと人狼の方へ歩みを進める。
「ゆ、許してくれ!も、もう殺人はやめる、力の悪用もしねえ」
人狼が己の不利を悟ったのか、命乞いを始めた。
「信用していいのかしら」
「ああ、もう二度と悪いことはしねえよ」
「そう」
十六夜が人狼に背中を向けて立ち去ろうとする。
「……わけがねえだろ!死ねええええええ!!」
「先輩!危ない!!」
十六夜が背中を向けた隙を突き、人狼が飛び掛かろうとする!先輩に危機を知らせようと葉月が叫んだ!
「悲しいわ」
十六夜は一瞬で振り返る。彼女のパイルバンカーはすでに襲い掛かる人狼の身体を貫いていた。
「ぐぼばあああああああああ!!」
人狼が断末魔の叫びをあげる。十六夜がパイルバンカーを引き抜くと、人狼はそのまま倒れた。
人狼の死体が派手な破裂音とともに爆発四散した。
「わかり切った結末だったもの」
悲しげな表情を浮かべる十六夜。月の光が彼女を照らしていた。
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