第25話:授けられた異能

 周囲が暗転したのは、錯覚を疑うくらいに短い間だった。

 たちまち目に光が飛び込んできて、映るのは数秒前までと変わらない自然の風景。

 山の中だ。山の中に自分がいる。身体の感覚もいつも通りだ。現実に立っているのではないかと疑いたくなるほど、世界が忠実に再現されている。

 ただし、わずかな変化があった。

 鳥居の近くに置いたはずのバッグが忽然と消えていたのだ。

 黒岩が「現実世界にある建造物以外のものは、基本的に異空間には反映されない」というようなことを言っていたから、その言葉の通りなんだろう。まだまだ詳しい調査は進んでいないとも言っていたが、一度の訪問でそれだけわかっているなら大したものだ。

 変化はそれだけではない。

 盛んに鳴っていた虫の音や小鳥のさえずりがおさまり、山が静かになっている。メモにあったように、迷い込んだ人間以外の動物はここには存在しないということだろう。虫嫌いの俺としては大変助かるが、山の中にいるのに音が少ないというのは違和感が尋常じゃなく、それはそれで恐ろしかった。木々のざわめきだけがやけに強く耳朶を叩く。

 あと一つだけ、感じた変化がある。

「あれ、私なんか持ってる!」

 後ろで大声が上がった。見れば、俺と同じように儀式を終えた志乃が、右手に木の棒らしきものをつかんでいる。自分も確認してみたが、何も無かった。

「なんか持ってるって、それ木の棒だよな?」

「う、うん。そうだと思う」

 志乃が右手の位置を変えて、棒状の物体を矯めつ眇めつ眺める。

「これ、急に私の手の中に現れたんだけど……」

「なら異能に関わってるんじゃないか?」

 俺は異空間に入った瞬間、自分がどんな能力を得たのかぼんやりと把握した。まるで今までもそれを知っていたかのように、意識に刷り込まれた。これが感じた最大の変化だ。

 きっと志乃も同じように感じたはず。

 そう思い、異能と関わっている可能性を尋ねてみたのだが、

「とりゃっ!」

 彼女は質問に答えず、突如として木の棒を縦に振った。

 すると、空を切る棒の先端に小さな火の玉が生まれ、一直線にこちらへ飛んできた。

 ……え?

「おわっ! 熱っ!」

 反射的に真横に飛びのき、間一髪で回避に成功。だが、炎が顔のすぐ近くを通過したため、頬にチリチリと焼けるような熱が残った。

「ごっ、ごめん!」

 頬をさする俺のもとに、志乃が慌てて駆け寄ってくる。

「なんか炎が出せるような気がしたから、思わず出してみちゃった。本当に、螢を狙うつもりは全然なくて……その、ごめん」

 そういうことだったのか。さすがの無鉄砲ぶりというかなんというか。

 火の玉の行く末が気になって後ろを振り返ったが、特に炎が燃え広がっている様子はなかった。どうやら生成された火の玉は一定の距離で消えるようだ。

 安堵の息をついてから話し始める。

「すんでのところで躱せたから、まあ許してやるさ。それより、それがお前の能力ってことか?」

「うん。たぶんそうだと思う」

 神妙な面持ちで志乃が頷く。

「おお、すごいな」

 これはかなり強力な能力なんじゃないだろうか。もし異空間で異能バトル的なものが展開されているならば、遠距離から攻撃できるのは便利そうだ。

「へへ、ありがと。それで、螢の能力は?」

「俺のは、身体を軽くしたり重くしたり、あとは硬くしたりできる能力みたいだ」

 実のところ、すでに一度使っている。

「あっ、もしかしてそれで炎を躱したの?」

「よくわかったな」

 とっさに身体を軽くして横に飛んだら、頬をかすめはしたが、なんとか躱すことができた。この能力がなかったら、今頃焼け焦げていたことだろう。

 そんなわけで命を救ってくれたこの能力だが、志乃の能力に比べるとあまり戦闘には向いていない気がする。三つのことができるとはいえ、重くする+硬くするというような芸当はできないし、長時間使い続けることもできない。まあ、無能の自分が能力を得られただけでも十分嬉しいが。

「だよねー。変だと思った」

「ん? 何が?」

「螢が炎を避けたことだよ。だっていつもの螢ならあんなの避けられるはずないもん」

「…………」

 ひどい言われようだが、事実なので言い返すのはやめておいた。ってか、こいつほんとに悪気あるの?

 その後、俺たちは黒岩に電話をかけてみたが、やはりつながらなかった。ので、『まずは安全地帯を目指せ』という彼の言葉とメモを頼りに、静寂に包まれた山を下り始めた。

 喉は乾かないし、腹も減らない。だが、汗は出るし、疲れもする。

 下山の最中、ここまで来たら引き返せないという緊張感と、タイムリミットに対する焦燥感が、俺の腹をきりきりと痛みつけていた。

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