六章

第19話:待ち合わせ

 明くる、月曜日の朝。

 志乃との待ち合わせ場所である、コインランドリーの駐車場にて。

 俺は学ランのポケットに両手を突っ込んで、ボーっと空を見上げていた。

 すでに十分間はこの格好のまま固まっているような気がする。

「……志乃のやつ、遅いな」

 コインランドリー内の壁に掛かっている時計を、ガラス越しに確認してみる。ふむふむ、現在時刻七時四十五分。となると、もうそろそろここを出ないと学校に間に合わなくなってしまう。が、未だに幼馴染の姿は見えず。

 志乃が遅刻気味だなんて珍しいこともあるもんだ。いつもは俺がぎりぎりに登場する側なのに、今日は偶々朝早くに目が覚めたので、立場が逆転している。

 もしや、昨日の久遠寺さんとの件が気がかりで家を出づらいのか?

 その可能性も十分考えられる。しかし、切り替えが早い志乃に限ってそれだけの理由で遅刻なんてしないだろう。携帯には何の連絡も入っていないし、もう少し待っていればひょっこり姿を現すはず。

 ………………………

 ………………

 ……来ないな。

 暇すぎて、駐車場内のタイヤ止めのブロックから落ちないように渡り歩くゲームを始めた。途中で大ジャンプしないといけない箇所があって、そこが難関だ。捻挫にだけは気を付けなければ。

 というかそもそも、何故こんな微妙な場所が志乃との待ち合わせ場所なのかというと、まず、第一に携帯を開かずとも時間が確認できるからで、第二にそれぞれの家から学校に行くまでの通り道だからで、第三にブロック渡りで暇をつぶせるからである。

 第三の理由が今存分に威力を発揮しているわけだが、やはり一番大きいのは第二の理由だろう。そのために、中学までは志乃の家の前で待ち合わせていたのを、高校からここに変更したのだ。わざわざ遠回りしたくないしな。

「おはよー、遅くなってごめ……って、何してるの?」

 ブロックの上で両腕を使って巧みにバランスを取っていたら、角からひょっこりと現れた志乃に変なものを見る目で見られてしまった。さっとアスファルトに降りて、脇に置いておいたバッグを背中に掛けなおし、挨拶を返す。

「おう、おはよう。まあ暇つぶしだ」

「さすが螢、娯楽に飢えてるねえ」

「うるさい。さ、早く行くぞ。急がないと遅刻ギリギリだ」

「あ、ちょっと待って」

 俺がさっさと歩き出そうとするのを、志乃が腕をつかんで引き留めた。

「すぐ終わるから、ちょっとだけ待って」

 振り返ると、大きな瞳が、真剣さを讃えて底光りしていた。

「な、なんだよ」

 若干気圧されつつも用件を訊くと、腕に絡みついていた志乃の手が解かれ、今度は起伏の乏しい彼女の胸元をつかんだ。

 ギュッと、その手に力がこもり、セーラー服にしわが寄る。

「昨日はごめん!」

 腰を起点にして、身体が四十五度曲がった。

 うん? 昨日ということは運動公園でのことを言っているんだろうが、俺が志乃に謝られるような筋は思い浮かばない。

「なんでお前が俺に謝るんだ?」

「それはその、急に怒ったりして、空気悪くしちゃったから……」

 顔を上げた志乃が、きまりが悪そうに身じろぎする。

 なるほどな。確かに、あの空間にいるのはちょっとばかり気分が悪かった。でも、そんなのは大したことじゃない。

「気にするな。それより、久遠寺さんに謝ることの方が大事だと思うぞ」

「……そうだね」

 そう言って、神妙な顔つきでコクリと頷いたかと思えば、

「よぅし、謝った後に再試合の機会を作っちゃうぞー!」

 反省の色が褪せるような怪気炎を上げる、アホな幼馴染であった。

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