第14話:ゲーセンデート(?)
自動ドアを抜けると、耳に大量の音が飛び込んでくる。
その音にかき消されないように、俺は気持ち大きめに声を出した。
「で、なんでゲーセンなんだ?」
「遊びたかったからよ」
隣で店内を興味深く見回し始めた久遠寺さんは、俺の言葉よりもゲームの筐体の方に興味が向いてしまったようだ。中二モードはすでに解除されていて、いつも通り優等生の装いをしているが、返事は随分と適当である。
そんなわけで、俺が連行された先は、学校から徒歩で十五分くらいのところにある中規模のゲームセンターだった。徳明高校に通う生徒に知らない者はいないと言われるほど、徳明生にはなじみのあるゲーセンらしい。SO研の黒岩の先輩いわく。
雑然とした店の中に視線をさまよわせる。
見た感じ、店内に客は少ない。恐らく、午後四時前という現在の時刻ではまだ多くの人が働いているからだろう。社会人は大変だ。なったことないからわからんけど。
意外なことに、徳明生の姿も見当たらなかった。一応今日は「寄り道しないように」と言われていたので、みんな律儀にそれを守っているということだろうか。
さすがは徳明生、真面目だ。感心感心。……いや、俺と久遠寺さんもそうなんだけど。
「きちゃってよかったのか?」
俺の言葉が足りなかったようで、久遠寺さんはこっちを向いて目を瞬かせた。
「ええと、今日は寄り道するなと集会で言われたから……」
「ああ、そういうことなら大丈夫よ」
そう言って久遠寺さんが指さすは、店の奥に並んでいるプリクラ機。
「先生が見回りに来たとしても、あそこに逃げ込めばきっとばれないわ」
「絶対今思いついたな……」
考えが雑だ。そもそも、ゲームやってる最中に来たらあそこまで逃げ込む余裕ないだろ。
それにしても、久遠寺さんが学校の指示を無視するとはなんとも意外だ。俺はてっきり久遠寺さんのことを品行方正な優等生だとばかり思っていたが、どうやら自我を通す一面も持ち合わせているらしい。
「……意外かしら? ここへ来たこと」
考えていることが顔に出ていたのか、久遠寺さんは伏し目がちに尋ねて来る。
「まあ、意外っちゃ意外、だな」
「ふふ。そうよね」
前髪を払い、柔らかに笑んでみせる久遠寺さん。
ゲーセンの音がシャットアウトされるくらいに、楚々とした仕草と、表情だった。つくづく、容姿端麗だと思い知らされる。
「実は私、ゲームセンターに入ったのはこれが初めてなの」
「……マジで?」
「マジよ」
「……マジか」
大真面目な表情を見る限り、とても嘘をついているようには見えない。
確かに、それなら久遠寺さんが入店と同時にゲームの筐体をしげしげと眺めだしたことにも納得がいく。その知性ゆえに、意識を奪われるほど興味を示すなんて珍しいと思っていたが、それが初めての来店というのなら違和感もない。
「なんで今まで一度も入らなかったんだ?」
「それは、そうね……私がゲームセンターに入っていくのを他人には見られたくなかったし、学校でもあまり入らないように言われていたから、かしら」
「じゃあなんで今日は入ったんだ?」
「遊びたかったから」
「…………」
おかしい。お茶を濁されている。全く筋が通っていない。
不満顔の俺に背を向けて、久遠寺さんは店内を歩いて回り始めた。
まあ、言いたくない理由やら何やらがあるのだろう。下手に詮索するのはよそう。
俺は指で軽く眉根を揉んでから、さらさらと揺れる黒髪の後ろに並んだ。
足を止めたのは、ユーフォーキャッチャーを筆頭としたプライズゲームの一群を抜けたところにある、大型筐体ゲームのコーナーだ。メダルゲームコーナーに隣接している。
まばらだが、人の影もあった。一見大きめの洗濯機のように見える機械をリズムに乗ってバシバシ叩いている人、こなれた様子でガンアクションゲームをプレイしている人、でかいペットボトルを片手に店内を徘徊している人――ん? なんか今、明確な敵意を持って睨まれたような。気のせいだろうか。ちょっと怖いんだけど……。
「八坂君がよくやるゲームはある?」
背中越しにそんなことを聞かれた。ううむ。よくやる、と言われてもなぁ。
俺自身、ザ・ゲーセンというゲーセンに入るのは何時ぶりかわからないくらい久々だ。
しかし、親の買い物に付き添って大型ショッピングモールに入り、入ったはいいものの長すぎる買い物に付き合いきれず、暇つぶしに建物内のゲーセンに足を運ぶぐらいのことはある。両親揃って優柔不断なため、買い物に行くとほぼ必ずそのパターンにはまってしまうのだ。そして俺もどのゲームをやるかしばらく悩んでいたりする。親が親なら子も子ってことだろう。
「アレはそれなりにやったことあるぞ」
俺が指さしたのは、誰もが知っているであろう国民的音楽ゲーム『太鼓の超人』。ほんの試しに一度やってみたらまあまあ楽しかったので、それ以降ゲーセンに入ったら一回はプレイするようにしている。
「そう。じゃあ……」
久遠寺さんが太鼓の超人に歩み寄り、振り向きざま挑戦的ともとれるような微笑を浮かべた。
「これで勝負しましょう」
「勝負? スコアで?」
「ええと、そうよ。スコアで」
「やったことあるのか?」
「ないわ」
「まあ、そうだよな」
なにせゲーセンに入ったのが初めてだもんな。
「でも、それならなんで……」
わざわざゲームで勝負を申し込んだんだ、と聞きかけて、喉元に言葉がつっかえた。
これはもしや、昨日の延長戦なのではないか。完全初見のゲームで経験者の俺に勝って、何でもできることを証明するつもりではないか。
俺は久遠寺さんの言葉を信じたつもりだったが、彼女にしてみればまだまだきちんと証明し足りないと、そういうことなのかもしれない。
だが、仮にそうだとしても引っかかる点があった。
「久遠寺さんは、勝負事が嫌いじゃなかったのか?」
訊くと、久遠寺さんの笑みが引っ込んだ。
「……嫌いよ」
苦痛の表情が、じわじわと形作られていく。
「でも、やらなくてはいけないの」
最終的には、精悍ともいえるような凛とした顔つきになっていた。
そこに、俺が口を挟めるような隙間は存在していない。
でも、いつかは。
困惑や決心をいったん心の隅に追いやって、曖昧にうなずいた。
「まあ、やろう。やってみるとそれなりに面白いし」
筐体の右側に立って、財布から取り出した百円を投入する。左側の久遠寺さんも同じように百円を入れた。これで二人同時にプレイできる。
二人とも太鼓を叩くとゲームスタートだ。筐体下部に付属しているバチを取り出してドンと力強く叩く。隣を見ると、久遠寺さんもグーパンで太鼓を叩いているところだった。
……グーパン?
「久遠寺さん、バチ」
「え? あっ……」
俺が持っているバチを見て察してくれたようだ。顔を赤くして、いそいそと自分のバチを取り出した。こういうときは案外表情がわかりやすくて、素直にかわいいと思った。
あとは曲と難易度を選べば遊べるドンなのだが、選曲はどうしようか。
「曲は八坂君に任せるわ。私は音楽に造詣が深いというわけではないから」
「それは俺も同じなんだがな……」
かと言って任せられたものを押し返すわけにもいかず、適当に聴いたことのあるJ‐POPの曲を選択した。難易度を選ぶ画面に遷移する。
太鼓の超人では曲ごとに難易度の違う譜面が四つ用意されている。簡単な方から、『かんたん』『ふつう』『むずかしい』『おに』の順番だ。
「俺はちょっと背伸びしてむずかしいで……って、久遠寺さんおにやるの!?」
驚きのあまり画面から目を離して横を向くと、こちらに一瞥もくれずに「当然よ」とだけ返事が返ってきた。おには本当に難しいから、さすがにいきなりすぎるような気がしたのだが、久遠寺さんなら初見でも大丈夫なのだろうか。
「どうやって遊ぶのかしら、このゲーム」
発言を聞く限り大丈夫じゃなさそうなんだけど……。
曲が始まる前に根本的な遊び方の説明をしなければ。なるべく口早にまくしたてる。
「えーと、赤いマークと青いマークが画面の右側から流れて来るんだけど、それが左側の方にある枠と重なったときに太鼓を叩けばオーケー。あと、赤いマークは太鼓の中心部分を叩いて、青いマークはふちの方をああダメだもう曲始まっちゃった」
くそ、連打とかも教えたかったのに。
始まってしまったものは仕方がない。ゲームに集中だ。
ドン、カッ、ドドカッ。カッ、ドン、カカドン。
無心になって太鼓をひたすら叩き続ける。アゲアゲでアップテンポな曲調のため、自然と体温も上昇していく。休憩する間がなく、かなり忙しい。ってかバチめっちゃ重い。
あっという間に数分が過ぎた。
曲が終わった頃には、軽く息が上がっていた。むずかしいはまだ俺には早いのか……?
いや、そんなことはこの際どうでもいい。それよりも久遠寺さんの結果だ。俺は画面の下半分で、久遠寺さんは上半分でプレイしていたのだが、忙しすぎて上半分を見ている余裕が全くなかった。さて、どうなった。
結果発表画面に移り、俺は思わず息を呑んだ。
「フル……コンボ、だと……」
おに譜面を初見で、というか太鼓の超人初プレイでフルコンボ……。
さっきの俺の下手な説明だけで、どうして。
驚愕で開いた口が塞がらないまま横を向くと、久遠寺さんは何故か暗い顔をしていた。これだけの記録を打ち立てても、まだ満足しないというのか。いや、それとも。
「……つまらないわ」
ぽつりと、やわな桜色の唇から、初プレイの感想がまろびでる。
「つまらなかったのか?」
虚を突かれて、馬鹿みたいにオウム返ししてしまった。
同じタイミングで、筐体から『あとちょっと、惜しかったドン』と憎めないボイスが聞こえてくる。どうやら俺の方はノルマが達成できなかったらしい。なんだ、これじゃあ片手落ちじゃないか。
ただし、ちっとも悔しくはない。太鼓の超人に対して俺は決して熱狂的というわけではないし、相手は久遠寺さんだ。負けて当然。できなくて当然。いつも通りだ。
久遠寺さんは俯いたまま答えた。
「ええ、つまらない」
短く、明確な肯定。
それが、俺を饒舌な語り手にする引き金になった。
「まあ確かに、太鼓の超人はちょっとやっただけじゃ面白さが分かりにくいよな。でも、これは太鼓の超人だけじゃなくて音ゲー全般に言えることだけど、こういうのは音楽に乗るのが楽しいってだけじゃないと思う。やっていくうちにうまくなって、こう、RPGでいうところのレベルアップをプレイヤーが体感できるってところが――」
しまった。俺は何を言ってるんだ。
久遠寺さんには、それができないじゃないか。
俺が慌てて口をつぐんだのを見て、久遠寺さんは張り付いたような笑みを浮かべた。
「つまらないのは、このゲームに限らないわ。もっとあらゆるものよ」
……そうだよな。
太鼓の超人初プレイでおにフルコンボという、音楽ゲーム業界に戦慄が走りそうな快挙を成し遂げたというのに、驚喜の声を上げるどころか、暗澹たる表情さえ浮かべた久遠寺さんのことだ。暖簾に腕押しで、何においても楽しむことが難しいのだろう。それは、きっと俺以上に。
思えば、今まで彼女が何かを達成して喜んでいるという場面に立ち会ったことがない。せいぜい、手料理がうまいと褒めたら微笑んでくれたことぐらいだろうか。いや、あれもただの愛想笑いだったのかもしれない。今となっては分からないことだ。
久遠寺さんはなおも続ける。
「自分でも理解できないくらいに、簡単にできてしまうから。だから私は、自分にはできないことに憧れているの」
自分ではできないこと……なるほど、それで中二病か。
当たり前だが、空を飛んだり、何もないところから炎を生み出したりすることは、たとえ人生イージーモードの久遠寺さんでもできないわけだ。だから憧れる。
でも、それは絶対に実現しないことへの憧憬で、悪く言えば妄想、現実逃避の類に分類されるだろう。追及するのは興味深くとも、追及すればするほど虚しさが募ることは容易に想像できる。
絶対に叶わないと分かっている願いを追いかけることにしか、快楽を見いだせない。
そんなの、あんまりだ。
「八坂君も、人生がつまらないと思っているんでしょう?」
いつしかの問いが繰り返される。
どう答えればいいのか、今の俺にはもう分からなくなっていた。
口を開いたり閉じたりしているうちにも、太鼓の超人のキャラが早く曲を選ぶように催促してくる。久遠寺さんはすでにバチをしまっていた。とりあえず、俺もしまう。
その動作の勢いに任せて、俺はやっとのことで声を出した。
「久遠寺さんも、中二病の振る舞いをしているときは随分と楽しそうだったけど」
出てきたのは、どうでもいい糊塗の言葉だ。
「あ、あれはまた別の話よ。私だってああいうのが恥ずかしいってことくらい、ちゃんとわかっているわ」
突然話題をすり替えられて、焦ったように、急に早口になる久遠寺さん。
しかし彼女は、中二病を発症している間が楽しいことは否定しなかった。
きっと、その楽しみが大きくなれば大きくなるほど、現実はちっぽけでつまらないものになってしまうのだろう。なんとも皮肉な話だ。
「さて……」
ついと、久遠寺さんの視線が俺から外れる。向かう先は、太鼓の超人。
「あれ、まだやるのか?」
「だって、さっきから曲を選べと赤い太鼓がうるさいんだもの」
「赤い太鼓? ああ、ドンくんのことか」
「あら、あと十秒だって。八坂君、何にするの?」
バチを再度取り出して、選曲に頭を悩ませる。
「えー、あー……まあこれでいいや」
名曲と謳われることも多い、有名なアニソンだ。俺も一万年と二千年前から誰かに愛されてみたい。
その後、太鼓を叩き終えた俺たちは、レースゲームやユーフォーキャッチャーをしてゲーセンを巡り、日が傾き始めたのを目処にその場を後にした。
ちなみに、太鼓の超人は基本的に百円で三曲まで遊ぶことができるのだが、久遠寺さんは三曲連続でおにのフルコンボを達成した。プレイヤーの方がよっぽど鬼だろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます