第13話:中二モード
集会では、校長が出張のため副校長が壇上に上がり、相架山にはできる限り近付かないように、また、山には絶対に入らないようにとしつこく注意された。さらに、念には念を入れて今日は部活動なしで下校、家族と相架山についてゆっくり話す時間を設けなさいとも伝えられた。
徳明高校から相架山までは徒歩で一時間弱程度の距離があるため、そこまでする必要はないような気もしたが、学校としては何らかの処置をとった痕跡を残したかったのだろう。
集会終了後、せっかくだから誰かと一緒に下校しようと思ってめぼしいやつらに声をかけてはみたが、黒岩は「学校外でSO研の会合がある故、すまぬっ!」とか言って颯爽と駆けて行ってしまったし、志乃は「久遠寺さんとの競争に向けて公園でひとっ走りするから、ごめんねー」と言って颯爽と駆けて行ってしまった。
とまあ、そんなわけで俺は平常運転。一人で帰途についていた。
いつもと違うのは、校門に教師が立っていたことと、運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が、下校する生徒の話し声に変わっていること。
あとは、性懲りもなく久遠寺さんが後をつけてきていること、ぐらいか。
「…………」
首だけひねって後方を確認する。
校門を抜けてしばらく経ったが、後ろから誰かがついてくる気配は消えない。その誰かが久遠寺さんであるという確信はないが、恐らくそうだろう。あえて人通りの少ない道を通っているのにぴったりとつかれている気がするし、何度か後ろを振り返っているのにその姿を現してくれない――つまり尾行がうまいからな。
本当に尾行がうまいならそもそも後をつけていること自体気付かれないんじゃないか、という話になりそうだが、あいにく俺は学校を出る前から久遠寺さんがついてこないか警戒していた。それだけ疑ってかかればさすがにばれるというものだ。久遠寺さんの言葉を借りれば「状況が悪かった」ということだろう。
にしても久遠寺さん、やはり監視への執着が強い。もはやストーカーの域だ。
しかし、俺にとってはむしろ好都合である。
体育館の時のように、思わずニヤリと笑みがこぼれる。
俺はあの時、久遠寺さんの悩みを解消しようと心に決めた。
それが俺の人生を豊かにするための第一歩なのだ。
理由はいくつかある。後になって近しい女子一人の力にもなってやれなかったと後悔したくなかった。これ以上久遠寺さんの辛そうな表情を見るのは嫌だった。
それに、俺と異なるようで似た境遇に陥っている久遠寺さんを放っておくわけにはいかない。久遠寺さんが日々をつまらないと嘆く横で俺だけが人生をエンジョイしていたら、それはもう片手落ちもいいところだ。
だから、この監視の期間を利用して何とかしたい。監視される側として久遠寺さんと適度に接触し、折を見て悩みを聞き出す。そして、それが解決できそうなものならば、助力を惜しまない。ダメそうなら、また一から仕切り直し。そういう算段だ。
我ながらなんとも消費エネルギーの多そうな案である。けどまあ、人間、何かに挑戦しようと思えば、なんだかんだで大量のエネルギーを使うものなんだろう。たぶん。
「ヤサカのケイよ」
考え事をしながら歩いていたら、ふいに背後から声をかけられた。
聞き覚えのあるセリフ。聞き覚えのある声。しかし、声とセリフが俺の中で合致しない。
「な、なんです……って久遠寺さん?」
背面を陣取っていたのは予想通り監視人久遠寺凪子その人であった。
けどなんだか、纏っている雰囲気が違う。いつもの優雅な所作や怜悧そうな優等生オーラはどこへやら、今の彼女は聖女、あるいは女神然として光に取り巻かれていた。目をつむったまま微笑みをたたえてゆっくりとこちらに歩いてくる。怖い怖い怖い。
それに加えて、先ほどの黒岩のようなセリフ……これはもしや。
「私が、あなたを
「……結構です」
間違いない。これは、中二モードだ。
説明しよう。中二モードとは、周りの目がなくなると時折姿を見せる久遠寺さんの第二の姿である。このモードになると、リアルに奇跡を生み出しそうな勢いで役にのめり込むので、相手は対応に困る。ただし、数分経てば通常の優等生モードに戻る、はず。
「拒むというのですか?」
「えーと、そうじゃないけど……」
これ、空気読んでお芝居に付き合うべきなんだろうか。
この中二モードに相対するのは二度目なのだが、前回とはがらりと中二病のタイプが違うため、どう対処すればいいのかわからない。
この間はもっとこう、闇を纏っているような雰囲気だった。よくわからん謎の組織に追われているだとか、右腕が疼くだとか、そっち方面だった。邪気眼系、だっけ?
あの時のことを思い出せ。
確か、久遠寺さんが急に包帯を巻きだして……
「昨夜、右腕に宿りし
包帯でぐるぐる巻きになった腕を自慢げに見せつけてくる久遠寺さん。
「急にどうしたんだ……?」
戸惑いをぶつける俺。
「つまらないわ」
とため息をおつきになる久遠寺さん。
その後しばらく口をきいてくれなかった。
…………。
なんだ、なら簡単じゃないか。わざわざ同じ轍は踏むまい。
「わ、我に救いをぉ……」
片膝をつき、虚空に手を掲げ、なるべく乾いた声を絞り出す。
言ってから思った。これめっちゃ恥ずい。
しかし、どうやら恥ずかしい思いをしただけの効果はあったらしい。
「ああ、無辜な民よ。私があなたを
久遠寺さんが喜々として俺の手をつかむ。さっきと連れていかれる場所の名前が違うような気がするけど、とっても楽しそうだからまあ良しとしよう。なんだか、つられて俺まで楽しくなってきた。たーのしー!
「さあ、こちらへ!」
つかまれた手が、ぐいと勢いよく引っ張られる。
……手汗ですっぽ抜けたりしないといいけど。
そんな益体もない心配をしながら、俺はなされるがままに久遠寺さんに連行された。
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