第12話:密かな決意
放課後になると、全校生徒が一斉に体育館へと移動を開始した。言うまでもなく、例の相架山に関する集会のためだ。
一年生の教室は一階の、しかも体育館からそう遠くない位置にあるのだが、上階から下りてくる上級生の方々に道を譲らねばならないことになっている。学校としては早い段階から年功序列を教えてやろうということかもしれないが、効率は悪い。
大勢の人が階段を下りてくるのをクラスで列になってしばらく見送り、大方行ってしまうとようやく自分たちも体育館へと進み始めた。
到着すると、今度は目視で「前へならえ」をして列を整え、先頭のクラス委員の指示でドミノのごとく前から順に座っていく。俺も体育座りで座った。
集会が始まる前なので、体育館の中はだいぶざわついている。
しかし、俺は全くざわついていない。何故なら、周りに話せる奴が全くいないからだ。
クラスごと男女別れて先頭から背の低い順で並んでいるのだが、黒岩は俺より頭五つ分くらい後ろにいるし、久遠寺さんは女子なので男子の列の前方に形成されている女子の列にいる。志乃はそもそもクラスが違う。
館内には千人弱の人間がひしめいているというのに、気軽に話せる人としてパッと思いついたのはたった数人。ばらばらに散っていたって文句の一つも出ない。
こう考えてみると、俺はつくづく狭いコミュニティで生活している人間だと思う。
大多数の人間は、きっと俺よりも広く深く込み入った人間関係を形成しているのだろう。そういうやつらは当たり前のようにそれを保持している。それを保持する能力を当たり前のように有している。
俺には、当たり前のようにそれがない。
言い訳じみていることはわかっている。というか、多分これは言い訳だ。負け惜しみだ。
今まで、何万回と同じような自己弁護を繰り返してきた。
あいつには才能がある。あいつは天才だ。俺とは違う。俺には才能がない。
努力では決して越えられない壁の存在を知ったような顔をして、惰性で生きてきた。
そんな日々をつまらないと嘆きながら、他にやることもないから教師や親に言われたことだけやって、流れで徳明高校に入学し、かと言って自分から何をするでもなく。
このままでは人生を棒に振るという予感と隣り合わせているにも拘らず、自ら無為な日常を選択している。
――だから、これだけ色々なことができても、私は人のために能力を使わなくなった。
ふと、久遠寺さんの言葉が脳裏をかすめた。
――人との関わりも極力避けるようになった。そうするしかないと思ったから。
思わず口の端がニヤリと吊り上がる。
――そんな生活を送っているうちに、生きていることがつまらないと感じ始めた。
そうか。
やっぱり似てるんだ、俺と久遠寺さんは。
才能を持て余している、あるいは才能が無いことを免罪符にして、何の策も講じない。傷つきたくないから、どうすることもできないと決め込んで、つまらない人生からの脱却を諦めている。
なんて虚しいんだろう。
誰もがうらやむような才能を持っていながら人生を嘆く人がいる一方で、才能がないことを言い訳に何もしないで世の悲哀を嘆く人がいて。それでいて、お互いにもったいない生き方をしていると思うことが、このすれ違いが、虚しくないわけがない。
そう感じているのに、何故動き出さないのか。
才能が無いからと言って、それが俺は何もしないでいい理由になるはずがないのだ。免罪符になど絶対になり得ないのだ。
俺はそんなこともわかっていなかったのだろうか。
いや、わかっていた。わかったうえで、目を背けていただけだ。
それが今、こうして向き合っているのは、久遠寺さんの影響だろう。彼女の苦悩に、そのもどかしさに、言い訳を探し続ける俺の心は引き留められた。
では、向き合ったのなら、どうするべきか。
それも、わかっているつもりだ。
大勢の人間が一堂に会したこの体育館の中で、俺は誰にも知られず密かに決意した。
やってやろう。人生が変わるような、そんな何かを。
仰々しいきっかけなど不必要だ。今まで一度もやってこなかったものなど、金輪際現れないと思った方がいい。能動的にやるしかない。
それに、すぐには変わらなくても、少しずつでいい。そっちの方が性に合っている。
そうだな、手始めに――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます