二章
第4話:がたいの良いオタク
俺という人間は半端なく飽き性で、とうの昔に人生にすら飽きてしまった。何をしても面白くなくなってしまった。生きるのが辛い。完全に末期だ。鬱。
そんな旨のことを、クラス内で唯一の話し相手である
黒岩は筋骨隆々で図体がでかく、短く刈られた髪にはそれなりの清涼感があり、顔もそこそこイケていて、さながら万能スポーツマンという印象を持たれやすいのだが、勘違いしてはいけない。確かに運動はできるのだが、
「……ふむ、ヤサカのケイよ。貴様は我にそのような戯言を申してよいとでもお思いか?」
残念ながら、この通り残念な奴である。
もちろん、黒岩と言えどさすがに普段から『我』だの『貴様』だの言っているわけではない。ただ、時(主に俺と話しているとき)と場合(その場のノリ)によってはこういうしゃべり方をするやつだということを俺は声を大にして主張したい。
それと、あともう一つ。彼は複数の部活動や同好会に所属しているのだが、それが『SF・オカルト研究会』、『文学部』、『創作同好会』の三つであるということもぜひ知っておいてほしい。みなさーん、こいつはオタクです! 全然スポーツマンじゃありません!
なお、大して運動もしていない彼が体格に恵まれている理由は、本人曰く「あー、たぶん遺伝」らしい。とどのつまり、こいつの筋肉は脳まで侵食し始めている。
「ヤサカのケイよ、何故か我を見る目が冷たいぞ……」
「なあ黒岩、俺は割と真剣な相談をしてるつもりだから、真面目に答えてくれよ」
時は昼休み。各々がいそいそと昼食の準備をしている時間帯に、俺たちは向かい合わせにセットされた机に座って話し合っていた。昼食前のわずかな談話タイムだ。
学ラン越しにもわかるほど太い筋肉質の腕を組んで、黒岩が唸る。
「うーむ……お前が人生をつまらないと感じているようにはとても思えないが……本当に、本気で言ってるのか?」
「そうだとも」
俺の言う『人生に飽きる』というのは、例えば、あらゆる娯楽に対してどうにも心の底から楽しむことができなかったりだとか、どんな人生も死に収束するという当たり前のことを必要以上に深く考えてしまって、次第に自分の存在が軽々しいものに感じ始め、生きる気力が湧かなくなったりすることだ。はい、鬱。
「ならば聞くが、お前はあの久遠寺嬢と話している時までもがつまらないというのか?」
ビクッ。「久遠寺」というワードに反応して、肩が跳ねた。
「え、えーと……」
「うなずくな。うなずこうものなら、俺はお前に拳を振るわなければならん」
黒岩が、俺たちの近くで一人弁当をつまみ始めた久遠寺さんを見て、それから俺を見た。
「あのような見目麗しき美女と突然距離を縮めやがって、それでも人生がつまらないとは、高望みが過ぎると思うぞ、ヤサカのケイよ」
「……うーん、一理あるけど、実際は『距離が縮まった』というより『一方的に距離を縮められている』って感じなんだよな」
「なおのことうらやましいっ!」
「声がでけぇよ」
黒岩の魂の叫びのごとき大声に反応して、久遠寺さんの視線が弁当箱から俺たちの方へと切り替わる。俺と目が合うと、彼女は薄い笑みを浮かべて口元をわずかに動かした。察するに、何かを伝えようとしているようだ。なになに……。
『ば、ら、す、な』
なるほど。読唇術を知らない俺でもわかった。何故なら、すでに彼女の口から聞きなれた言葉だったからだ。このように、彼女は監視の際、往々にして釘を刺してくる。
――あの一件以降、俺は久遠寺さんに監視されるはめになった。
彼女の秘密を知ってからすでに数日が経っているのだが、監視はいまだに続いている。なんでも、一度は俺のことを信頼したが、やはりしばらくの間は見張っていないと気が済まないんだとか。真の意味で信頼を得るってのはなかなか難しいもんだ。
無論、晒してやろうだとか、弱みにつけ込んでやろうだなんて気はさらさらない。そうしたところで俺に何の得があるわけでもないし、そこまで性悪にはなれない。しかし、久遠寺さんが不安だというなら監視を受け入れるほかなかろう。
それに、監視と言ってもどこかに閉じ込められるわけではなく、ただちらちらと様子を窺われたり、行く先々にそれとなくついてきたりと、その程度だ。むしろありがたい……っていかんいかん。そんなことを思ってしまったら黒岩と同レベルじゃないか。
その黒岩はと言えば、すっかり久遠寺さんに視線を奪われていた。
「……マジで眉目秀麗だな、久遠寺嬢は。あっ、そうだ。現在鋭意構想中の小説のヒロインのモデルとして、彼女を採用するのはどうであろう?」
「知らん。あと、超どうでもいい」
「ひどすぎワロタ」
「…………」
いや、おまえのそのネットスラングを日常会話にごく自然にぶっこむスタイルの方がひどすぎワロタなんだけど。
まったく、いつもこんな感じの癖に、ボール投げの記録が野球部三人に次いでクラス内で四番目なのだから、黒岩刀哉という男はわけが分からない。その天然の筋肉を少しは俺にも分け与えろ、もしくはもっと有効に使え、と願望をぶつけるのも馬鹿らしくなる。
会話が途切れ、それぞれ昼食(俺はコンビニ弁当、黒岩は普通のお弁当)の準備をし始めると、俺たちのもとに見知った人物が近寄ってきた。
軽快な足音とともに現れたそいつは、開口一番に明るい声で言った。
「けーい、ご飯食べよー!」
「声がでけぇよ」
現れたそいつとは、努力大好きハイテンション熱血幼馴染の志乃だった。おいおい、勢いで形容詞並べたら思いのほか的確になっちゃったよ。
昼休みということもあり、教室がざわついているおかげで志乃の声が目立つことはなかったが、いい加減彼女には目の前にいる人に向けて出す声のボリュームを学習していただきたいものだ。ツッコミを使いまわさせないで。
「むむ、誰かと思えば志乃氏か」
「あ、刀哉君。久しぶりだね」
二人が砕けた口調で挨拶を交わした。
高校に入ってから俺と黒岩が知り合って、二人組を強制された時はペアを組む程度の仲になり、それに伴って志乃と黒岩も知り合ったわけだが、この二人はここ二か月弱の間にそこそこ打ち解けている。黒岩は若干女慣れしていない感じがあるが、志乃の方がそれを補って余りあるほど男女分け隔てなくフレンドリーな性格だからだろう。
仲良きことは美しきかな、なんてしみじみ考えていたら、志乃が「あ」と声を漏らして口元を手で覆った。
「もしかして、二人でお昼ごはん食べようと思ってた感じかな」
「まあ、そういう感じだな」
「そっかー、じゃあ悪いけど刀哉君は一人で食べてね」
「なぬっ!?」
体格のいいオタクが椅子から転げ落ちた。
「お前はぼっち飯の虚しさを知らんのか……」
どうして笑顔でそんな悲痛な宣告ができるんだよ。
言っていることは最悪だが、とても悪意があるとは思えないような満面の笑みを浮かべる志乃に対し、引きつった笑みを浮かべる黒岩。
なんというか、この絵はそろそろ見慣れはじめた。人のことはあまり言えないが、志乃は基本的に黒岩の扱いが雑だ。うん、これもきっと打ち解けている証拠だな!
「致し方ない。ならば俺はSO研の部室で食すとしよう」
机上に広げられたお弁当が逆再生されるかのごとく片付けられていく。志乃の強情さを知っている者なら当然の反応だろう。口答えするだけ無駄だ。
ちなみに、『SO研』というのは『SF・オカルト研究会』の略だそうだ。実際のところ、多くの生徒は『オカルト研』と呼んでいるのだが、会員だけは創設当初から代々そう呼んでいるんだとか。なんでも、SFとオカルトの両者を平等に扱うという意図があるらしい。
「なんか悪いな、急に断って」
あれ、なんで俺が謝ってるんだろう。
……まあいいか。
「この程度全然おkだ。では、また後でな」
黒岩は荷物をまとめたのち、ひょいと片手を挙げて颯爽と教室を去っていった。
その無駄にでかい背中を見送りながら、あいつはあいつで苦労も多そうだなー、なんてちょっとばかり憐憫の情が湧いた俺であった。
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