【九十七丁目】「「何ですとぉぉぉっ!?」」

 「な、何が起きた…!?」


 「降神町おりがみちょうジューンブライド・パーティー」本部テント内。

 モニター内で起きた異常に、秋羽あきは三尺坊さんじゃくぼう)が、思わず声を上げる。

 画面の中では、三節棍さんせつこんを一本の棍に変化させた赤い髪の女が、妃道ひどう片輪車かたわぐるま)と対峙していた。

 そして、秋羽の目は、妃道が放った【炎情軌道えんじょうきどう】の炎弾が迫る中、突如目を覚ました三ノ塚さんのづか ともえ舞首まいくび)が、その髪を紅く変化させると同時に、自らに覆い被さっていたリュカ(犬神いぬがみ)を蹴り剥がし、空中へと逃れたその一部始終を捉えていた。

 そのモニターをチラリと見ながら、傍らのつぶら目目連もくもくれん)が言った。


「ようやくようですね」


…?」


 思わず振り返る秋羽に、圓が頷く。


「ええ。彼女は『三ノ塚 翔燃ともえ』…“舞首”である三ノ塚さんの妖力で変性へんせいする『二の首』です」


「変性!?『二の首』…!?」


日羅ひら戦士長は“舞首”の伝承はご存知ですか…?」


 唐突にそう切り出すと圓。

 それに、秋羽は頷いた。

 怨霊“舞首”の伝承は、その血生臭さと深い業で知られている。

 昔「小三太こさんた」「又重またしげ」「悪五郎あくごろう」という三人の男がおり、ある時、いさかいを起こした。

 反目し合う三人の怒りは次第にエスカレートし、遂に争いは刃傷沙汰になる。

 そして、それぞれの首を刀で切り落とすという結末を迎えた。

 しかし、三人の首は死してなお争い続け、憎しみの炎を吐き散らしながら、海上を舞い飛んだという。

 圓は映像チェックに意識を戻しつつ、続けた。


「彼女…三ノ塚さんは“舞首”の逸話になぞらえて、その身に三つの異なる個性パーソナリティを宿しています。そして、彼女達は自らが持つ妖力【三形変生さんぎょうへんじょう】によって、それを切り替えることが可能なのです」


「三つの異なる個性…つまり、人間でいう『多重人格者』ということですか?」


「それよりもっと複雑です。彼女達はお互いに独立した人格を持ちながら、趣味・嗜好や行動原理は全くの別人です。そこまでは『多重人格』といっていいのでしょうが、彼女達には『根幹ベースになる人格』がそもそも存在しません。生まれながらにして、お互いに相反する部分を持ち、お互いの存在すら知覚しない彼女達は、深層意識レベルから完全に分立した個性パーソナリティーとそれぞれ異なる技能スキルを有しています。そういう意味では『多重人格』というより『複合同時存在』の生命体と言うべきでしょうね」


 そこまで言うと、圓は溜息を吐いた。


「もっとも、一番多く表に出ている『巴』さんは、自分の妖力の使い方をよく分かっていないようで、意識を失ったりするなどしないと、他の二人にバトンタッチできないようです。それに“三の首”である人物の詳細は、我々も未だ確認できておりません」


 秋羽は、先程の圓の言葉を思い出していた。

 確か、圓はこう言っていた筈だ。

 「、心配無用なんです」と。

 つまり、巴が意識を失い、別の存在である「翔燃」が出ることを予測しての発言だったのだ。


「いずれにしろ、翔燃かのじょは戦闘に特化した技能スキルを持った人物です。あの“片輪車”が相手でも、引けは取らないと思います」


 圓の言葉に、秋羽はモニターに目を戻した。


「『複合同時存在』“舞首”…ここからが本気という訳か」


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「いくぜ!」


 その声と共に、翔燃が棍を構えたまま突進する。

 妃道との間にはそれなりの距離があったが、翔燃は矢の如く駆け抜け、一瞬で間合いを詰めようとした。


「!」


 それを察知し、素早くバイクをターンさせる妃道。

 至近距離では【炎情軌道】の発動は難しい。

 どうしても一定の距離が必要だ。


「逃がすかよ!」


 妃道の背に追い縋る翔燃へ、バイクの後輪から放たれた炎弾が迫る。


「チッ!」


 翔燃は舌打ちしながら、機敏な動きでそれをかわした。

 その間に距離を取った妃道が、再度反転し、ウィリー状態になる。


「燃え尽きちまいな!」


 炎に包まれたバイクの後輪から、再度炎弾が放たれた。

 それに対し、翔燃は避ける代わりに大きく息を吸い込む。

 そして、思い切り口を開けた。


「ファイアー!!」


ゴオオオオオオオッ!!


 瞬間、翔燃の口腔から物凄い火炎が吐き出される。

 文字通りの業火の吐息ファイアーブレスは【炎情軌道】の炎弾と激しくぶつかり合い、相殺し合った。

 それを見た妃道が目を剥く。


「ドラゴンかい、あいつは…!?」


「はっはぁ、驚いたか!火を使えるのはあんただけじゃねぇんだよ…!」


 そう言いながら、翔燃は棍を勢いよく回転させる。

 そこに突っ込む妃道のバイク。

 ウィリー状態のまま、炎の軌道で大地に焼き尽くしつつ加速する。


「図に乗るんじゃないよ、ドラゴン女が!今度は本気でいくよ!」


 妃道のバイクが、最大の咆哮を上げた。


「こいつがフルスロットルだ!」


 妃道の掛け声と同時に、無数の炎弾が放たれる。

 その全てが翔燃へと向かった。

 炎弾は、いずれも凄まじい熱量を放っていた。

 離れた位置にいる翔燃自身が、熱を感じるほどだ。

 だが、それに翔燃が不敵に笑う。


「へへっ、上等!」


 棍を一閃し、腰を落として身構える翔燃。

 そして、再び大きく息を吸い込む。


「ファイアー!!」


 再度放たれる業火の吐息ファイアーブレス

 その真芯を突くように、翔燃は棍を突き出した。


「いっけぇ!!」


 突き出された棍に節が生じ、瞬時に三節棍さんせつこん形態へと変化する。

 それはいかなる技なのか。

 三節棍は吐き出された業火の吐息ファイアーブレスの業火をその身にまとうと、火龍の如く大きくしなって膨張した。


「そうら、よっと…!」


 翔燃は炎の鞭と化した三節棍を投げ縄のように頭上で振り回すと、何と迫り来る炎弾の一つへと叩きつけた。

 炎の三節棍に弾き返された炎弾は、別の炎弾に衝突。

 そのまま別の炎弾が全く別の炎弾へと衝突していく。

 そうして炎のビリヤードと化した無数の炎弾の一つが、妃道のバイクへと肉薄した。

 慌てて首を竦め、直撃を避ける妃道。

 炎弾は、バイクの後部スレスレをかすめて地面に着弾する。

 派手に上がる爆炎に、妃道が吐き捨てるように言った。


「あのドラゴン女、何て真似を…!」


「はっはぁ!自分の炎で燃え尽きちまえ!」


 炎弾の着弾により、あちこちで炎の柱が噴き上がる庭園の中、翔燃が炎の三節棍を振り回しながら哄笑する。

 しかし。

 不意に翔燃は頭痛を押さえるように、頭を抱えて苦しみだした。


「…チッ!また、いつもの頭痛コレか!」


 苦虫を噛み潰したように、不機嫌な表情でそう呟く翔燃。

 同時に、その赤髪が先端から徐々に黒く変色していく。

 それに伴い、翔燃自身の身長や体つきも変化を見せた。


「ええい、クソったれ!あと一歩だったのによ!」


 絶叫する翔燃。

 そして、手にした三節棍の炎が消失すると、一瞬後には「翔燃」の姿は再び「巴」へと変化していた。


「…はれれ?私、一体何をしてたんだっけ…?」


 状況が分からず、周囲を見渡す巴。

 そして、辺りの惨状を見るや、ギョッとなったように一歩引いた。


「ひっ!?か、かかかか火事!?大変、早く消防車ーっ!」


 途端にわたわたと慌て始める巴。

 そこに妃道がバイクをターンさせ、再度突っ込んでくる。


「ふざけてんのかい、あんた!」


 そのまま【炎情軌道】の発射態勢に移る妃道。

 だが、その前に一つの影が躍り出た。


「Hey!Good jobね、巴!後は私に任せなサーイ!」


 翔燃に蹴り飛ばされた結果、無傷でいたリュカが、腰の刀を抜きながら巴にウインクした。


「どきな、ワン公!」


 そこに妃道が正面から接近する。

 リュカはニッと笑い、刀を口にくわえた。


「お断りネー!Come on ファイアーガール!」


 避ける代わりにリュカは腰を落とし、再び四足獣のように身構えた。

 それを認めた妃道が、妖力を発動させる。


「いきな!【炎情…】」


無流むりゅう 体伝たいでん辻影法師つじかげほうし』!」


 四肢をたわめていたリュカが、勢いよく疾走を始める。

 そして、その直後。

 何と、リュカの姿が四つに分裂した。


「…何!?」


 妃道が驚愕の声を上げる。

 疾走しながら、妃道に向かって左右、上空、正面から、四人のリュカが迫る。

 妃道にはそのどれもが残像ではなく、完全な分身に見えた。


「Hey!本物はこっちネー!」

「こっちが本物かもヨー?」

「いやいや、こっちネー!」

「No!私が本物デース!」


 四人のリュカが一斉にPRを始める。


「くそっ!」


 完全に意表を突かれた妃道は狙いが定まらず、思わず【炎情軌道】の発動を躊躇ためらった。

 そこに一瞬の隙が生じた。


「もらったネ…!」


 正面から突進していたリュカが、ニカッと笑う。

 その瞬間、他の三人のリュカが陽炎のようにぼやけて消失した。


「無流 剣伝『餓狼旋がろうせん』…!」


 刀を脇構えの形に持ち、更に加速するリュカ。

 そのまま、妃道のバイクと交錯する。

 やや進んでから妃道のバイクが停止し、リュカも刀を横薙ぎに振り抜いた形で止まった。

 その一部始終を見ていた巴をはじめ、実況席の二弐ふたに二口女ふたくちおんな)や鉤野こうの針女はりおなご)、観客一同が固唾かたずを飲んで見守る。

 互いに動かない中、妃道は笑みを浮かべた。


「…フッ、ご大層な名前の技だけど、不発だったようだね」


「それはどうかナ?」


 刀身を鞘に収め、チンと鯉口を鳴らすリュカ。


「何…って、うわっ!?」


 妃道は、不意に両手に違和感を覚えた。

 慌てて手元を見ると、手にしていたバイクのハンドルが、根元からきれいに切断され、バイクの本体から分離している。


「~~~~ッ…!?」


 無残な姿に変わり果てた相棒バイクの姿に、妃道が声にならない叫びを上げる。

 そこにリュカがVサインを決めた。


「I´m Win!飢えた狼の牙は、鋼をも食い千切るのデース!」


「け、決着ーッ!文字通り白熱の展開を見せた『火の宮』の戦い!最後に制したのは謎の犬っ娘だーっ!」

「『守護花嫁ガーディアン・ブライド』妃道さん、大奮闘でしたが、これには完全に戦意を喪失ーっ!」


 二弐が興奮したようにマイクを握る。

 観客もそれに歓声を上げた。


「…ムゴいですわ」


 ハンドルを失ったバイクの前にへたり込み、呆然となっている妃道の姿に、思わず鉤野がそうコメントする。


「リュカさーん!」


 歓声に応えていたリュカの元に、巴が駆け寄ってくる。

 それをリュカが笑顔で迎えた。


「巴、Thank youね!Youのお陰で、何とか勝てましタ―」


 それに不思議そうな表情になる巴。


「え?私のお陰って…わ、私、何かしました…?」


「…覚えてないノー?」


「え、えっと、スミマセン!何か、リュカさんの背中にいる間に気を失ってしまって…本当にゴメンナサイ!グズで役立たずで、本当にゴメンナサイ…!」


 ペコペコと頭を下げる巴の肩に、リュカがそっと手を置く。


「…リュカさん?」


 キョトンとなる巴に、リュカは首を横に振った。


「巴、Youは役立たずなんかじゃないネー」


 そして、親指を立てサムズアップするリュカ。


「言ったでショー?巴は『YDK』だって!」


「…『やっとできる子』ですか?」


「No!『やっぱりできる子』ネー!」


 そう言いながら、ウィンクするリュカ。

 それに巴は笑顔を浮かべた。


「あ、ありがとうございます!」


 握手を交わす二人。

 と、リュカが何かに気付いたように、顔を上げる。


Oopsおっと!こうしてはいられまセーン。早く花束ブーケをGetするネー」


「そ、そうでした。確か花束ブーケは、さっきの女の人が乗っていたバイクに…」


 そう言いながら、妃道のバイクに近付く二人。

 そして、二人は同時に凍りついた。

 巴の言葉通り、妃道が守っていた「バラの花束ブーケ」は、彼女のバイクに括りつけられていた。

 それも後部に。


Jesusジーザス…」


 思わずそう呻くリュカ。

 巴も呆然と立ち尽くす。

 二人の視線の先には、バイクの後部に括りつけられたまま、無残にも花束ブーケがあった。

 リュカの脳裏に、先程、妃道の炎弾を打ち返していた翔燃の姿が浮かぶ。


「Fuuuuu○k!あの時に紅いトモエが打ち返したファイアーボールのせいネー!」


 思わず両手で頭を抱えるリュカと、自分の名前が出たので、反射的に謝り出す巴。


「す、スミマセン!ホントもう、何が何だか分かりませんが…とにかくスミマセンン~!」


「おおっと、これはまたまた予想外の結末だーっ!バラの花束ブーケが無残にも焼失していたーっ!」

「これで飛叢ひむらさんとの一日デート権も完全に消滅ーっ!白熱の『火の宮』の戦いは、勝者無き決着に終わったーっ!」


 特別実況席の二弐が、そう叫ぶ。

 その横で、鉤野が一つ溜息を吐いた。

 それにニヤケ顔になる二弐。


「…おやおやぁ?どうしたんですか、鉤野さん」

「何だかホッとされたようですが…?」


「べ、別に何でもありませんわ!それより、これで残す花束ブーケはあと一つですわね。それは一体どこにありますの?」


 鉤野がそう尋ねると、二弐はオーロラビジョンへと向き直った。

 鉤野の言う通り、残された花束ブーケはあと一つ。

 しかも、二弐にとって最も重要な花束ブーケめぐるとの一日デート権を有する白百合の花束ブーケである。


「おっと、そうでしたね。それでは最後の花束ブーケが配置された場所へ映像をつなげましょう!」

「最後に残されたのは『風の宮』…この『降神町ジューンブライド・パーティー』の会場にもなっております『大風車』です!」


「すぐ隣りじゃありませんか!?」


 思わず声を上げる鉤野に応えるように、オーロラビジョンの映像が切り替わる。

 すると、大風車を背景に一人の花嫁が後ろ向きに立っている映像が映し出された。

 風になびく純白のヴェール。

 可愛らしさを追求したプリンセスラインのフリル付きドレス。

 最後の「守護花嫁ガーディアン・ブライド」がいま、その姿を現したのだ。


「にゃふふふふ…遂にあたしの出番と言う訳ね…!」


 そう不敵に笑う花嫁。

 すると、鉤野が納得したように言った。


「ああ、やっぱり宮美みやみちゃんでしたのね」


 派手にコケる最後の「守護花嫁ガーディアン・ブライド」…三池みいけ 宮美みやみ猫又ねこまた)。

 満を持しての登場シーンを台無しにされた三池は、モニター越しに牙を剥いて抗議した。


「ちょっと、おしずさん!もう少し空気を読んでよ、空気を!ここは話の流れ的に『な…何ィ!お、お前は…!』って盛り上がるところなんだから!!」


 それに鉤野が苦笑した。


「あ、あら、御免なさい。『やっぱり』というか、もう大体想像がついていたというか…」


「うう…最近、あたしの扱いが雑な気がする…」


 ふてくされる三池に、二弐が尋ねた。


「それはそうと…宮美ちゃんの所には、花嫁さん達は来なかったの?」

「見たところ、誰もいないようだけど…」


 それに、三池がピキーンと固まった。


「あ、あははは…え、ええと、その、来たことは来たんだけど…」


 しどろもどろになりながら、目を泳がせる三池。


「何かありましたの、宮美ちゃん?」


 その様子を不審に思った鉤野が尋ねると、三池は滝のような汗を流しながら、上目使いで二弐達に言った。


「ここに来た人達なんだけどぉ…皆、帰っちゃった」


「帰った?」

「どういうこと?」


 眉根を寄せる二弐に、三池は「にゃはは」と笑った。


「えーとね、平たく言えばぁ…あたしが花束ブーケ、なくしちゃったから☆」


 瞬間。


「「何ですとぉぉぉっ!?」」


 二弐は、絶叫した。

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