【六十二丁目】「ありがと」

 私…十乃とおの 美恋みれんは生まれて物心がついた時、既に世に特別住民ようかいが身近にいた世代である。

 それどころか、世間が「妖怪ブーム」に沸きに沸いていた直撃世代であり、そのせいもあって特別住民ようかいが街中を闊歩していても何とも思わないし、偏見もない。

 現にクラスメイトには“妖狐ようこ”の友人もいる。

 そんな世代という事もあってか、一部の世で言う「妖怪否定派」と呼ばれる人達の言動は、いささか理解出来なかった。

 彼らは「妖怪排斥」を掲げ、社会運動を起こしたり、時には過激な行動を取り、妖怪達に危害を加えようとする事もある。

 そんな彼らがそろって掲げるのは「妖怪は人に害を成す」という題目だ。

 理由は簡単。

 妖怪達はいずれも人間にはない力…【妖力ようりょく】の持ち主である。

 彼らは妖力により、怪力を発揮したり、空を飛んだり、身体の一部を変化させたりできる。

 中には非常に強力な力を持ち、自然現象を操ったり、天変地異を起こしたりといった神様に近い力を持つ者もいるという。

 そうした力ある者を恐れ、嫉妬し、貶めようとするのは、残念ながら私達人間が持つ、どうしようもなく醜い側面だ。

 なので、私自身はそうした彼らの言動に、反感すら感じる事がある。


 あるのだが…


 今、目の前で繰り広げられている戦場を目の当たりにすると、彼ら「妖怪否定派」が抱くそうした懸念が、少しばかり理解できてしまった。

 先程の黒塚くろづかさん(鬼女きじょ)と天狗達の戦いも相当な過激で苛烈なものだったが、今回の妖怪同士の戦いは更に凄まじかった。

 現在の状況は「多対一」。

 黒塚さんをはじめ、降神町役場のメンバーと以前で会った金髪キス魔女エルフリーデ、その仲間と思われる軍服娘達に正気に戻ったらしい女天狗、平安貴族みたいなお姫様も参戦し、全員で一人相手に総攻撃を行っている。

 出刃包丁に刀剣、銃に戦車の玩具まで用い、皆で必死に戦っているのは、天女の様な衣装に身を包んだJKギャルだ。

 また、このJKギャル…恐らく彼女が乙輪姫いつわひめとかいうくだんの“天毎逆あまのざこ”なのだろうが…の強いこと強いこと。

 多数で攻めているのにもかかわらず、あのメンバーが一気呵成いっきかせいに攻め立てながらも、彼女の牙城を崩すことが一向にかなわない。

 実はこの広場に来る少し前に、私は突然嵐の様な衝撃波に襲われた。

 身の危険を感じ、咄嗟に近くの大木の影に隠れて難を逃れたが、あのまま立ち尽くしていたら吹き飛ばされていただろう。

 恐らく、あれもこの少女の仕業に違いない。

 だとすれば、神霊という存在がいかに強大な力を持っているのかは理解出来る


 ただ…


 彼女が必死であるということだけは私には分かった。

 自宅で聞いた黒塚さんの話では、当初「突然出現した神霊の調査・接触交渉」が「神霊側に明確な害意が認められたため、拘束を前提とした戦闘もやむなし」という方向に国の方針が変わったという。

 結果、こういう展開になっているのは分かるのだが…何というか、のは何故だろう…?


「この程度で退くものか!わらわは“天毎逆あまのざこ”…つねかみはんするものなんだから…!」


 気勢を上げ、居並ぶ妖怪達を威圧する乙輪姫。

 王者としての威厳を見せつけるように、哄笑する。

 その笑いが、私は気にかかった。


(あの…何か、無理してるみたいな気がする)


 やせ我慢、と言ったら良いのだろうか。

 性に合わない癖に、無理に悪ぶって突っ張っている様に見える。

 実は私の知人に、そんな娘がいたのだ。

 その娘は、家庭の事情で日頃から荒んでいた。

 それが原因で、学校でも厄介者になり、心ない教師に根も葉もない噂を立てられ、更に荒んでいった。

 だが、聞けば元々は気も優しく、他人思いだったという。

 それを聞いてから、彼女の様子を注視していたが、確かに根っからの悪という訳でもなさそうだった。

 余談だが、夏休み直前に行方不明になったその娘は、程なくして自宅に帰って来たという。

 理由は省くが、性根が真っ直ぐ過ぎるくらいに改善され、今では率先して地域の奉仕活動にも参加しているらしい。

 その娘に、乙輪姫が重なって見えた。


「…あれ?」


 繰り広げられる激闘を前に、私はある事に気付く。

 居並ぶメンバーの中に兄の姿が見当たらないのだ。

 無論、普通の人間である兄が妖怪達の人外バトルに参加できる訳が無い。

 どこかに避難しているのだろうか。


「でも、どこに…?」


 一目無事な姿を見なければ、どうにも安心出来ない。

 私は兄の痕跡を求め、周囲をつぶさに観察していると、あるものに気付いた。


「足跡…?」


 妖怪達の戦場から、大きく森へ迂回する様に、二組の足跡が残っている。

 ラッキー!

 見れば、片方は間違いなく兄のものだ。

 「十乃 めぐる検定一級」の私にしてみれば、足跡を見れば兄のものか否かは即座に分かる。

 状況から察するに、どうやら兄は誰かと別行動をしている様だ。


「と、なれば…ここには用は無いわね」


 私は隠れるように戦場から遠のく。

 一進一退の妖怪バトルは気に掛かるが、今はそれよりも兄だ。

 足跡を見れば、森の中を回り込み、広場の中央にある塚の裏側に向かった様だった。

 早速追跡に移る。

 森の中はやぶが多くて進みにくかったが、程なくして塚の真裏に到達した。

 気付かなかったが、真裏には古びたお堂が立っていた。

 そして、塚への入口らしき穴があった。


「ここにも咲いているのね…」


 私はそう呟き、周囲を見回す。

 この山頂の神社の奥、広場の様な場所には白い美しい花が一面に咲き乱れていた。

 まるで、雪の様な白い絨毯に、最初に目にした時はいたく感動したものだった。


「見た事のない花ね…きれいだけど、何ていう花なのかしら?」


 足元の花に触れようとした時、不意に人の気配がした。


「急ぎましょう、沙槻さつきさん!…!」


「はい…!」


 声に顔を上げれば、塚の出入口になっている穴から、兄さん(女性体)と巫女服を着た一人の少女が飛び出してきた。


「兄さん…!」


「え…!?」


 私が思わずそう叫ぶと、駆け出そうとしていた兄が、慌てて急停止する。

 声を上げた私の方を見ようとしたのが悪かったのだろう。

 振り返ろうとした兄は足をもつれさせ、仰向けに転倒した。


「きゃあっ!?」


 兄の後に続いて走り出そうとしていた巫女さんも、避けきれずそれに巻き込まれる。

 結果、彼女も兄の上に重なる様に転倒してしまった。


「ちょ、ちょっと!大丈夫、二人と…も…」


 慌てて駆け寄ろうとした私は、硬直した。


 ああ、神様。

 コレは何の罰でしょうか。

 それとも何か私に恨みでもあるのですか…?

 私が声を掛けたタイミングが悪かったのは反省します。

 でも…

 でも、!!


 そう。

 仰向けに転倒した兄。

 その上に倒れ掛かった見知らぬ巫女さん。

 二人の唇は「偶然」というクソったれなハプニングのせいで、見事に重なり合っていたのだ、ド畜生!!


「ぷは…!ごごごごごごめん、沙槻さん!!」


 目を白黒させ、咄嗟に巫女さんの肩を押して身を起こす兄。

 盛大に慌てふためく兄の前で、巫女さんは頬の一つでも叩くかと思えば、


「…いえ…」


 そっと目を伏せ、頬を赤らめ、うつむいた。


 んん…?

 何だ、この反応は…!?


 偶然で過失が無いとはいえ、うら若き乙女が唇を奪われたのである。

 普通、もっとこう…何らかの拒否的なリアクションがあってしかるべきだと思うのだが…


「とつぜんでおどろきましたが…だいじょうぶです…」


 そう言うと巫女さんは、余韻を確かめる様に指で唇をなぞる。

 熱い吐息が漏れ、何か艶めかしい。


 待て。

 なんじゃあ、そりゃあ。


「……?」


 普段、意識して「兄さん」と呼んでいるのだが、この時の私は、あまりのショックに昔のように「お兄ちゃん」と呼んでいた。

 さらに、いつぞやの如く、全身に得も知れぬ衝動が走る。

 そんな私の存在に初めて気付いた兄は、ギョッとなって私を見上げた。


「み、美恋!?お前、何でここに!?」


「…どなたですか?」


 巫女さんも私に気付き、兄にそう問い掛ける。


「あ…い、妹の美恋です。ほら、前に逆神さかがみの浜で話した…」


「ああ…!」


 ポンと両手を叩くと、巫女さんは立ち上がり、私へ深々とお辞儀をした。


「はじめまして。わたしは“さつき”ともうします」


 そして、ニッコリ笑うとこともあろうに、


「わたしはとおのさまのつまになるよていですので、あなたはわたしのいもうとにあたるかたですね…?」


 プチン…!


「つ…ま…?」


「はい。とおのさまにおききして、いちどおあいしたいとおもっていました。こんごともよろしくおねがいします」


「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!沙槻さん、それは話が飛躍しすぎ!」


 「沙槻」と名乗った少女の台詞に、狼狽しまくる兄。

 その兄に、私はギギギ…と首を向ける。


「どういう…こと…?」


「ち、違うんだ、美恋!これはちょっとした誤解の産物で…」


「へええ…それでキスしたと…?」


「それも事故!偶然が生んだ避けようの無い事故だってば!ね?ね?沙槻さん?」


 それに沙槻さんはうっとりと頷いた。


「はい…わたしのはじめてが、とおのさまでよかったです(ぽっ)」


「そうだけどそうじゃなああああああい!!」


「事故…なのね?」


 確認する様に私は聞いた。

 兄がカクカクと頷く。


「勿論!そう、事故!事故なのさ!」


「じゃあ…私も事故るわ」


「…へ?」


「…!?」


 言うや否や、私は兄の上に覆い被さった。

 そのまま、兄の唇に標準を合わせ、一直線に自分の唇から倒れ込む。


がし…!


 倒れ込んだ私の顔を、兄は両手で挟んで押し止めた。

 チッ!

 あと少しだったのに!!


はんれ止ほめるの何で止めるのほ兄ひゃんお兄ちゃん!?」


「何でじゃない!何考えてんだ、お前は…!?」


あんひんして安心してほれはひこよこれは事故よ!」


「安心できるか!それに明らかに故意だろ!」


ひょうよそうよほいよ恋よふぁるい悪い!?」


 ズドオオオオオオン…!


 突然、地響きを伴った大きな爆音が響き渡る。

 それに兄がハッとなった。


「ふざけてる場合じゃないんだ、美恋!今はそれどころじゃないんだよ…!」


 そう言うと、兄は私を突き飛ばし、慌てて起き上がった。


「美恋、絶対にそこを動くんじゃないぞ!さあ、早く行きましょう、沙槻さん!」


「は、はい…!」


 そして、傍らの沙槻さんの手を取って走り出す。

 残された私は…

 不覚にも





























 (何で、ダメなの?)




























(何で、置いて行くの?)




























(こんなにも…)




























(こんなにも…恋しているのに…!)












「逃がすかああああああああああ!」


そんな「」の声を「」は遠くに聞いた。



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 息を切らせて、僕…十乃とおの めぐるは走った。

 今まで生きていて、こんなにも全力で走った事なんて、そうそう無かった。

 でも、今回は走らなきゃ…!

 突然出くわした美恋には驚いたが、今はそれどころではない。

 一刻も早く主任達の所に行って、を話さなければ…!

 思いは先走り、足の運びがもどかしい。

 くそっ、僕はこんなに足が遅かったのか!

 息を切らせて走る僕は、もはや身を隠す事もせず、塚を回り込んで、戦っている皆の元へと駆け付けた。


「!?」


 全速力で戻って来た僕達の前では、凄まじい光景が広がっていた。

 辺り一面の血溜まり。

 そこに突き立つ大きな出刃包丁を両手に持ち、黒塚主任が乙輪姫と一騎打ちを行っている。

 付近には大破したバイクと倒れ込んだ間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)と妃道ひどうさん(片輪車かたわぐるま)がいた。

 それだけではない。

 エルフリーデさん(七人ミサキ)率いる「SPTENTRIONセプテントリオン」の皆も倒れていた。

 一人無事なフリーデリーケさんが、必死の表情で手当てを行っている。

 彼女は孤軍奮闘ながらも、恐ろしい素早さで手当てを行っているが、倒れている皆はいずれも満身創痍といった様相だった。


「戻ったか、人の子よ」


 傷つき、倒れ伏した秋羽あきはさん(三尺坊さんじゃくぼう)を抱きかかえたまま、祝詞のりとを唱えていた樹御前いつきごぜん彭侯(ほうこう))が僕達に気付く。


「御前様、一体何が…!?」


「先程には及ばぬが、姫様が再度力を放ったのじゃ。黒塚の結界に力を押さえ込まれている筈じゃが…流石は神霊といったところかの」


「皆は!?大丈夫なんですか?」


 周囲の惨状に僕がそう問いただすと、フリーデリーケさんが微笑んだ。


「ええ、まあ何とか。御前様も居てくださって助かりました。私だけだったら、きっと手当てが間に合わなかったかも知れません」


「おふたりは、けがはないのですか?」


 沙槻さんも心配そうにそう尋ねる。

 それに樹御前が頷いた。


「危ない所じゃったが、この“三尺坊”が身を呈して咄嗟に我ら二人を庇ってくれた。流石は世に聞こえし天狗神、天晴あっぱれな判断じゃ。お陰で傷ついた者も我ら二人で何とか癒す事が出来た」


 僕はホッとした。

 いや…!

 ホッとするのはまだ早い!


「二人とも、そのまま皆をお願いします!」


「待て、何をする気じゃ?」


 呼び止める樹御前に、僕は答えた。


「あの二人の戦いを止めなくちゃ…!」


 そのまま、二人へ走り寄りながら、あらん限りの大声で叫ぶ。


「その決闘、ちょっとまったあああああああっ!!」


「十乃!?」


 僕に気付いた主任が、驚いた様にこっちを見た。

 いつもキッチリ結い上げられたその黒髪は解け、目から頬を伝い、紅い血の涙の様な文様が浮かび上がっている。

 全身傷だらけだが、その黄金の瞳は戦いに飢えた様にきらめいていた。

 いつもの主任とは違うその様相に、僕は思わず一瞬ひるむ。

 その瞬間、異界となっていた周囲の様子が、元の花園に戻った。


「し、しまった…!」


 珍しく主任が動揺した表情を浮かべる。


「領域がほころんだわね、人食い鬼」


 対する乙輪姫は、好機を掴んだかの様に微笑する。


「たかが人から鬼に成っただけの妖怪の分際で、よくもここまで妾の力を抑え込んだわね…褒めてあげる」


「くっ…!」


 乙輪姫には僕が制止する声は届かなかったようだ。

 状況的に、僕が横槍を入れたせいで、主任が追い詰められてしまったようである。

 これは…マズイ!


「乙輪姫、聞いてください!」


 僕は咄嗟に声を上げた。

 それにようやく気付き、乙輪姫が僕を見た。


「…誰かと思えば、そなたか。何?虫けらが今頃命乞い?」


 僕は首を横に振った。


「もう止めましょう。こんな戦いに意味なんかないんです」


 乙輪姫は沈黙した後、不意に笑い出した。


「なあに?恐怖で気でも狂ったの?」


「いいえ。僕達は見たんです。貴女の過去を…


 乙輪姫の笑いが止まる。


「…何の事かしら?良く分からないわね」


「では…を見せれば、ご理解くださいますか?」


 僕は、ポケットから白い勾玉の首飾りを取り出した。

 それを見た乙輪姫は、驚愕の表情を浮かべた後、物凄い怒りの形相になった。


「…そなたら…を荒らしたのね…!?」


 凄まじい殺気に気圧されそうになるが、僕は退かなかった。


「すみません。それに関しては謝ります」


「…でも、いつの間に!?…」


 そこで乙輪姫は、ハッとなって樹御前を睨んだ。


「彭侯っ!そなた、妖力でわらわたぶらかしたわね…!?」


「はい。いつばれるか、肝が冷えておりました」


 微笑みながら、そう答える樹御前。

 怒り心頭の乙輪姫を前にして、この余裕。

 流石は御前様…!


「どいつもこいつも…馬鹿にして…!!」


 怒りで顔を真っ赤にさせた乙輪姫の両手に、再び物凄い猛気が収束する…!

 うっわあ!

 また、さっきのアレを放つ気か…!?

 それにしても、まだそんな余力があるのか…!

 どんだけ化け物なんだ、この人…!!


「いかん!逃げろ、十乃!!」


 主任がそう叫ぶが、僕は動かない。

 いや、動けなかった。

 どのみち、ここからではもう逃げ場がない。


 絶体絶命。

 だが、その時…


「見つけたああああああああっ!!」


 その声に振り向いた僕は。

 乙輪姫の本気を見た時よりギョッとなった。


 見れば、怒りの形相を浮かべた美恋が、僕目掛けて凄まじい速度で接近して来るではないか…!

 わが身の安否はともかく、妹まで巻き添えにする事に、僕の全身が総毛立った。


「く、来るな、美恋…!」


 そう制止するが、美恋の足は止まらない。

 高校の記録をあらかた塗り替えたというその健脚で、猛ダッシュしてくる。


「絶ッッッ対に逃がさないんだからあああああッ!!」


 ん…?

 あれ?

 鬼の形相ともいえる迫力のせいだろか。

 美恋の額に…角が見える様な…?


「消し飛べ、虫けらが!」


 その声に振り向くと、力を充填チャージしきったのか、乙輪姫が勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 ひいいいいいっ!

 まさに「前門の虎 後門の狼」!

 どうする!?

 どーしたらいい!?


「とりあえず、伏せて」


 ひっ迫した状況で、不意にそんな冷静な声が聞こえた。

 どうしようもなく追い詰められていた僕は、咄嗟にその声に従う。

 身を伏せると同時に、黒い影が僕の傍らに立った。


「舞え」


 …え?


 こ、この声…!?


「【暗夜蝙声あんやへんせい】」


 黒い影はそう言い放つと、走り寄る美恋の足目掛けて一本の木の枝を投げ放った。

 木の枝は物理法則を無視した動きを見せ、側面から美恋の足に挟まる様に突っ込んだ。


「なあっ!?」


 凄まじい速度で走っていた最中に、突然足を取られた美恋は、その勢いもあってきれいに前転宙返りをする。

 そして、身を伏せていた僕の真上を飛び越し、反対側にいた乙輪姫へと突っ込んで行った。


「ちょおおおおおお!?」


「な、なんじゃああああ!?」


 ずんがらどっしゃーん!


 物凄い衝突音が、白い花園に響き渡り、僕は思わず目をつぶった。

 そして、周囲が静かになり、恐る恐る目を開くと。


「きゅう~…」


「ハらホろ…ヒれハれ…~」


 完全に目を回し、折り重なって倒れる美恋と乙輪姫の姿が目に入った。


 …ええと。

 どうやら、助かった…のかな…?


的確に命中くりーんひっと


 再び先程の声がする。

 そちらを見ると…


「ま、摩矢まやさんっ…!?」


 驚きに目を見開く僕に、死んだ筈の摩矢さん(野鉄砲のでっぽう)がいつもの無表情でピースサインを決めている。


「い…生きていたんですか…!?」


 あんぐり口を開ける僕に、摩矢さんは頷いた。


「この通り、元気」


「で、でも、あの時、乙輪姫の攻撃で…」


「死んだ風に擬態するくらい、獣でもやる」


 あっさりとそう言い放つ摩矢さんに、僕の目が点になった。


「じ、じゃあ、何で今まで黙っていたんです…!?」


「敵を騙すにはまず味方から。これも基本」


 僕は思わず脱力して、へたり込んだ。


「そ、そんな…僕はてっきり…」


「…私の銃、持って来てくれたんだ」


 僕の肩に担がれた銃を見ながら、摩矢さんがそう呟く。

 僕はそれを外して、差し出した。


「ええ。せめて、一緒にと思って」


「…そう」


 少し俯きながら、銃を受け取り、軽くチェックする摩矢さん。

 そして、背を向けながらいつもの様に銃を肩に担いだ。


「ありがと」


 小さな声で、そう言いながら。

 彼女は淡く微笑んだ。

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