【六十丁目】「行け、二人共」

 そして、戦いの火蓋は切って落とされた。


「いきな!【炎情軌道えんじょうきどう】!!」


 疾走を始めた妃道ひどうさん(片輪車かたわぐるま)のバイクから、先制の炎の飛礫つぶてが放たれる。

 しかし、乙輪姫いつわひめ天毎逆あまのざこ)はそれをあっさりと猛気の扇ではじき返した。


「派手だけど、当たらなければどうということはないわね…!」


「チッ」


 確かに妃道さんの炎弾は強力だが、それも命中してこそだ。

 舌打ちする妃道さんのバイクに、四肢に白蛇を巻きつかせた大きな白狐が並走する。


「妃道殿、もう一度今のをお願いします」


 白狐の背に跨った秋羽あきはさん(三尺坊さんじゃくぼう)がそう言うと、妃道さんはバイクを駆りながら尋ねた。


「いいけど、何をしようってんだい?」


「私の火伏せの力は、元を質ただせば火そのものを操る力。それをもって奴にひと泡吹かせてやります」


 追従する様に白狐が一声鳴く。

 妃道さんはそれに頷いた。


「よーし、一口乗らせてもらおうか!」


 爆音と共に、妃道さんのバイクの車輪が激しく燃え上がる。

 同時に更に大きな炎弾が放たれた。


「【炎情軌道】!」


火納天かなで!」


 妃道さんの炎弾が放たれると同時に、秋羽さんの指示に従い、白狐「火納天」が青い炎を吐く。

 二つの炎は重なり、凄まじい劫火となった。


「天魔覆滅!【三千焦土さんぜんしょうど】!」


 秋羽さんが手にした炎の剣を振るうと、そこに収束された極大の劫火が太陽の如く輝き、白熱する。

 そして、白竜の様にうねり、乙輪姫へと襲い掛かった。

 咄嗟に反応する乙輪姫。

 避けると思いきや、彼女は猛気の盾を張り、剛毅にも劫火を真正面から受け止めた。


「あっちちち!」


 劫火が盾に直撃した瞬間、乙輪姫の悲鳴と夥しい水蒸気が上がった。

 先程の沙槻さんが放った術でもそうだったが、乙輪姫の猛気の盾が炎を氷へ反転化しているのだ。

 しかし、今回は簡単に凍結される事はない。

 妃道さんと秋羽さんが併せ放った劫火の膨大な熱量が、その反転化のスピードを凌駕しているのである。


「このぉ!調子に乗らないでよ、ね…!」


 受け止めきれないと判断した乙輪姫は、猛気の盾を大きな膜に変化させ、劫火全体を包み込んだ。

 それだけで、劫火自体が一瞬で消失する。

 しかし、かなり強引な方法だったのか、乙輪姫も息を荒げていた。

 そこへ、バルバラさん、カサンドラさん、ディートリントさんの七人ミサキ前衛の三人が、すかさず接近戦を挑みかかる。


「さっきはよくもやってくれたな!」


「不意打ちのお礼はきっちり返させてもうらうわよ!」


「『ファフニル』よ、お待ちかねのにえだ。存分に喰らえ」


 鉄拳と曲刀カトラス、踊り狂う軍刀サーベルが乙輪姫に襲い掛かる。


「フン、鬱陶しいのが来たわね!」


 三位一体の攻撃を、猛気の扇でいなしながら、顔をしかめる乙輪姫。

 催眠から覚醒した際に、どんな風に不意打ちを食らったのかは分からないが、今回の三人の攻撃はかなり迫力があった。

 だが、本気を出した乙輪姫は、個々の攻めに冷静に対応し、一歩も退かず防いでいる。


「…ホラ、そこ!」


「きゃあっ!」


 連携の一瞬の隙を突かれ、猛気の扇で反撃を受けるカサンドラさん。

 力で圧倒され、転倒する彼女の前で、乙輪姫が猛気を手に収束させる。


「まず一匹!」


 猛気が放たれる寸前、しかし不意に乙輪姫はその手を引っ込めた。

 一瞬遅れて何発かの銃弾が、その手を掠める。


「…仕損じたか」


「しっかり狙え、下手くそ!」


「すみません。これ程速いバイク上からの精密射撃は初めてなもので」


 後部シートで狙撃銃スナイパーライフルを構えるアルベルタさんに、高速で疾走するバイクを操りながら、怒鳴る間車まぐるま朧車おぼろぐるま)さん。

 エルフリーデさんの指示なのか、何とも珍しい急造タッグである。

 しかし、狙撃を担当するアルベルタさんに、高速移動する足場をつけるとは思い切ったコンビだ。

 理由は今の一幕にある。

 間車さんは下手くそと言ったが、本来、固定使用が前提の狙撃銃を、高速で移動するバイクの上で使用するなど、プロでもしない。

 だが、アルベルタさんは、弾道計算、風速予測、常時変動する目標ターゲットとの距離などを瞬時に計測、最適数値をはじき、狙撃するという超人じみた芸当をバイクの上で行っているのである。

 そんな狙撃手スナイパーにとって劣悪な状況にも眉一つ動かさず、アルベルタさんは手動装填ボルトアクションで空になった薬莢やっきょうを弾き出し、続けた。


「ですが、貴女の運転技術の呼吸は読めました。次は外しません」


 言いながら、再度狙撃を行う。

 言葉通り、狙いは的確に乙輪姫の手を狙っていた。


「次から次へと…!」


 高速移動する精密射撃砲台と化した二人の狙撃を猛気の扇で防御しながら、乙輪姫が苛立つように牙を剥く。

 そこへ…


 ちゅどどどどどどど…!!


 『SPTENTRIONセプテントリオン』が誇る「最大火力幼女」こと、ゲルトラウデさん率いる『機甲師団パンツァーディヴィジョン』の玩具戦車隊が砲撃の雨を降らせた。

 相変わらずの無表情で乙輪姫を指を差し、砲撃の指揮を執っている。


「ふわあ、やっぱり容赦ないね、ゲルちゃん」


 眼前で繰り広げられる苛烈極まる連続砲撃に、傍らにいたフリーデリーケさんが、ゲルトラウデさんの顔を覗き込む。

 その表情は、いつもの無表情のままだ。

 しかし、


「…(`Д´♯) 」


「…怒ってるんだね。一応」


 コクリと頷くゲルトラウテさん。

 一見幼く温和な彼女だが、そこはさすが元第三帝国軍人。

 、"Auge um Auge, Zahn um Zahn"…「目には目を、歯には歯を」の精神を死後も立派に受け継いでいるようだ。


「いい加減に…」


 突然。

 爆煙の中、乙輪姫の両手にかつてない規模の猛気が収束される。

 それを察知したのか、主任とエルフリーデさんが叫んだ。


「来るぞ!油断するな!」


「総員退避!対衝撃防御!」


「とおのさま、ごぜんさま、わたしのうしろへ!」


 僕と樹御前いつきごぜん彭侯ほうこう)を庇う様に、沙槻さつきさん(戦斎女いくさのいつきめ)が大幣おおぬさを構え、前に出る。


「もろもろのまがごとつみけがれをはらひたまへきよめたまへ!」


 沙槻さんが祝詞を唱えると、僕達を覆い包むように巨大な古鏡の幻影が出現した。

 そして、


「しなさいよ…!」


 乙輪姫が牙を剥いて吼える。

 直後、開放された猛気の波が、僕達を襲った。

 暗い紫色の波が半円状に広がり、暴風雨の如き衝撃波が辺りを席巻する。


「う、うわ…!?」


 思わず目をつぶる僕。

 が、迫り来る衝撃波は、沙槻さんが張った結界に阻まれた。


「さすがは“戦斎女いくさのいつきめ”よな」


 一緒に守られた樹御前は、慌てる様子もなく続ける。


「…が、姫様はそれ以上か」


 その視線の先を追うと、結界が大きくたわんでいるのが目に入った。


「な、なんて…いりょく…!」


 歯を食いしばり、結界を維持しようとする沙槻さん。

 その額に玉の様な汗が浮かぶ。

 何てことだ。

 彼女の結界すらも、乙輪姫は上回るというのか…!?


「も、もう…げんかい…」


「そう言わず、もう少し気張るがよい“戦斎女いくさのいつきめ”」


 そう言うと、樹御前は澄んだ声で祝詞を歌い始める。

 その声は木霊の様に響き渡り、結界のたわみを押さえていった。

 【樹奏輪唱じゅそうりんしょう】…樹御前の妖力は、植物を媒介し、様々な効果を生み出す。

 恐らく、彼女の妖力が沙槻さんの結界を補強しているのだろう。

 周囲が森林で植物が豊富だったのも幸いしたのか、結界は破られることなく、衝撃波も収まった。


「み、みんなは…」


 もうもうと立ち込める土煙の中、六角形の虹彩が浮かび上がる。

 あれは…!


「やれやれ…今のはさすがに肝が冷えたぞ」


 エルフリーデさんが額を拭いながら言う。

 その前面で、エルフリーデさんに支えられる様にアルベルタさん以下『SEPTENTRIONセプテントリオン』の六名が、錫杖を手に六角形の陣を形成していた。

 あれは…確か!「“Monsturumモンストルム・ vonフォン・ Brockenブロッケン”」!

 ドイツ語で『ブロッケンの怪物』の意味するこの戦陣は、彼女たちが誇る最大防御陣形だ。

 その防御力は凄まじく、初めて出会った時、間車さんが全力全開で放った【千輪走破せんりんそうは】キックを、完全に防ぎきった実績がある。

 見れば、エルフリーデさんの傍に主任と間車さんの姿もあった。

 どうやら、彼女達七人が二人を守ってくれたようだ。


「…いつぞやのコレに助けられるたぁな」


 以前『SEPTENTRIONセプテントリオン』やりあった時の記憶が蘇ったのか、複雑な表情になる間車さん。


「助かりました、司令官コマンダント


 陣を解きながら、アルベルタさんが息を吐く。


司令官コマンダントの【七怨霊将ズィーベンガイスツ】によるバックアップがなければ、凌ぎきれなかったと思います」


「うむ…間一髪だったな」


 アルベルタさんに頷いてから、エルフリーデさんは乙輪姫に向き直る。

 あれほど凄まじい攻撃を放った当の乙輪姫本人は、全く疲弊した様子が無かった。


「へえ。あれを凌ぐだなんて…ちょっと吃驚びっくりよ」


 片眉を跳ね上げ、微笑する乙輪姫。


「最早、そう簡単にはやられはせぬ」


 白狐に跨り、エルフリーデさんの横へ着地した秋羽さんがそう告げる。


「やれやれ冗談じゃないぜ」


 妃道さんがその隣にバイクをつけた。

 それを見た間車さんが目を丸くする。


「生きてたのかよ、お前」


「秋羽のお陰で何とかな。まったく“三尺坊”様々だよ。お前も拝んどいた方がいいぞ。ご利益がある」


「ああ。生きて帰る事が出来たら考える」


 そんな軽口を叩きながらも、間車さんを含めた全員が険しい表情で乙輪姫を見ていた。

 無理もない。

 個々に善戦はしていたが、その都度あんな大技を繰り出されてしまったら、下手をすれば一瞬で全滅だ。

 こうなってしまうと、迂闊に攻め込む事も難しい。

 自分の優位を察したのか、美しい白い丘を背後に、せせ笑うような表情になる乙輪姫。


「さあて…そろそろ墓穴に入る覚悟はできたかしら?」


「残念ながら、あの世とはとんと縁が無くてな」


 そう返しながら、エルフリーデさんは両隣に立つ黒塚主任と秋羽さんに小声で聞いた。


「…黒塚に大天狗よ、貴公らは気付いているか…?」


「ええ。初手から違和感を感じておりました」


 秋羽さんがそう応じる。

 主任も頷いた。



 その言葉に、全員が目を見張った。

 僕は、さっきまで繰り広げられた一連の攻防を思い出す。

 最初の一手…妃道さんと秋羽さんの攻撃に、身をかわそうとした乙輪姫は、ダメージ覚悟で受け止める選択をした。

 次の一手もそうだ。バルバラさん達の連携やアルベルタさんの狙撃、ゲルトラウテさんの連続砲撃にも、被弾を避けるような大きな回避行動はとっていない。

 その方が楽なはずなのにである。

 そして、さっきの大技の際も、広範囲攻撃ながら乙輪姫の背後にある“マシロソウ”の花園は一カ所も傷付いていなかった。


「…十乃、五猟ごりょう、お前達が一番先にここに来たんだったな。お前達には“あれ”が何に見える?」


 不意に主任が白い丘を見ながら、僕達にそう尋ねる。

 僕は面喰って、首を捻った。


「え、えーと…何でしょう?」


「“つか”…いえ、あるいは“ぼしょ”のようにおもいます」


 静かにそう告げる沙槻さん。

 “墓所”…って、お墓!?

 僕は改めて丘を見回した。

 そういえば、古墳の様に盛り上がっているから、そんな風にも見えなくはない。

 更に言えば、こんな広場の中心に大きく盛り上がっているのだから、明らかに天然の地形とは考えにくい。


「“墓所”なら、彼女は墓守と言う事になる…それならば、彼女の一連の行動にも説明がつく」


 乙輪姫がこの雉鳴山じめいさんから離れなかった事。

 そして、今の攻防の中で彼女がとった行動。

 確かに、そう解釈すれば、全ての符号が一致する。


「十乃、今から私達が彼女の気を引くと同時に時間を稼ぐ。その間に、お前と五猟は回り込んであの“墓”を調べてくれ」


「調べるって…それでどうなるんです!?もし、何も無かったら!?」


「その時は全員仲良くお陀仏だ」


「そんな…!」


「何でもいい。今、我々にはすがる光が必要なのだ」


 主任は真っ直ぐに僕を見た。


「心配するな。彼女があれ程執着しているのだ。必ず何かがある」


 そして、ふと笑った。


「十乃、私を信じろ。そして、ここにいるお前の仲間達をな」


 僕は全員を見回した。

 妃道さんは親指を立てていた。

 秋羽さんはしっかりと頷いた。

 樹御前とエルフリーデさんは優雅に微笑んでいた。

 『SEPTENTRIONセプテントリオン』の皆さんも、各々で僕に目線をくれた。

 そして、間車さんはいつもの元気な笑顔で言った。


「いいから思いっきり行けよ、巡。心配すんな、こっちは任せとけ!」


「間車さん…」


 僕は意を決した。

 ここに至って、迷っている暇はない。

 図らずしも、皆の命運を預かる形になってしまったが、それでも行くしかない。


「とおのさま、ずっとわたしがおまもりいたします」


「沙槻さん…」


 覚悟を決めたのか、沙槻さんも強い意思を秘めた表情でそう言ってくれる。

 僕は頷いた。


「作戦会議は終わったかしら…?」


 乙輪姫が、退屈そうにそう言う。


「ああ、待たせたな、異教の神よ」


 馬上鞭を鳴らし、エルフリーデさんが宣言するように応じた。


「ここいらで決着を着けさせてもらうぞ…!」


 その言葉と共に『SEPTENTRIONセプテントリオン』の六人が淡い光茫に包まれた。

 エルフリーデさんが自らの能力【七怨霊将】を起動、七人ミサキ個々の力を引き上げたのだ。

 同時に間車さんと妃道さんのバイクが爆音を上げ、二人を蒼い陽炎と紅蓮の炎に彩る。

 秋羽さんは真言を唱えつつ、油断なく炎の剣を構えた。

 そして、黒塚主任が前へ踏み出す。


「行け、二人共」


「…はい!」


 僕と沙槻さんは、静かに後退した。


「妾が【樹奏輪唱】で幻惑する…慌てずに行くが良い」


 樹御前がそう肩を押すように言った。

 それに頷き、僕達は走り出す。


「…これで遠慮なくいけるな」


 僕達には届かなかったが、主任がそう呟いた。

 直後、風が哭き、空が黒雲に覆われていく。


「さて…乙輪姫殿」


 凄絶な笑みを浮かべ、主任が結った髪を解いた。

 額には二つの角が現れる。

 迫力満点の鬼女が完成した。


「今から、貴女を安達ヶ原へとご招待いたしましょう」


「…へぇ」


 乙輪姫の表情が変わった。

 異界へと変貌しつつある周囲の様子を見やる。


「大したものね…自分の妖力で、世界を作り変えようっての?」


 血溜まりから突き立つ無数の大型出刃包丁が出現するのを見て、乙輪姫はそれでも笑みを浮かべた。


「…でも、そんな大妖術、果たしてどれくらい保つのかしらね?」


「“風たなびき 黒雲生じ 髑髏どくろ眼窩がんかに 影落ちぬ”」


 主任が口にする詠唱が、響き渡る。

 そして、戦いは終焉に向けて動き出した。

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